梅雨ー藤堂ひばり(1)
「あーーーー、ねっむ」
藤堂ひばりは大きなあくびをしながら弁当箱を取り出した。
「ひばり、授業中ひどかったよ」
「それな!ずーっとこーなってた」
そう言いながら、友達の村川れなが赤べこのように首をかくかく上下に動かし、もう一人の友達の榎田にいなは笑う。
「今日も朝練だったんだよー」
「え、何時起き?」
「5時半ですが?」
「それは眠いわ」
れなとにいなの二人はお疲れ様と言わんばかりに肩に手を置く。
「でもよかったね。今日もう授業ないし」
「明日から大会だし、このあと部活」
「えー、忙し!」
「にーな、舐めんなよバスケ部を」
「れなは朝練なかったでしょーが」
ひばりはバスケ部に所属し、173センチの身長を活かしてレギュラーを勝ち取っていた。大会も近づいているというのに、授業は続くし、定期テストもあり、体育祭も来る。今日はもう授業はなく、5、6限を使って体育祭の種目決めが行われる。週末ということもあって、それだけで他の生徒は無駄にテンションが高い。ひばりは明日に控える大会の最終調整のための今日の放課後が少し憂鬱だった。
3人で話していると、教室の後ろのドアが開いて人が入ってきた。ひばりは目視していなかったが、一瞬教室が静まりかえったことで誰が入ってきたのかが分かった。視界の左端に銀髪が入ってくる。
「ねぇ」
にいなが小さい声でひばりに話しかけてきた。ひばりは口の中の物を飲み込むと、耳を近づける。
「やっぱあの噂ってホントなのかな」
あの噂。それは1年の冬休み、部活の休憩中に知ったものであった。それが広まってからは皆、彼女から距離を取っている。2年になって同じクラスになった時、ひばりは驚いた。彼女は噂にまるで興味が無いようにヘッドホンで耳をふさぎ、面倒な関わりがなくなったというように自分からは誰にも話しかけない。
ひばりはそんな成宮そらと、席替えで通路を挟んだ隣になった。
「どーだろね」
ひばりはそう言いながら、好物の卵焼きを食べるのだった。
「てかそうだ。今日も別バンドの後輩にあんたの連絡先聞かれたんですけど」
にいなは急に話を変えてそう言うと、れなはわざとらしくひばりから距離をあける。
「うわー。さっすがモテ女。そのモテちょっとは分けてほしいわ。うちも男子からチヤホヤされたい」
「は?れなは人気じゃん。私の方がもらいたいわ」
「にいなはドラムかっこいいから良いじゃん」
「ま、鬼才だから当然な」
二人は息の合ったテンポで掛け合い、あははっと笑った。
「元気だねー。二人とも」
ひばりはいつもこの二人のおふざけを見守っていた。れなは同じバスケ部だがトップチームの試合には出ないため、比較的楽しそうに部活をしている。にいなは軽音部でバンドを組み、ドラムを担当しているせいか、時々箸でリズムをとっていたりする。
「なんかじじくせぇのが一匹いるな」
「バスケに精気取られてっから、察してやってよ」
「おい」
ひばりがガンを飛ばすと、れなとにいなはまた笑った。こちらも本気で怒っているわけではないが、そういう空気を作ってくるところはさすがだ。
「何にしよっかなー。種目」
「色別ダンスやろっかなー。あー、彼氏欲しーーー」
力なく言うれなに、
「言ってるだけじゃ始まんないよ。ほら、誘ってきな」
とにいなが肩をぽんぽんと叩きながら励ます。ひばりはそんな様子を見ながら、食べ終わった弁当箱を片付けるのであった。
その日の午後は種目決めで盛り上がりを見せた。ひばりは学年種目で騎馬戦と徒競走を選ぶつもりだったので、その両方に立候補した。
「じゃんけんぽん!!あー!」
両種目とも定員オーバーで、公平のためにジャンケンで選ばれた。ひばりは騎馬戦では勝ち残ったものの、徒競走で敗退し、残った玉入れに入ることとなった。
玉入れメンバーの名前が書かれた紙が回ってきたとき、ひばりは成宮そらの名前に目が止まる。
あれ、そういえば徒競走とかやんないんだ。
ひばりは不思議に思ったが、リレーのために徒競走に出ないつもりなのかという考えに至った。去年は彼女がリレーを走っているのを見た、というか実際一緒に走ったので、ひばりに記憶違いはない。今年も勿論リレーに出るものなのだと思っていた。
だからこそ、理解ができなかった。
リレーの選手のところに成宮そらの名前がない。ひばりはちらっと左隣に目をやる。相変わらず誰も近づけさせないような目で前の席の椅子を見つめている。
成宮さんは足速いし、去年はリレーも出てて、あたしとあんまり速さは変わんなかった。今年やらないなんてもったいないじゃん。あんな噂あるけど、そんなのほっといて彼女にはリレーに出てほしい。
ひばりはその瞬間、手を挙げていた。
「ちょっと待って」




