エンカウントー藤堂ひばり(1)
「勉強を教えていただきたいです・・・」
藤堂ひばりは放課後、橋本るのに頭を下げていた。
「なんでそんなかしこまってるの?」
るのはひばりの姿勢に笑ったが、ひばりとしては土曜日と日曜日のバスケ部の大会で応援に来てくれただけでなく、テーピングやシューズの買い物にも付き合ってもらったのだ。そもそもバスケバカと言われ勉強が苦手なひばりがこの高校に進学できたのは、ほぼずっと一緒に勉強をしてきたるののお陰だった。自分の勉強時間を割いて勉強を見てくれたのにも関わらず、るのは首席で入学している。彼女は去年もずっと学年1位をキープしており、そんな彼女の大切な勉強時間を奪うことに、ひばりは申し訳なさを毎回感じていた。
「今回は特に先週の大会とか買い物まで来てくれたからさ。さすがに勉強時間邪魔してるかなって」
ひばりが俯くと、るのはべしっとひばりを叩く。
「わたしだって、ちゃんとひーちゃんに教えること考えて勉強進めてるから!ちゃんと頼ってよー」
「すげ、、、」
ひばりたちの通う高校ではテストの一週間前になると、部活や居残りはできなくなる。さらにひばりの所属するバスケ部は文武両道を第一としているため、成績があまりよくない部員は、例え主力でも容赦なくペナルティを課せられる。土曜日と日曜日の大会を終えてひと段落したバスケ部は、テスト一週間前の部活禁止期間に入るまでは自主練となったので、ひばりはこれを勉強に当てることにしたのだ。
二人は勉強を開始する前に一階の下駄箱にある自動販売機で飲み物を買うことにした。既に放課後になってからずいぶん経っていたので、下駄箱には誰もいなかった。テスト後にコンテストが控える吹奏楽部の演奏が校内に響き渡り、二人のいる下駄箱にもその音がはっきりと聞こえてくる。
「ひーちゃんのいつものやつ売り切れてる」
「え?うわ。ホントだ。るのいつも何飲んでるっけ?」
「えっとね、これ」
「じゃ、あたしもそれ」
「わーい。いっしょいっしょ」
「小学生みたい」
二人で笑っていると、同じクラスの榎田にいなが下駄箱に走ってきた。
「あれ?!ひば、はっしー!」
「あ、にいなちゃん」
るのはにいなを発見すると、笑顔で手を振った。にいなも靴を履き替えて手を振り返す。るのとにいなは高校1年生の頃に同じクラスだった。
「ひば今日自主練だって言ったのに、まだ帰ってないの?」
「るのにテスト勉強手伝ってもらう」
「またかよー!はっしー、バスケバカはほっといて、うちに勉強教えてよー」
「おい」
るのは二人を見ながら笑った。
「にいなちゃんも今日残ってやる?」
「え、ガチ?!」
にいなは目を輝かせたが、すぐに首を振る。
「今日は無理だった!バイト1時間早くシフト入れられたんだよー!」
「わ、大変」
「ってことで、また明日!じゃね!」
そういうと、にいなは走って昇降口を出ていった。嵐のように過ぎ去って沈黙が流れる。
「テスト前なのによくバイト入れられるね。わたし代わってもらった」
「にいなのやつ、テスト大丈夫なのか」
二人はしばらくにいなの出ていった昇降口の方に目をやっていたが、るのがはっとしてひばりの制服を引っ張る。
「わたしたちも、さっさとやっちゃおっか」
「う、そうでした、、、」
二人はいったんそれぞれの教室に戻り、ひばりは教材をもってるのの教室に向かった。しかしるのの教室では他の生徒が勉強会をしているらしかったので、誰もいないひばりの2年3組の教室ですることにした。
「じゃ、まずどれからいく?」
「数学かな。今回圧倒的にヤバいんだよね」
「分かった。がんばろ!」
ひばりはそこから、ワークの問題を範囲の初めから解き始めた。途中で分からなくなったらその都度るのに助けを求め、やり方を聞いていく。るのの教え方は丁寧で、今までもずっとひばりに教えてきたこともあり、ひばりに特化した教え方であった。そのためひばりは1時間で、効率よく範囲の中で基礎的な事項をあらかた理解することができた。少しの休憩をとる。
「ひーちゃんは地頭が良いから、スグ理解してくれて教えがいあるなぁ」
「るのが教えるの上手だからだよ」
「えへへ」
ひばりは照れて困ったように笑うるのの頭をポンポンと撫でた。いつもなら誰かいるかも、とひばりは自重するのだが、今日は何故か思考が鈍る。るのの顔が赤くなり、恥ずかしそうに俯いた。
「ひーちゃん、今日なんか緩んでる」
「なにがー?」
そう言ってとぼけながら、るのを自分の足の間に座らせ、後ろからそっと手を腰に回した。
「ほら、こーいうのも!わたしがやろうとしたら、誰かいるかもしれないからーって言ってくるくせに」
ひばりが放課後に教室に残っているのは久しぶりだった。中学生の頃の高校受験期以来だ。その時と違うのは、二人が付き合っていることである。部活に行かずに放課後の教室で二人だけで居るこの空間が新鮮で、ひばりの危機感は薄れていた。
「ねぇひーちゃん、もっとぎゅーってやって」
「こう?」
ひばりは組んでいた指をほどき、るのの腰を抱きしめて自分の体の方へ引き寄せた。密着し、るのの肩に顔を乗せる。
「へへ。幸せー」
るのの力の抜けた声を聞き、ひばりはフフっと笑った。
「今のかわい」
「ねーえっ!ひーちゃん今日やっぱ変ー!」
るのがそう言いながら足をばたつかせるので、ひばりは愛しさのあまりさらに笑うのだった。ふと目が合う。二人は互いに顔を近づけ、目を閉じた。
「くそっ!マジでうぜぇ!」
キスをしようとしたその時、外から男子の怒る声が聞こえた。二人は慌てて離れ、るのは自分の椅子に座り直した。ひばりが耳を澄まして足音を聞く。
「だから言ったじゃん。もう少し声落してって」
どうやらもう一人いるらしく、壁を挟んだ廊下側から女子の声がした。
「だからって追い出さなくても良いだろ」
廊下を歩く男女は言い合いながら歩いていく。そしてひばりたちがいる2年3組の教室の前あたりで足音が止まり、後ろのドアが開いた。
「うーわっ!涼しっ!」
「ホントだ」
そう言いながら教室に入ってきたのは、大量の教科書を抱えた谷崎勝吾と、面倒くさそうな顔をした成宮そらだった。




