前進ー成宮そら
「ちょっとそらちゃん!聞いてる?!」
立花うみの大きな声が耳元で聞こえた。成宮そらは驚いて耳をふさいだ。
ここはミサンガの世界。今日は図書室の本を全部出して積み上げるチャレンジをしている。今のところ全体の半分ほどの本を積み上げるのに成功しており、このままいけば一回でチャレンジが成功しそうである。そらはうみに頼まれて新しく本を取り出しに行っていたが、ふと気になった本を手に取ってぼーっと眺めながら、昨日のことについて考えていた。
「ご、ごめん。何だっけ」
うみは呆れたように腰に手を当ててそらの手から本を取り上げる。
「もー!今日どうしたの?なんかあった?」
「ううん。何でもないよ。ごめん」
昨日は教室に戻るまでは最高だった。初めて同級生と勉強会なるものが出来、自分と何の隔たりもなく関わってくれた人がいてくれたことが、素直に嬉しかった。
教室に入るまでは、誰かが電話しているとしか感じていなかった。恐る恐るドアを開けた瞬間、それまでの感情は崩れ去る。
『、、、奪ったってやつと、それ注意したヤツを人使っていじめてたってやつだった気がするー』
聞こえてきたのはその部分だけだ。しかしそれだけでも分かる。散々陰でいわれてきた、そらの噂。そしてドアを開けて入ってきた彼女を見る3人の目。
怖い。
そらが感じたのは失望感でも怒りでもない。純粋な恐怖だった。すくんだ足をなんとか動かし、自分の背中に話しかけてくる誰かの声を振りほどいて走り出した。
結局変わらないんだ。私はずっと、あの噂がある限り、、、。
「ふーーーーーん。そっか!ならだいじょぶ!」
きっとうみは気付いている。そらに何かがあったことに。しかし彼女の優しさなのか、深掘りをしてくる様子はなかった。
昨日は帰ってからは脳が働かず、家で勉強することもなくすぐに横になってしまった。
うみちゃんも、私の噂知ったらきっと同じ反応するよね。でも「妖精」ってあだ名も知ってたし、ホントはもう知ってるのかも、、、。まだ知らなくても、すぐ知るだろうな、、、。
考え出すと不安は止まらない。そうこうしているうちに夜は明け、学校に来、絶不調の中でミサンガの世界にいた。
「えっと、う、うみちゃん」
まだこの呼び方になれない。うみが
「なに?」
とこちらを向く。
「例えばだけどさ、、、。私がうみちゃんに見せてる顔がホントの顔じゃなくて、もっと別の顔があったりしたらどう思う?」
そらは意識が朦朧として脳のリミッターが外れかかっていた。いつもなら聞きたくても聞かないようにしていたことが、勝手に口から出てくる。
「あ。えっとこれは別にその、何て言うか、、、」
ハッとして取り消そうとしたがもう遅い。うみが驚いたようにこちらを見ていた。
あぁ、もうホントに嫌だ。なんでこんな事聞いちゃったんだろう。絶対面倒くさい奴だと思われる、、、。
「えー!何それ!めっちゃ友達からの相談って感じするんだけど!」
しかしそらの考えとは逆に、うみは目を輝かせながら嬉しそうに言った。
「そういうの聞かれたの初めて!うわ!ちょっと待ってちゃんと考えるね!」
そう言いながらうみは、そらから取り上げた本を棚に置いて腕を組んだ。そして少し考えてから答え始めた。
「うーんとねぇ、うちは多分、へー。そんな一面もあるんだー。で終わっちゃうと思うかなぁ。ほらうちって、そもそもそっち側だから。友達がそうでも驚かないと思うし、もしそうでもうち単純だから気付かないかも」
うみは恥ずかしそうにへへっと笑って続ける。
「だってさ、友達になったってことは、少なくともうちに見せてくれてたその子の一面が好きになったってことだと思ってるし」
「好き、、、」
「そう、好き!そらちゃんがうちに見せてくれた顔が好き!だから大丈夫!うちは何があっても友達だよ!」
うみの心からの笑顔と言葉がそらの心に染み渡る。眠気が一気に消えていく。好きという言葉が脳内で反芻され、心拍数が上がるのが自分で分かった。
「そらちゃん、、、?」
うみの心配そうな声で、自分がどんな状態なのかに気付く。ここ数時間の間でぐちゃぐちゃになった感情を抑えきれず、溢れ出たのは涙だった。
違う違う!今の好きは友達としてだ!勘違いするな私の脳!止まれ涙!
自分でもなぜ涙が出たのか分からず、「好き」の部分に動揺したと思って言い聞かせる。
「ご、ごめん立花さん。ちょっと待って」
涙を手で荒く拭き取るが止まる気配はない。
「そらちゃん」
少し様子を見ていたうみだったが、そらに近づき名前を呼びながら腕を広げ、困惑するそらを優しく包み込むように抱きしめた。ぎゅっと抱きしめたした瞬間、そらの体は強張って無意識にびくっと動く。しかしうみはものともせずに、そらに優しく語りかけるように言った。
「そらちゃん。泣いてもいいんだよ。この世界にはうち以外、誰もいないんだから。ね?」
その言葉に、そらの心の堤防は完全に崩れ去った。無理に我慢しようとしていた涙と感情が溢れ出す。力なく座り込んだそらに合わせてうみも腰を落とした。そらはうみの肩に顔をうずめる。限界を超えて嗚咽が止まらないそらの背中を、うみは優しくぽんぽんと叩いてくれた。
「うちはちゃんと、そらちゃんの友達だからね」
彼女の言葉はそらの心も抱くように優しく包み込む。そらの泣き声は、ただ2人しかいないミサンガの世界、その中の小さな部屋に響き渡っていた。




