帰省ー成宮そら
「成宮さん。ちょっとお話いいかな?」
橋本るのにそう言われた成宮そらには、その場から離れるタイミングはいくらでもあったし、言い訳もいくらでも思いつけた。しかしそこに留まりるのの話を聞いたのは、うみの
「そらちゃん、挑戦し続けることは生きることだよ!失敗してもそれだけで人生が詰む訳じゃないでしょ?大丈夫!」
という言葉が、そらの心の中で響いていたからだった。
立花さんだってきっと今、料理部のところへ行ってるんだ。私だって一歩踏み出さないと、、、!
あの日、うみの胸の中で心の底から泣いた日、初めて誰かの前で感情をあらわにした日、側にいてくれたのがうみだったことは、そらの中で彼女の存在がより大きなものとなっていっていくのを実感させた。そしてうみが押してくれる背中は、心なしか成長しているようにも感じる。
「うん」
その二つの音を口に出すのに、これだけ多くの時間と大きな覚悟を使った。誰にとっても簡単なこの行動をするだけで、である。ただそれでも、、、。
い、言えた、、、!
そらにとっては大きな一歩だった。自分の中で、何か一つ、重りが外れたような感覚に襲われた。
「、、、という訳だから、成宮さん。明日じゃなくても良いから、ひーちゃんと一度ちゃんと話してほしいの、、、。お願いっ!」
るのはそらに藤堂ひばりと話し合ってもらいたいと頭を下げた。そらは慌ててそれをやめさせる。
橋本さんも藤堂さんも、そんな風に思っていたなんて、、、。
そらはてっきり、また自分のことを避けていくものだとばかり考えていた。それと同時に自分がひばりに対して壁を作って拒絶してしまっていたことに気付く。
最初から相手の気持ちを理解しようとしないで、決めつけて、勝手に拒絶したのは私の方だ、、、。それなのに、なんで橋本さんが頭を下げるんだ。下げるのは、私の方だろ、、、!
「私こそ、二人と分かり合おうとしないで、避けてしまってごめんなさい。まだ間に合うのなら、藤堂さんとちゃんと話したい。、、、良い、、、ですか、、、?」
それを聞いたるのの表情がぱっと明るくなった。安心したような笑顔。
「勿論!」
その後るのは思い出したかのように真っ青になり、部活部活!と言いながら走り去っていった。一気に静かになったその場から離れ、そらは帰路につくのだった。テストが終わったからなのか、一歩踏み出してるのと話すことができたからなのか、それとも両方か、不思議と足取りは軽く、頭も冴えているようだ。
、、、でも、もし話し合って結局拒絶されたら、、、。
しかしふとその考えが頭をよぎり、結局家に着くころには不安でいっぱいになってしまっていた。
や、やっぱり断るべきだった、、、?いやでも、、、。
「そらちゃぁぁぁぁぁぁん!おかえりっっ!!」
ぼーっとしながら玄関の鍵を開けて中に入ると、奇声に近い言葉を叫びながら抱き着いてくる誰かに視界を遮られた。抱き着かれた瞬間、懐かしいにおいがいっぱいに広がる。
「わぶっ!け、けーちゃん、、!久しぶり」
そらが何とかして引きはがしたけーちゃんこと京鵞なみは、そらの兄である成宮陽太と付き合っている陽太と同い年の大学生である。小学校から一緒だった二人は、中学卒業のタイミングで付き合い始めたらしい。そらの母がそれを知ったのは、陽太がなみを家に連れてきた高校2年生のことだった。そらはというと、小学生のころから陽太の仲間と遊んでおり、なみもその中にいた一人だったので、彼女のことは知っていたし、陽太がなみを好いていることも知っていた。それどころか二人が付き合う前から、そらとなみは本物の姉妹のように仲が良かった。だから二人が両想いだったことも知っている。陽太となみが中学生の頃は、なみによく兄の好みを聞かれたものだった。
今日は授業の急な休講の関係で大学が1日休みらしいので、久しぶりにこちらに帰省しに来たのだという。ゴールデンウィーク帰省から帰ってきた陽太からそらの近況を聞き、居ても立ってもいられくなったそうだ。
