バイクガイドー成宮そら(2)
「よぅ」
そらは学校に着き教室に向かう途中でそう声を掛けられた。見ると、赤い短髪の大柄な男子生徒が腕を組んで待っていた。
「あ、おはよ」
「あ、おはよ。じゃねぇ」
勝吾はそらに詰め寄った。
「てめ、メシ奢れや」
そう言いながら、勝吾はそらを引っ張って購買に向かい始める。
寝起きで機嫌悪いなこれ。
そらは思った。勝吾は根は明るいのだが、寝起きが悪い。なので朝や授業終わりはテンションが低いものの、眠気がなくなってくると明るくなり、人当たりも良くなる。まるで幼児である。
しかし今日に至っては朝でなくても機嫌が悪いはずだ。昨日の全校集会では無茶なことをさせてしまったのだ。
「せっかく立花さんと隣だったのによ、あれのせいで第一印象最悪だわ」
谷崎はあれがなくても第一印象最悪だと思うな。
と、そらは赤い髪の毛を見ながら思ったが、心の中に留めた。
購買でパンを2つ買うと、少し機嫌が良くなったのか、勝吾はそらにお礼を言って袋を開け始めた。
「そーいや今日雨だから、屋上は行かねーな」
「うん」
「今日はゆーだいと食うわ」
「おっけー」
ゆーだいが誰だか知らなかったので、そらは適当に流した。
晴れている日は基本屋上に集まっていたが、実際は勝吾の気分次第でそれは決まっていた。雨や雪の日は勿論、寒すぎたり暑すぎたりする日でも勝吾は屋上を嫌がった。といってもそらは特にそのことに関しては気にしておらず、雨や雪以外の日は、たとえ一人でも屋上で昼食を済ませていた。
いつも通り午前4つの授業が終わり、昼食開始のチャイムが鳴った。購買へ走っていく生徒や仲の良い人がいるクラスへ向かう生徒で廊下はすぐに混み合う。
そらはそのまま弁当を広げ、ヘッドホンを付けて食べ始めた。賑やかだった廊下の音をかき消し、耳から直接脳を揺らす重低音に集中する。自分の咀嚼で音がかき消されるが、そらにとっては教室の声を聞くよりもずっとマシだった。誰かの声が自分に向いていると思ってしまう。これは集団での行動の中で、常にそういう視線を向けられてきたからである。
しばらくして、音楽を打ち消すように何人かの生徒が大声で叫びながら廊下を走っていく。そらはその中に勝吾を見つける。
あいつはなんで屋上でご飯食べてるんだろ。仲良い人があんなにいるんなら、わざわざ屋上なんて行かなくても良いのに。
そらは食べ終わった弁当を片付けながら思った。
一人になりたい時間は私にもあるけど、谷崎ってそんな繊細なタイプなのか。
弁当をバッグにしまい、廊下に出てトイレへ向かう。
そらの所属する2年3組の教室からトイレへ行くには、2組と1組の教室の前を通って突き当たりにあるトイレか、上の階のトイレかが近い。一番近いのは上の階のトイレなのだが、上の階は大抵吹奏楽部が昼練をしていて入りづらいので、いつも同じ階の突き当りに行くことにしている。
外はどんよりとした雲で空が覆われており、そのせいで廊下も薄暗かった。教室のドアの前だけ明かりが漏れ、中からは様々な声が賑やかに聞こえる。そらはその音さえも聞きたくなかった。時折大きな笑い声も聞こえてくる。
これ、私のこと笑ってるのかな。
などと思ってしまい、そらは歩きを速めた。これまでの経験が、そうそらに思い込ませてしまうのである。高校に入学してからは徐々にそう思う事も減っていってはいたのだが、最近になってまたぶり返してしまっていた。
手を洗っていると、そこに3、4人が集団で入ってきた。静かだったトイレが急にうるさくなる。
「まじー?」
「あはははっ」
そらは後ろを通るその数人をガラス越しに確認した。見覚えのある横顔が通り過ぎる。
もも、、、。
そらの後ろを通った葉山桃は、一瞬だけそらの姿を確認したのか、ガラス越しに視線が合った。そらは思わず目を背ける。
「そうなんだー!」
今度は聞き覚えのある声に、そらは再び目を上げた。後ろをうみが通り過ぎる。うみもそらに気付いたが、うみはすぐに個室に入り、そらは急いでトイレから出た。
「現実世界では極力関わり合いを避けること」
そらからうみに提案したことだ。ミサンガの世界のことを秘密にしておくには、現実世界での接触を避けた方が良いとそらは考えた。そうすれば下手なところでボロも出ず、うみ自身の本当の性格も隠せると思ったのだ。うみもその案に首を縦に振ったので、トイレであっても他人のフリをしたのだ。
なんかちょっと楽しい、、、。
そらは兄の陽太と共に、母に隠し事をしている時のようなわくわく感を覚えた。少しだけ笑いを堪えながら教室へと向かう。
教室に戻ったら寝ようなどと考えていると、急に視界が真っ白になり、一瞬で元に戻った。先ほどまで教室のドアの隙間から漏れて聞こえていた騒ぎ声も、遠くで響いていた吹奏楽部の演奏も無くなり、昼休みに放送部が流す流行りの音楽だけが、不気味に校内に聞こえている。
「そーらちゃんっ!」
そらがその場で立ち止まっていると、トイレから声が聞こえ、うみが勢いよく飛び出してきた。
そらとうみ以外、誰もいない世界。ここはミサンガの世界である。うみが自身のミサンガを誰にも見られずに切って初めていける世界。
「おはよ、立花さん」
「もうおはようじゃないし!」
けらけら笑ううみを見て、そらは改めて自分の感情が本当のものだったと気付く。
これは完全に好きになっちゃってるな、、、。この先、バレずに一緒にいられるのかな。
そらとしては、自分の登場によって、うみがこの世界で自分を制限してしまうことがないか心配だった。自分がいるせいで、いつものように過ごせないのではないか、と。それなのに、たった二人しかいないのに、その相手が自分に好意を持っているなんて知った日には、、、。
そらはこのことで昨日一晩考えを巡らせ、悩みに悩んでいたのだ。そして自分の感情に呆れてしまっていた。
ばか、なんで私はこんなに惚れやすいんだよ。
そんなそらの悩みも知らず、ホントウの笑顔をそらに向けてくる。
「今日は何しよっかなぁ!」




