バイクガイドー成宮そら(1)
今日は雨だ。昨日の快晴とは真逆の天気に、成宮そらはいつもより大きなため息をついた。学校にいきたくない思いに拍車がかかる。
「家から学校までの道に屋根ほしい」
「それな」
リビングでぼそっとささやいた声は、兄の陽太には聞こえたらしい。
「うわ。なんでこんな朝早く起きてんの」
あからさまに嫌そうな顔をするそらに、なぜか満足そうな陽太。
「俺もう社会人に慣れちゃって、早起きは普通っつーか」
得意げになる陽太に、
「起こしてって頼まれたんですけどー?」
と母が割り込む。
「おいっ!」
「やることないならほら、ごみ捨ててきて」
そらは渋々ごみ袋を受け取る陽太を横目に、さっさと朝食を済ませ、登校の準備を始める。
こんなに行きたくないって思ってるのに、なんで準備しちゃうかなー。
そらは習慣というものが恐ろしく感じた。しかし彼女の手を動かしているのは、別の原動力のせいでもあるのだ。
「ねぇ、明日は何する?」
油断すると、この言葉が頭に響き、あの笑顔が脳裏に浮かぶ。
いやいやいや!私が立花さんのこと好きって、そんな訳ないじゃん!
そらは歯を磨く手を止め、自分に言い聞かせる。
だいたい会って数時間しか経ってないのに、好きになるとかないでしょ。
しかし理論ではない何かに突き動かされ、心は動いてしまっていた。そらは一目ぼれをしてしまったのだ。それも同性の同級生に。
そらには、誰にも言えない秘密があった。それは、女性の身でありながら女性を好いてしまうこと。
彼女自身、そのことに気付いたのは高校生になってからだった。それまでほとんど人と深くかかわってこなかったそらに、そもそも気付く機会がなかったのだ。陽太の彼女には親身になってもらっていたが、恋愛感情は湧かなかったことも、おそらく気付けなかった要因としてはあるのだろう。
どちらかというとそらは、陽太の彼女から貰った少女漫画のような恋愛を夢見ていた。誰にも見向きもされない少女の前に、突然現れる青年。そんな青年からのアプローチにも気づかない鈍感な少女。そんな恋に恋をしていた少女が、突然現れた少女に一目ぼれをし、しっかりと自覚をしてしまったのだ。人生は漫画のようにはいかないのである。
とにかく、これはダメだ!
そらは自分に強く言い聞かせた。
立花さんは友達。こんなの知られたら嫌われる。もうああなるのは嫌だ。
準備が整い、結局いつも通りの時間に家を出たそらは、雨でも賑やかな朝の通学路を眺めながら、昨日のことを思い出す。いまだに信じられない、ミサンガの世界。
大瀬良杏奈の名で女優をしている立花うみが自身の持つ青と白でできたミサンガを切ると、この世界から全ての生物がいなくなる。しかし何故かそらもその世界へ行ってしまい、ミサンガの世界はうみ一人だけのものではなくなったのだ。
ていうかミサンガの世界って、毎日行くことになるのかな。それだったら、やっぱり立花さんに申し訳ない気がする。
もともと彼女のものだった世界を、いきなり誰とも知らないような同級生とシェアすることになったのだ。そらは彼女の気持ちを考えると、とてもいたたまれない気分になった。重い足取りでバス停に着く。
昨日は初めてのミサンガの世界で、そらはうみを浜辺へ連れて行き、そこで一目ぼれをしてしまったのだ。その日は結局二人ともずぶ濡れになった。5月上旬で天気はいいもののすぐに体が冷えてきたため、そらは近くのショップに走り、タオルを貰うことにした。
「別にお金なんて置いてかなくてもいいのに」
「申し訳なくて、、、」
なんだか盗みをしているような気持になったそらは、借りたタオルの代金をレジに置いた。もう一度うみがミサンガを切れば、二人ともミサンガの世界に行く直前まで戻れるため、服はぬれず、パッケージを破いて使っているタオルもパッケージに入ったタオルに戻り、商品として変わらず店頭に並ぶこととなるのだ。しかしミサンガの世界にいるときの記憶はあるため、最初の頃は違和感があるとうみはそらに説明した。
「ダメもとでさ、連絡先交換しようよ」
服を乾かし、寒気がなくなったところで、うみはそらに言った。ミサンガの秘密を共有する以上、連絡を取り合えるならばそれが良いと思ったのだろう。実際そらもそう思っていたため、すぐに連作先を交換した。
そしてついに、現実世界に戻る。うみはそらに注意した。
「うちは一人の時にしかこの世界に来ないから、心の準備できるんだけど、そらちゃんは急に戻るし初めてだから、多分めっちゃビビるよ」
そらはそう言われ、ミサンガの世界に行く直前を思い出す。屋上で飛び降りようとしている自分を、谷崎勝吾が必死に止めている。
「うん、確かにめっちゃびっくりすると思う」
「とにかく、バレないように気を付けてね。もしバレたら、絶交だかんね」
「が、頑張るよ」
力なくへろへろ笑うそらに、本当に大丈夫なんだよなこいつ、と言いたげな顔を見せたうみは、そらに背を向けた。手にはハサミを持ち、ミサンガを捉える。
「いくよ、せーのっ」
ぱちんっ
そうして戻った世界で、そらはまた午後を過ごしたのだった。ミサンガの世界の疲れは一切なく、眠気も来ないで学校は終わった。交換したはずの連絡先は、当然のように消えていた。ミサンガの世界に行く直前の時点では、うみとは会話すらしていないのだ。しかしそらにはあの世界での記憶も感情も覚えていた。そらは一度も現実世界であったことがない少女に、一目ぼれをしてしまったのだ。
まぁ、切り替えよ、、、。
そらが傘の下でため息を吐いたのは、バスが到着してドアが開いたのと同時だった。