「きゃー!ちょっとまた背伸びた?うっそー、めっちゃカッコ良いじゃん!いやでも可愛い!」
相変わらずのそらへの溺愛っぷりは健在である。そらは学校に行くことが嫌になっていた時期、彼女からは毛の処理やメイク、ファッションなど、本当に色々なことを教えてもらった。彼女がいなければ、そらは未だ自室の布団で丸まっていただろう。一言で言うなら彼女はそらにとっての大恩人なのだ。
と、彼女の髪の毛に目が留まった。
「その色、、、」
「あ、気づいた?へっへーん。どーお?そらちゃんと一緒だよ」
なみの髪の毛が、そらと同じ銀色になっていた。高校の頃は黒く、長期休みの時も茶色くしていただけだった。だが彼女はもう大学生で、髪色の指定はないそうなのだ。自由に染めて良いと知った瞬間、この色にすると即決だったらしい。
「ね!本当の姉妹みたいでしょ!ね?!」
そう言いながら嬉しそうにしているなみを見て、思わず涙があふれてくる。
「けーちゃん、似合ってる」
「ん、可愛い妹め」
頭をなでる彼女の手は、優しくて暖かかった。
「へー!体育祭あるの!おかーさん、うちがそらちゃんの雄姿、ばっちし撮ってきますよ!」
「あら、なみちゃん良いの?大学は大丈夫?」
「へーきへーき!大学って1日の欠席ってそんなに重くないんですよ!」
「じゃあお願いしちゃおうかな?なんて」
なみはそらの母が作る夕食の手伝いをしながら、学校でのそらの様子を聴き漁っていた。いつのまにかそらの母が「おかーさん」と呼ばれ喜んでいるところを見ると、母は二人がもう結婚していると思っているのか、結婚間近だと思っているのだろう。それにしても母と馴染むスピードが早い。なみのこういったコミュニケーション力の高さと物怖じしない性格は、彼女が誰からも好かれる要素の一つだった。
夕食の準備が整うと、なみは一旦実家の方へ帰っていった。実家の方で夕食を食べながら両親に近況報告をして、寝るときにまた来るらしい。なみは大学に進学するタイミングで上京し、同じく東京のバイク屋で働く陽太と同棲している。そらは自分の兄がなみと同棲できるほどの生活力があることに驚いた。ゴールデンウィーク帰省では何もしていなかったのが嘘のようである。
夕食が終わり風呂に入って上がってくると、途中で銭湯に寄ってなみが戻ってきていた。二人で寝る支度をさっさと済ませ、布団に入る。
「久しぶりだねー。一緒に寝るの」
「うん」
「どーしたの?なんか元気ない気がする」
「、、、実は、、、」
そらは、友達との間で誤解が生まれ、明日それを話し合うことになったのだが、拒絶されないか心配だ、と伝えた。オブラートに包み過ぎた結果、嘘っぽさが目立っているが、嘘は言っていない。
「なるほど~。いやー、青春だねぇ」
しみじみとうなずきながら、なみは続ける。
「大事なことだと思うよ、うちは。どんだけ仲良くても、どんだけ好きでも、結局言葉にしないと伝わんないコトなんていっぱいあるんだから。そういうのをちゃんとし合える仲の人が、親友とか恋人とかになるんだよ!きっと。」
「けーちゃんとお兄も、、、?」
「そりゃもち」
照れくさそうに笑うと、なみは続けた。
「そらちゃんがその子とちゃんと向き合えば、向こうも分かってくれるって。だから拒絶なんて絶対されない。大丈夫!」
お姉さんを信じなさい!と拳を突き上げるなみを見て、そらの心配が薄れていく。
けーちゃんに立花さん、、、。助けてもらってばっかりだ、私。
「うん。ちゃんと向き合ってくる」
「ん、偉い偉い」
それからなみの大学や同棲の話を聞いているうちに、いつの間にか意識が遠のいて眠ってしまった。朝起きると既に彼女の姿はなく、早朝に東京の方へ発ったと母から聞いた。
「よし、、、!」
なみとうみの言葉を胸に、そらは気合を入れて学校へ向かった。
「なぁ聞いたか?藤堂のやつ、全治2ヶ月の怪我したんだって」
「えっうそ、、、!じゃあ体育祭どうすんの?」
しかし学校へ着き、ヘッドホンをはずしたそらの耳に飛び込んできた情報は、想定すらできていなかった最悪のものだった。




