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3.護送

鸞とレイモンドの因縁のフライト、いざ!


先週、レイモンド・タンの判決が下り、銃器と弾薬合わせての密輸で懲役7年、執行猶予3年と決まった。

 外国人が犯罪を犯し、一年以上の実刑を喰らえば、即退去強制(強制退去)事由となる。

 ただ、レイモンドの場合、生国の中国と、父の国籍である英国と跨って人脈を広げており、それぞれ政府の中央にも彼の影響力は侵食していた。それ程の隠然たる力を持つ背景には、彼の母が中国の大マフィアの幹部の娘であったことにも由来する。彼自身の組織『鷲』も、日本の官僚が想像できないほどの強大な財力と人脈で中国経済を動かしていると言っても過言ではなかった。

 42歳になるレイモンドはイギリスで教育を受け、ケンブリッジ大学を卒業した秀才であり、数カ国語を操るという。IT方面にも長け、最先端の軍事産業にも手を出していた。三十代で既に頭角を現し、祖父のルーツである広東を継いでいた。徐々に北上し、やがて大叔父や叔父・叔母の末端組織も傘下に収め、三年前の祖父の他界を機に、組織の長としての座を継いでいたのであった。


 アルマーニのスーツに身を包み、髪もプロの手で整えられていた。185㎝を超える長身が、羽田空港の狭い貴賓室には少々目に煩い。だが、レイモンド本人はどこ吹く風で、ソファに悠々と腰をかけて、ある人物の到着を待っていた。

「失礼します」

 入室したのは、警視庁薬物銃器対策課の課長である竹内真理子警視と、四谷署組対課薬物銃器係・係長である桔梗原鸞警部、中国の警察から、日本の巡査部長に相当する一級警司が2人、そして護衛として同行する警備部警護課4係の3人であった。レイモンド自身を含め8人でのフライトとなる。

「レイモンド・タン、これよりあなたを退去強制相当処分として、中国に送還します。中国に入り次第、(ちょう)巡査部長と(てい)巡査部長に手錠を渡します。然るべく、従ってください」

 全く予断を挟まぬ冷静な声音で、竹内課長が説明をした。竹内(たけうち)真理子(まりこ)37歳、キャリア組だが、元射撃の国体出場経験者である。160センチと小柄で線も細いが、長い髪を一つに束ねたその凛々しい顔立ちには、強い使命感が漂っていた。

「では、行きましょう」

 鸞がレイモンドの利き手である左手と自分の右手に手錠をはめた。その鍵は、竹内課長に渡された。

 ここに鸞が現れてからずっと、レイモンドは鸞を見つめている。熱っぽい視線にも、鸞は素知らぬふりをして前を向いていた。

「今日は、甘えてくれないのだな」

 長い廊下を警護課のメンバーに囲まれながら進む。レイモンドが手錠を引き寄せて鸞の腰を抱こうとするが、手錠が邪魔で思うようにいかない。歩きながら、レイモンドが肩をすくめた。

「折角のランデヴーなのに」

 中国が手配した専用機に乗り込み、まるでプライベートジェットのような革張りのソファに、窓側から鸞、レイモンドの順に並んで座った。ファーストクラスのような余裕のある配置で、2人掛けの列、そして通路を挟んで1人掛けの列が5列ほど並んでいる。2人がけの2列目に中国の刑事2人、3列目に竹内、4列目に鸞達が座り、1人掛けの列には2列目から4列目までを警護班が占めていた。

 2人がけの椅子の間には立派な肘掛けがあるが、レイモンドがそれを跳ね上げ、身体を寄せてきた。

「いいスーツだな」

 レイモンドが鸞の髪の香りを嗅ぐようにして甘く囁いた。前席に座る竹内が立ち上がって座席の背もたれの上から2人を覗き込んだ。

「静かに。私語は慎みなさい」

 興ざめとばかりに、レイモンドが手を振った。

「君の量産型のスーツに用はないよ。少し彼と話をさせてくれ。ずっと会うのを楽しみにしていたのだから」

 竹内が目尻に苛立ちを見せて鸞を見た。どういうこと、と。

「腐れ縁、です。逮捕したのは僕ですので」

 放っておいて欲しいとばかりに、渾身の愛らしい笑顔を作って鸞が答えると、竹内は顔を赤らめて咳払いをし、前を向いた。

「中途半場なブランドものより良く似合っている。良い仕立て屋がいるなら教えてくれ」

「教えたところで、日本にはもう来られないよ」

 飛行機が滑走路を走り出し、テイク・オフをして空に舞い上がった。ふわりと持ち上げられた一瞬、鸞は思わず胃を押さえて口の中で兄の名を呼んだ。

「あに、うえ? 」

 あっという間に日本語も習得しつつあるレイモンドが、耳ざとく聞いていた。

「君のその婀娜な艶気は、その男が仕立てたのかな」

 竹内に分からぬようにとでも思ったか、英語でそう言いながらレイモンドが顔を寄せてきた。

「竹内課長も、英語は堪能だよ。お喋りはやめたほうがいい」

 前の席から、竹内が鼻を鳴らして笑うのが聞こえた。

「別に聞こえても構わないさ……私は君が欲しい。欲しくて欲しくて……」

 レイモンドの左手が鸞の太腿を撫で始めた。

「ちょっと……! 」

 その手が敏感なところを目指そうとするより早く、鸞が左拳を繰り出してレイモンドの顔に叩き付けようとするが、その拳はまんまとレイモンドの右手に収まった。そのままきつく握りしめられ、レイモンドが鸞に覆いかぶさってくる。唇が触れそうになった時、竹内課長がレイモンドの襟首を引いて鸞から引き剥がした。

「大丈夫? 代わりましょうか」

「いえ、大丈夫です、申し訳ありません」

 竹内が、鸞の外見から彼を過小評価しているだろうことは分かっていた。端々に、自分が鸞より前に出たほうが良いと、鸞を庇おうとする言動を隠そうとしないからだ。悪い人ではないとは思うが、お守りをされているような気分になり、鸞の自尊心がちょっとトンガってしまうのだった。

「向こうに着いたら、ディナーを楽しもう」

「生憎だけど、ディナーに合うドレスなんて持っていないから」

 思わず英語で鸞が言い返すと、竹内から「桔梗原くん」と叱責が飛んだ。フンっとばかりに鼻を上向けて窓から雲間を眺める鸞を、レイモンドは眩しそうに見つめた。

「楽しみだな、私の可愛いレディ」

 

孔明兄上、どうする⁉︎

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