バイクガイドー立花うみ(4)
うみとそらは、再びバイクに乗って走っていた。目指すは昨日も行った浜辺である。
「私、怖いんだ。人にホンネを言うのが」
そらはそう言うと、再び黙ってしまった。うみはしばらくしてもそらが黙ったままなので、そらの手を引いて駄菓子屋から出た。
「とりあえず、昨日行った場所まで行こっ!」
うみはなるべく明るく言った。
こういうとこで『大瀬良杏奈』に頼っちゃうあたり、うちもそらちゃんに遠慮してんのかなぁ。
うみはそう思いながらも、そらの後に続いてバイクに乗るのだった。
その日浜辺に着くまでが、昨日の倍ほどの時間に感じられた。浜辺に着くと、うみは堤防に座り、そらに左隣に来るように促した。そらは素直にそれに従う。うみは隣にそらが座ったのを確認すると、持ってきた2,3個の駄菓子を自分の右隣に並べ始めた。
「さっきの続きなんだけどさ」
うみは駄菓子を並べながら、不意に切り出した。
「これ、正直に言ってよ。うちのこと苦手かどうか。それだけ」
駄菓子を並べ終え、反対側に座るそらへ顔を向けた。
「私は、立花さんのことを苦手とか、思ったことないよ」
「ホントに?」
「ホントに」
またそらと目が合う。その目はしっかりとうみを捉えていて、少しのゆらぎもない。
「分かった。信じる」
うみはそう言って頷くと、大きなため息をついて四肢の力を抜き、そのまま後ろに倒れ込んだ。堤防にはまだ雨が湿っており、ワイシャツに冷たい感触がじわっと広がる。
「なーんか、めっちゃ変な空気にしちゃった。ごめんね、そらちゃん」
うみは右隣に置いた駄菓子を一つ手に取って、パッケージを開け始める。
「そいえばさ、なんでホンネ言うのが怖いの?」
うみはそう言うと、開けた駄菓子を口に入れた。そらは少しの間、黙ったまま海の方を眺めていたが、一息吸ってから口を開いた。
「私、この髪の色だから、結構いじめられたりしてたんだ」
うみは起き上って座り直し、そらを見た。彼女はもともと自分からぐいぐい行くような性格ではなかったのだろう。集団では、特に学生などの多感な時期には、特出した何かを持っている人は、男女関係なく注目される。それがどんな形のモノであってもだ。うみも当然、そういった注目を受けてきた。注目される者は、強く堂々としていなくてはいけない。でないと集団に潰されるのだ。うみは『大瀬良杏奈』を大衆に演じたことで、その注目は良いものになった。
きっとそらちゃんも注目されたんだ。
そらの銀髪は確かに目を引くものだった。それに顔も良く、身長も高い。学校内の人気者だと紹介されても、何ら違和感がないのだ。だからこそ、そういう目に合ってしまったのだろう。そしてそれは、うみが向けられたような良いものではなく、悪いものだったのだ。
「そういうのって、耐えてればいつか飽きて終わるから、ずっと耐えてたんだ」
うみは何も言えなかった。その通りなのだ。しかしそれはあくまで応急処置。最悪の場合はもっとひどい目に合う。負のサイクルは終わらないものなのだ。
「そしたら、こんなになっちゃった」
そらは今にも泣きそうな笑いをうみに向けた。薄い桃色の唇が小さく震えている。
うみは我慢できなかった。
「うっざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいぃぃぃ!!!」
うみは立ち上がり、めいっぱい空気を吸って、目の前に広がる青い景色に言葉を吐き出した。
「うざいうざいうざい!!うざぁぁぁいぃっ!!」
そらはうみの突然の奇行にきょとんとしている。
「うち今、めっちゃキレてる!」
うみはそらに向き合っていった。これはそらに対してではない。顔も知らない、そらをこんな風にさせた者たちに対してだ。集団の暴力性を経験しているからこそ、うみはそらに痛いほど共感できた。そしてだんだんとまるで自分がされていたかのように思えてきて、怒りが込み上げてきたのだ。
「そういう奴らにはね!どーーんと言い返せばいいの!こうやって!」
そう言うと、うみはまた海に向かって叫ぶ。
「しねぇぇぇぇぇぇ!!!ばーーーーーーかっ!!」
うみはそらの腕を引っ張って立ち上がるように促した。
「ほら、そらちゃんも!」
「え、えぇ、、」
「せーーのっ!」
「うわぁー、、、」
「小さい小さい!一緒に言お!せーーのっ」
「ばかやろーーーーーー!!!」
「ろぉーーーーーー!!」
そらは何を叫ぶのか分からずに最初は声も出さなかったが、うみの声にあわせて途中から叫んだ。最初は小さかった声が、徐々に大きくなっていき、やがてほとんど同じ声量になった。二人は息の続く限り、叫び続けていた。
「どう?すっきりした?」
「は、初めてあんなにデカい声出た」
二人は顔を見合わせ、声を出して笑った。先ほど叫んだことで喉が開き、二人で豪快に笑い合う。
うみはそらの顔を見た。それは今まで向けてきた困ったような笑いではない。何を考えることもなく、ただ声を出して笑う、本当の笑顔。うみはそれを見て、心から安心した。
「やっとホントの笑顔、見せてくれた」
一息つくと、うみはそらの顔を覗き込んでいたずらっぽくそう言った。そらは口に手を当ててぱっと顔を背ける。耳が赤い。
「ねぇそらちゃん」
そらがこちらを向く。
「この世界でさ、ホンネ言えるように練習しようよ!うち、手伝うからさ!」
そらは驚いたように目を見開いた。うみとしては自分のわがままに付き合うだけでなく、彼女にもっとミサンガの世界で楽しく過ごしてもらいたかった。そして先ほどの話を聞いて、その思いがより強くなったと同時に、これ以上現実の世界でそらに辛い目にあってほしくないと考えた。良くも悪くも注目を浴びる人は、自分に自信を持っていることで周りに潰されなくなるのだ。これはうみが経験済みである。
「そしたらほら、そらちゃんもこの世界ですることができるでしょ?」
「でも立花さんは良いの?私に付き合うことになると思うんだけど、、、」
「そこはもう、お互い様でしょ!」
うみは笑いながらそらの肩をばんばん叩いた。
「うちはしたいことするし、そらちゃんにもそれに付き合ってもらうよ!その代わり、うちもそらちゃんがホンネで喋れるようになるまで付き合う!どう?!」
少しの間、そらは考えたが、やがてうみに向き合った。
「立花さんが良いなら、私も頑張ってみたい」
そらは駄菓子屋にいた時のようにうつむかず、まっすぐにうみを見ていた。うみはこの目を知っている。本心を語る、そらの目だ。
現実世界で本当の自分を出すことをやめたうみが、ミサンガの世界でも本当の自分を出せないそらの手を取った。
「それじゃ!改めて、これからよろしくね、そらちゃん!!」
「うん。よろしく。立花さん」




