砂浜ー成宮そら(5)
「そらちゃん!起きて!!」
うみの声にそらはハッとした。いつの間にか寝てしまっていたようだ。とっくにプレイリストが一周して音楽の流れないヘッドホンを外す。と、シャツを引っ張られる感覚があった。うみがそらを立たせようとしていた。彼女はキラキラした目で海を見つめている。そらもそちらに目をやった。
さっきまであれほど鮮やかな青だった海がオレンジに染まり、夕焼けの空と一体になっている。波に沿ってキラキラしていた海は、暴力的ともとれるほどにその輝きを増していた。
「きれー、、、」
そらは自然と呟いていた。海に来たり、夕方の空を眺めたりすることは何度もある。しかしここまで間近でその2つを合わせてみることは、実は初めてだったのだ。
「でしょー??」
うみはその可憐な顔で、ニカっと無邪気な笑いを作った。夕焼けに照らされて褐色に染まっている。
そらは頷き、立ち上がって砂を払うと、一番下に降りてうみの隣に立った。
「うちね、こーいう景色好きなんだぁ」
「私も。なんか圧倒されるなー」
隣でうみが伸びをしたのが横目で分かった。んー。と唸りながら両手を上にめいっぱい伸ばす。
「ねー、そらちゃん」
一息ついて、うみがそらに呼び掛ける。
「なに?」
そらはうみに顔を向ける。
「うちは、『立花うみ』は、『大瀬良杏奈』と違って、ワガママだし、短気だし、うるさいし、あと、、、」
言葉に詰まったうみは、そらに見つめられてるのが我慢ならなくなって自分の顔を手で覆った。
「とにかく!うちはめっっっちゃ面倒くさいの!!分かった?!」
「えぇ?うん、分かったよ」
そらは苦笑いしながら、また夕焼けの海へと顔を戻す。
「でもそっちの方が、人間らしいっていうか。なんかこう、、、なんて言うんだろ」
そらは言葉に詰まる。語彙力がないのか、表現力がないのか。我ながら呆れてふふっと笑った。
「だめだ私、うまく言えないや。あはは」
「なにそれー」
今度はうみがそらを見る。
「うち機嫌悪そうって思ってるかも知んないけどさー、今日めっっっちゃ!楽しかったんだ」
「そりゃ良かったよ」
「ねぇ!」
うみはそらの手首を掴んだ。びっくりしてそらはまたうみを見た。うみも真剣にこちらを見つめている。目が合う。
「これ、ホンネ」
うみはそう言うと、そらの手首を掴んだまま走り出した。
「えっ?!ちょちょ、待っっ!」
うみはオレンジの波に突っ込んで行き、ぐいっとそらを引っ張った。そらは体勢を崩し、顔から海に倒れた。鼻、耳、口、全てにまだまだ冷たい5月の海水が入ってくる。ワイシャツがびたっと肌にくっつき、顔と腕だけに海水の感覚が敏感に伝わる。
「げほっ!」
そらは立ち上がって咳込んだ。どうやら浅瀬で、膝くらいまでしか海水は来ない。それでも波があれば少しよろけた。と、うみも立ち上がった。
彼女はそらに向き直り、またあの無邪気な笑顔を向けてくる。
「ねぇ、明日は何する?」
衝撃。
そらにとって、それは初めての感覚。脳から足先まで電流が流れ、心臓がぎゅうっと締め付けられるよう。
あれ?立花さんが止まって見える。
そらはその場で数秒固まった。うみは、そらが返事をしてくれないことに不満を感じたのか、笑顔が消える。
「ねぇ!ちょっと!!」
その言葉にようやく我に返ったそらは、ごめんごめん、と誤った。まだ胸の締め付けがひどい。
「じゃあ、一緒にいていいってこと?」
「そういうこと!もう理解力!!」
うみは察しろ!と言うようにふいっと顔を背け、さっさと海から上がる。
そらは必死に言い訳を探す。
そ、そうだ。立花さんが私に気を許してくれたから緊張が解れて変な感じになったんだ。そうそう。そうだ。
しかしこの感覚は、初めてだからと察することができないほど、そらは鈍感ではない。頭では否定しても心がそうなってしまっている。
違うって、違うのに!、、、違うってばぁ。
そらの葛藤を他所に、うみはもう砂浜にたどり着いていた。
「うぎゃーっ。寒っ!」
そう言いながら縮こまる姿にさえ、愛しさを覚えてしまう。
あ、ダメだ。これ。
そらは自覚する。ずっとずっと後悔してきた、高校に入るまで知らなかった自分の癖は、容赦なくまたその牙を剥く。
成宮そらには、誰にも言えない秘密がある。
私は、彼女のことが好きなんだ。




