前進ー藤堂ひばり
テスト最終日の今日、体育館の使用が後半組となった女子バスケ部は、放課後すぐにミーティングが開始された。テスト週間直前に行った準公式戦では納得のいく成績ではなかったことで、俄然これからの練習に気合が入りそうなのだ。顧問が口すっぱく言う。
「いい、練習も本番と同じ姿勢でやらないとこれから先勝てないよ?この前の大会で実感したと思う。君たちがこれから勝たなきゃいけないチームに、既に気持ちで負けてるんだよ。今日の練習からちゃんともう一回気持ち引き締めていこう」
15分ほどのミーティングでも、やるかやらないかでチームの空気は全然違う。藤堂ひばりはそれを感じ取っていた。彼女にしてみれば、前回の準公式の大会では満足いくプレーができなかった。
今日からまた、気持ち切り替えていこう。
そう思いながらスマホを取り出す。橋本るのからの連絡はまだない。るのの方でもミーティングがあると言っていたので、きっとまだ終わっていないのだろう。ひばりはミーティングが終わったことを連絡してその場から離れ、同じバスケ部で同じクラスの村川れなと下駄箱に向かった。
「結構日程きつきつだよねー。来週からすぐ大会って。いっそのことテストで赤点取って、部活サボらない?」
「ばか。先輩たちに迷惑かかるでしょ」
「そう言うと思った。ほいこれ、テスト頑張ったで賞」
そう言いながら、れなはエナジードリンクを渡してきた。
「え、何でいきなり」
「ひばはも~ちょい肩の力抜いた方が良いよ。あぁでも、うちは抜きすぎだけども」
「確かに。れなはもっと肩の力入れた方が良いよ」
「いやー、うちが本気出したら全国からスカウト来て大変だからさぁ」
「はいはい」
「え、適当すぎん?」
れなとはこういう話ができるので、バスケ部の中では一番信頼していると言っても良かった。彼女には自主練にも付き合ってもらっているし、試合後のストレッチをしてくれたりもする。しかし彼女はマネージャーではなく、主にBチームで試合に出ている部員だ。そんな彼女も最近はプレーの質を上げてきており、2年生が主体の代になればきっとAチームに入ってこれると、顧問も期待を寄せているらしい。
「今日もあの子待つの?」
「うん。まだ連絡来てないけど」
「へ~。じゃ、またあとでね~。練習遅刻するなよ~」
「あたしよりれなの方が心配なんですけど」
「うっさ!ちゃんと行くし!」
「れなー!」
「なに!」
「エナドリありがとー!今日いいプレーできそう!」
「あっそ!バイバイ!」
「えぇ?!成宮さんと?!」
れなと分かれてから15分ほど経ち、やっとるのと合流して帰路についたひばりは、るのが成宮そらと話したことを聞かされて驚いた。自分は結局あのあと一言もそらと話せず、元凶と言っても過言でない谷崎勝吾も全くコンタクトを取れないと嘆いていた。
「うん。たまたまばったり会って、今しかないって思って話しかけちゃった」
「す、すごい行動力」
「でね!もう一回だけでいいからひーちゃんと話してあげてって言ってきた」
「へ?」
「ひーちゃんはただ不器用なだけで、根は友達思いで素直な子なんだって」
「ちょちょちょ。るのホントにそんなこと言ったの?」
「当たり前じゃん!」
言ってやったぞ!と言うようにるのはひばりを見た。恥ずかしさのあまり顔を背ける。
るのはよく恥ずかしげもなくそんなこと言えるなぁ。
自分にはそんなことできないと感心していると、るのが喋り出す。
「それでね、何とか頼み込んだら、心の準備ができてないから明日でも良い?って言ってたから、オッケーって言っちゃった!」
「めっちゃ話が先に進んでるんだけど?!」
思わずツッコミを入れたひばりではあったが、内心とてもありがたかった。きっと自分がその場でそらと話していたら、そんなところまで発展しなかっただろう。というか、そもそも話すこともできなかっただろう。そういう積極性というのか社交性というのか、人の心にすっと入っていける能力を持つるのはすごいと、ひばりは改めて思った。
