前進ー橋本るの
今日はテスト最終日。5月も残り2日となった今日は、じめじめとした空気が少しマシに感じられる。残すは2教科となったことでクラスのどんよりした雰囲気が和らぎ、放課後に向けてそわそわしている生徒が何人もいた。それでも橋本るのは最後まで気を抜かず、最後の確認を怠らない。
「ねぇ聞いた?るるのん」
前に座る野口さおりがこちらを振り返ってきた。彼女は同じ料理部であり、るのと藤堂ひばりの関係を唯一知っている人間である。そして何故かるるのんと呼びにくそうなあだ名で呼んでくるのだ。
「なに?さーちゃん」
「今日の放課後さ、部活で集まりあるらしいよ~」
めんどくさいよねぇ~と言いながら、さおりはるのの机に落書きを始めた。
「あぁ!ちょっとさーちゃん!これからテストなのにー」
「あ、そーだった。えへへ。ごめぇん」
さおりはいつも通りゆったりおっとりとしている。勉強しなくていいのかな、というるのの心配をよそに、さおりはるのの机の落書きを消し、また何か別のものを描くのだった。
「終わったぁー!」
2教科のテストが終わると、教室は大盛り上がり。さっそくこれから遊びに行く予定を立て始める生徒もいた。るのはさおりの言ったように料理部の集まりのため、ひばりに連絡をしていた。
『ひーちゃん。今日ちょっと部活の集まりあるらしくて、もしかしたら遅れちゃうかも~』
『おっけ。こっちもミーティング長引くかもしれないから、終わったら連絡するよ』
『はーい』
テスト終わりはいつも、体育館は前半と後半で時間を分けて運動部が練習することになっているそうだ。バスケ部は今日は後半なので、ひばりが荷物を取りに家に帰るついでに、昼食をひばりの家で一緒に食べようという約束になっていた。
「るるのん。集まりすぐ終わるといいね」
さおりはるのがひばりと連絡していることを察したようだが、冷やかしや名前を出すと言ったことはしてこない。だからこそ信頼できるのだ。
帰りのホームルームが終わると、二人は急いで調理室へ向かった。と、途中できらきら光るものを目の端に捉えた。見ると、成宮そらが教室から出ようとしているところだった。
成宮さん、、、。
あの一件の翌日、どうやらひばりは声を掛けようと努力したものの、すぐにヘッドホンをしたり教室から逃げるように出て行ったりして、明らかに避けているようだ。ひばりが頭を抱えていた。そしてそれはずっと続き、結局話せないままテスト週間に入ってしまったらしい。
るのはひばりがそらと話している時、最初は不安だった。噂が本当なら、ひばりは彼女にたぶらかされているのではないか、と。しかし実際にそらと関わってみると、彼女は謙虚で礼儀正しく、とても噂のような性格だと信じられなかった。だからこそ、友達の少ないひばりの友達になってくれて嬉しかったし、るの自身も彼女と仲良くなりたいと思った。
やっぱりちゃんと話すべきだよね、、、!
るのはテストが終わったら話しかけ、あんな噂は信じてない、と言うつもりでいた。そして今、目の前に彼女がいる。るのはさおりに先に行ってて!と言い残すと、階段の方へ曲がっていったそらを追いかけて階段を降り始めた。手の届く距離にそらを捉え、声を掛けようとした。
「なるm」
ちょうど1階と2階の間の踊り場に降りた瞬間で、そらを捉えて視野が狭くなっていたるのは、向こうからやって来て階段を登ろうとしていた生徒に思いきりぶつかってしまった。後ろによろけて倒れそうになる。
「おっと、ごめんごめん」
そう言いながら支えてくれたのは、見たこともない男子生徒だった。紙パックのリンゴジュースを片手に、崩しきった制服。上履きの色を見るに3年生だ。背が高く、いわゆるきつね顔のその3年生は、謝りながらそらを追いかけようとするるのを遮った。
「ねぇ待って。君、はっしーって子でしょ?」
急にあだ名で呼ばれ、るのは驚いた。
「あ、ごめんごめん。急に言われてびっくりしたよね。俺、男バスの副部長やってる、伊尾木って言います」
よろしくねー、と手を振ってくる。
「あの、えっと、、、」
るのが困っているのを見て、その先輩は手を横に振った。
「これナンパとかじゃないからね」
じゃあいったい何の用だろう?
そう思っていると、伊尾木がまた喋った。
「君さ、ひばと仲良いよね?藤堂ひばり。ちょっと前に下駄箱のところの自販機で君ら見かけたんだ。で、君がはっしーって呼ばれてたから、ついそれで呼んじゃった」
くしゃっとした笑みを向けてくる。るのはひばりとそらたちと勉強会をした日だということがすぐに分かった。去年同じクラスだった榎田にいなが、勉強会の前に行った下駄箱前の自販機でるののことをはっしーと呼んだのだ。そのばにこの先輩もいたのだろう。
「でね、結構ひばと仲良いみたいだったからさ、ちょっとお願いがあるんだけど」
「お願いですか?」
すると伊尾木がぐっと顔を近づけてきた。
「そ。俺がひばと付き合えるようにちょっと手伝ってよ。ひばの好きなものとか、タイプとか趣味とか教えてくれない?」
その瞬間、るのはぞっとした。一気に背中に嫌な汗が噴き出てきたのを感じる。ここで自分が彼女と付き合っているので無理です、などと言うことはるのにはできない。かといって素直に教えることもはばかられた。
「嘘はつかないでね。すぐバレるから」
すでに拒否権がないような言い方で追い打ちをかけてくる。手を強く握る。
こんなことでひーちゃんの手を煩わせたくない。今は大会も近いって言ってたし、わたしが何とかしなくちゃ。でも先輩だし、男子だし、、、。怖い。どうしよう、、、。
「はっしー!」
伊尾木の後ろで声が聞こえたと思った次の瞬間、そらが現れた。るのの腕を掴んで階段へ向かう。
「やっと見つけた。早く行くこう」
そう言いながら、そらはるのの腕を掴んだまま、急いで階段を降り始めた。
「ちょっと、、、」
後ろから伊尾木の声が聞こえたが、そらは立ち止まろうとしない。そのまま階段を下りきり、下駄箱の方へ向かった。下駄箱が近くなるとそらはるのの腕を放し、
「ごめんなさい。困ってたように見えたから、、、」
とだけ言ってそのまま帰ろうとした。ヘッドホンを着けようとする。
「ちょっっっと待って待って」
やっぱり成宮さんは、あんな噂のような人じゃない、、、!
るのはそう確信し、そらの制服を引っ張って足を止めさせた。そしてそのまま今度はるのがそらを掴んで下駄箱から移動した。人がいないところまで行き、彼女の方を向く。
ここで彼女に言わなければ、もうきっと話す機会がない。
今しかないと感じ、力強く言葉を発する。
「成宮さん。ちょっとお話いいかな?」




