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28.二重奏そして、共鳴

家族との日常を取り戻す鸞

母の思い出が詰まったピアノで、孔明と愛の連弾を……

泥のように眠った後、翌昼近く、鸞は起きるなりシャワーを浴び、恐ろしい勢いで家事に手をつけた。父と妹は昼食がてら買い物に行っており、兄は近所の本屋に出かけていった。

 洗濯機を3回転、全員のシーツも洗い、屋敷中の窓を開けて新鮮な初夏の陽気を引き込み、掃除機をかけ、はたきをかけ、トイレ掃除にお風呂掃除に……夕日が沈む頃には、ぐったりと疲れが溜まっていた。

「ただいま」

 書店に出かけると中々帰ってこない孔明が、どっさりと買い物袋をぶら下げてリビングに入ってきた時、鸞は畳み掛けのタオルを胸に抱いたまま、洗濯物の山の中に顔を突っ込むようにして寝落ちしていた。

「体を休めておけば良いのに、張り切るから」

 太陽の爽やかな匂いが部屋中に満ちている。鸞がいるだけで、この屋敷は清涼な空気に包まれる。

 孔明は、その背中にそっと毛布をかけてやり、残りの洗濯物を畳み始めた。

 やがて、玄徳と亮子も、買い物を終えて帰宅し、3人は不器用なりに自分たちの洗濯物を畳み始めた。

「親父、ぐちゃぐちゃじゃん」

「そ、そうか……」

「父上、せめてタオルの角は合わせませんと、鸞がまた暴れます」

「おっと、それはいかん」

 久しぶりに家族が揃っていた。ぐっすり眠る鸞の横で、3人は捗らぬ洗濯物の片付けに興じていた。

「こうやって、少しでも鸞の負担を減らしてやらなくてはならんな」

 玄徳の言葉に、孔明も亮子も頷いた。

「昨日の唐揚げ、鸞のやつ明け方帰ってきて寝ないで作ってくれたんだよな」

「ああ。お前の好物だからな」

「……美味かったよ、凄く」

 お裾分けに与った玄徳も、同意するように強く頷いた。

 

 夕食には、目覚めた鸞による久々の心づくしの手料理が並んだ。切り干し大根を頬張った玄徳は、思わず感極まって涙を流すほどであった。

 漸く、桔梗原家の西洋館のダイニングに明るい家族の団欒が戻った。

「おいらがやる」

 食べ終えた皿の後片付けは亮子が請け負ってくれ、鸞は自室でピアノに触った。

 ポロポロと押すだけだったのが、やがて譜面を引っ張り出し、本気の姿勢で座り、音を外しながらも夢中で弾きだした。

 ショパンのスケルッツォ、ブラームスのラプソディ、モーツァルトのソナタ……。

 メンデルスゾーンの無言歌を何曲か弾いたところで、拍手が鳴った。

「あ、やだ、聞いてたの」

 いつの間にか、孔明が鸞の部屋のソファに陣取っていた。

「一緒に弾いて。小組曲は? 」

「ドリーのほうがいいな」

 フォーレが、親しい友人の娘・エレーヌの誕生日を祝って、一曲ずつ大切に書き重ねられていった曲だ。エレーヌへの愛と優しさに満ちた、美しい6曲からなる組曲である。

 辿々しく、鸞の伴奏に合わせるようにして孔明が第1曲の子守歌のメロディを指で追う。優しくシンプルなメロディが繰り返され、鸞が弾くゆりかごの揺れを模したセカンドパートの音の動きに乗せられていく。

 可愛らしい一曲目が終わったところで、鸞が孔明の肩に頭を乗せた。

「兄上、凄い、よく覚えているね」

「おまえと発表会で弾いた曲だもんな、私が中1の時か」

「そうそう。母上のレッスンで二人共泣きそうになってたよね」

「私は泣いてない。おまえは泣いてた」

「泣いてないよぉ」

 ぷうっと音を立てるようにして膨らんだ鸞の頰に、孔明がそっとキスをした。すると鸞が潤んだ目で孔明を見上げ、下から啄ばむようなキスをした。

「僕たちがこうなったこと、母上はどう思っているかな」

「んん……相手の音をよく聞きなさい、かな」

 鸞が熱を帯びた瞳で孔明をじっと捉えた。

「おまえをいつも思っている。おまえをいつも……愛している。そういう私の、音を、だ」

「兄上」

 鸞が孔明の胸にしがみ付いた。

 二度と、この体温を脅かすような真似はすまい。この体温を失いかけるような真似はすまい……。

 腕の中から見上げる鸞の、その艶やかな唇を、孔明は優しく吸った。それだけで、鸞の全身が幸せに満たされ、痺れるほどに体の芯は揺さぶられた。

 孔明が鸞を抱き上げ、天蓋付きのベッドに運んだ。仰向けに転がった鸞が、両腕を広げて孔明を迎えた。

「僕の音も、聞いて……」

 灯りを落とし、半円の出窓から月明かりが差し込むだけの部屋で、ゆっくりと時間をかけて、孔明は鸞を愛した。鸞の肢体が白く浮き上がり、艶めかしく開かれていく。やがて全身に愛を注がれながら、鸞は孔明を深く求める『音』を高々と囀ったのだった……。


 

                    

                                        了

 

久々に訪れた穏やかな日々。

鸞を囲む桔梗原の面々は、それぞれ鸞の日頃の努力に思いを馳せる。

そして孔明は、母との思い出を鸞と共有しながら、連弾を奏でて心からの共鳴を堪能するのであった。

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