「ありがとね、るの。あたし一人じゃ何もできなかったよ」
「ん~ん。ひーちゃんが頑張ってたから、わたしも頑張ろうって思えたんだよ」
るのは恥ずかしそうにひひっと笑うと、照れ隠しのためか、えいっと言いながらひばりの横腹を指でつついてきた。
くすぐったい。つーか可愛い、、、。
「捕まえたぁー!」
るのがつついてきたタイミングで腕を掴み、後ろに回って抱きついた。前に回した腕が彼女の腕に触れる。少し汗がにじむ肌のじとっとした感触が心地よい。
「いやー!あははっ」
「ふふっ。だめだ暑いー」
「え~。もーちょっと~」
二人はじゃれ合いながら、ひばりの家に向かうのだった。
「何食べたい~?」
ひばりの家に着くと、るのは手慣れた手つきで洗面所に行って手を洗い、キッチンに立って準備をし始めた。
ひばりとるのは同じ中学校出身で、当時からるのはひばりの家に来ることが多かった。特に高校受験の頃はほぼ毎日ひばりの家に来ては勉強を教えてくれていた。高校に入り付き合い始めてからも、るのはひばりの家に良く遊びに来ており、最近は手料理を振舞ってくれる。つくづく彼女がいないと自分はダメだと、ひばりは実感するのだった。今日は親もおらず、家には二人だけだ。
「今日暑いから、そうめんとかどう?」
「あり!じゃあ作るね~」
るのは手際よくそうめんを湯で、ついでに冷蔵庫にあった昨日の夕食の余りに少し手を入れると、30分もかからずに昼食の準備が整った。
「いつもありがとう。るの」
「いいえ~」
るのはそう言いながらも手を広げ、いつものあれを要求してきた。ひばりはいつものように彼女を抱きしめ、そっとキスをする。
「えへへ。幸せ」
るののふやけきった笑顔は、ひばりの理性を溶かしにかかる。
「ん、もう一回」
「部活遅れちゃうよ~」
「だいじょぶ」
そう言ってまたキスをすると、あふれ出る欲望を何とかしまい込み、最後に少し強めに抱きしめてからやっと昼食を食べ始めた。
「ヤバい遅刻する!」
「だから言ったのに~!」
食べ終わった後にるのと戯れてしまったことで時間がギリギリになってしまったひばりは、荷物をもって急いで家を飛び出した。るのには自分の鍵を渡してあり、彼女はこのあと塾へ直接行って、ひばりの部活が終わるタイミングでまた一緒に帰ることになっている。
「じゃ、またあとで!」
「うん、頑張ってね!」
ひばりは自転車で駅へと向かった。駐車料金は痛いが、自転車なら余裕をもって電車に乗れる。あんなミーティングのあった直後の練習に遅刻してしまうのは、テストで赤点を取ることよりも重罪なのだ。自転車を駐車し、改札へと向かう。14時の外は空気がよどんでおり、さっきまでの家の快適さがすでに恋しい。改札を抜け、反対側のホームへ行くために階段を上っていく。
「おい!何してるんだお前!!」
6割程上ったことろで階段の上から男性の怒号が聞こえ、ひばりは顔を上げた。見ると、全身黒の大柄の男が女性もののバッグを持って階段を下ろうとしていた。
盗難だ、、、!
一瞬で状況を理解したひばりは、階段を下ってきた男の足を引っかけて転ばせようと、体勢を少し低くした。しかし次の瞬間、男の体が不自然にのけ反った。後ろから追いかけてきた男性が、男が階段を下り始めた瞬間に突き飛ばしたのだ。男の体が少し浮き、そのままひばりと激突する。ひばりは衝撃に耐えきれず、体勢を崩して階段を転げ落ちた。どこからか悲鳴が聞こえた。目まぐるしく景色がぐるぐる変わり、全身のあちこちに激痛が走る。
どどっ!!
鈍い音と共に階段を転げ落ちた。腕や腰、頭に激痛を感じ、立ち上がることができない。少し体を動かすだけで体が悲鳴を上げる。
あー、、、。ムリだ。これ。
朦朧とする意識の中に浮かんだのは、練習に来ず怒っている顧問と、塾の前でぽつんと自分のことを待っているるのの姿だった。




