全校集会ー谷崎勝吾(1)
谷崎勝吾は困惑していた。
さっきまで一緒に屋上で昼を食べながら談笑していた人間が、柵の向こう側に行こうとしているのだ。
「ちょちょ、待ておい!」
勝吾は立ち上がって、成宮そらの腕を掴む。そらはやけに珍しい銀髪の同級生で、クラスは違えどよく一緒にいることが多い。
彼女が自殺を図っているのは明らかだった。前に進もうとする力が強い。勝吾が追いついた時には、あと2歩で転落するところだった。
「何してんだバカ、さっさと戻れ!死ぬぞ!!」
勝吾は力を入れて、そらを何とか柵の方へ引きずり戻したが、
「いいんだって、そうしようとしてるんだし」
と言って、そらは勝吾の腕を掴んで放そうとする。
こいつ、マジで言ってんの?!
「なんでだよ!さっきまで普通に話してたじゃんか!訳わかんねぇ!」
勝吾は思わず叫んでしまう。
「そう思ってるなら、谷崎こそ本当にバカだね」
心無い言葉に、勝吾は一瞬たじろいだ。
「どうせ私が死んでも、誰も悲しまないって」
ふざけんなよこいつ、、、!
勝吾はそらに腹がたった。なぜ自分のことをこんなに下に見ているのか、理解ができなかったのだ。勝吾自身の気も知らないで、、、。
「バカはどっちだ!」
勝吾はそう叫び、そらを自分の方へ向かせた。そらは勝吾のことを見ようともせず、掴まれた腕を静かに見つめている。勝吾も一瞬だけそらを掴む自分の手へ視線を向けた。華奢で白い腕に似合わず、抵抗する力が強い。
「俺がいるだろうが!いったん聞け!」
なんとかして抵抗するそらを落ち着かせようと、勝吾は必死に訴えた。今この手を離せば、確実にそらは飛んでしまう。そう思った途端、勝吾の喉に何かが突っかかる感じがした。暑さのせいなのか、やるせない感情に蓋ができなくなったのか、視界がぼやけ始めた。
このまま成宮が死ぬのなんかごめんだ。これは秘密にしておきたかったけど、ぼやぼや考えてる場合じゃねぇ、、、!
「成宮、俺、俺はな、、、、」
勝吾は覚悟を決めた。誰にも言えない、勝吾だけの秘密を言う覚悟だ。勝吾はそらをまっすぐと見つめた。
一瞬時が止まる。そらも何かを察したのか、勝吾の方へ目を向けた。二人の視線が重なる。
「俺、実は、お前のこt」
「ひゃあぁっ」
勝吾の勇気あるカミングアウトは、そらの拍子の抜けた声によって遮断された。突然感情が戻った様子のそらは、勝吾の袖をつかんだ。
目の前で起こった怪奇的にも思える人格の豹変っぷりに、勝吾の思考は完全に停止した。
「お、落ちる、、、」
そらの声で我に返った勝吾は、先ほどまでのそらの抵抗がなくなっていることに気付き、腕を掴む手の力を緩めた。
「お前、さっきまで、、、」
そらが柵を登ってこちらに戻るのを支えながら、勝吾は自然とつぶやいていた。
「あ、あははは。冗談だよ、冗談」
そらは困ったような笑みを浮かべながら、柵へ寄りかかった。先ほど勝吾の目の前にいた、全てに絶望したような目つきの女子とは別人のようだった。
こいつ、、、。
と、屋上の出入り口のドアの向こうで、足音が聞こえたような気がした。勝吾はドアの方へ目をやり、ドアノブを凝視した。誰かがこちらに向かって来ていると思ったのだ。しかしドアノブは動かず、かすかに聞こえた足音のようなものも聞こえない。気のせいか、と胸をなでおろす勝吾。
「はぁ。マジで冗談きついって。俺心臓止まりかけたぞ!」
勝吾は先ほどの動揺と、危うく秘密を言ってしまいそうになったことをごまかすように、そらの肩をぱんと軽くたたいた。
「ごめんごめん」
そらの反省の感情のない謝罪と共に、チャイムが鳴る。昼休みの終了だ。あと五分でもう一度チャイムが鳴り、それが5時間目開始の合図だ。
「あやべっ!5・6時間目って集会じゃん!」
勝吾は思い出した。今日はゴールデンウィーク明け最初の登校日。この高校では、この日の5・6時間目に全校集会がある。例年では校長などの話は早めに終わり、余った時間で体育祭の各団の団長発表と彼らによる決意表明が行われる。そして集会の際は、昼休み終了のチャイムと同時に、集会後すぐに帰れるように荷物を入れたバッグを持って廊下に整列しなければいけなかった。
「急げ!福本にシバかれる!」
福本とは生徒指導の教師のことだ。彼は集会の行われる体育館に遅れて入ってきた生徒に容赦がない。
二人は屋上をあとにして階段を駆け下りる。目指すは教室。5時間目開始のチャイムと同時に教室は施錠されるので、それまでに荷物をまとめて体育館へ向かわなければならないのだ。時間はない。先ほどの出来事よりも、全校生徒の目の前で怒られない方が、今の勝吾には重大だった。




