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22.兄弟

鸞ちゃんピンチ!!

 けたたましいスリップ音とともに岸壁スレスレに左折をしたものの、レイモンドらが停めている車列に阻まれてしまった。逃げ道がない……。 


 その時、コンテナの上から赤外線レーザーポインターが照射され、シャッターの前に群がるように停まっている車のタイヤが次々と撃ち抜かれた。車を諦めた部下達が躍り出て、銃口を空へ向けて右往左往する。と、その手にも次々にレーザーが照射され、面白いように拳銃が飛び跳ねていった。

「あにうえ、か」

 レイモンドがハエでも忌むように言った。持っている92式の銃口は、しっかりとウインドウ越しの鸞の額に向けられている。

「鸞! 」

 その、レイモンドが口にした当の人物が、AK74アサルトライフルから照射されるレーザーポインターでレイモンドに狙いを定めたまま、マカンの左運転席の前に立った。

「貴様が、レディの愛しい男か。私の方がずっといい男だと思うが」

 額の中央にポインターを合わせたまま、男……孔明がギリっと引き金にかけた指に力を込めた。

「弟には、私の鸞には金輪際近寄るな」

「私の鸞、ね。君が余り朴念仁だと、鸞は今に私に靡(なび)くぞ……私の可愛いレディを泣かせたら、世界のどこにいても、貴様を殺しに来る。ハッタリだと思うなよ」

「笑止。こちらとて、次は有無を言わさず即殺す」

「兄上」

 鸞が運転席のウインドウを下ろし、孔明の背中にそっと触れた。大好きな兄の匂いを吸い込むと、ただでさえ戦いで昂ぶっていた身体の芯が震えた。こんな時でも、兄が欲しい、と浅ましく求めていた。

 鸞は思慕を振り切るようにグロックの銃口をレイモンドに向けて右の助手席に移動し、孔明がに運転席に乗るまでの援護をした。

「レイ、妹のこと、有難う」

 ウインドウが閉まる間際に、鸞が小さく伝えた言葉に、レイモンドは二本の指を唇に当ててそっとキスを投げて応えた。

 とはいえ、最早鸞の目に自分は映っていないのは明白だった。

「あにうえには、あんな顔を見せるのだな、レディ」

 激しくタイヤを空回りさせて煙を吐きながら、マカンはバックのまま非常階段の脇をすり抜けて倉庫の裏手でドリフトしながら方向を変え、コンテナの森の奥へと疾駆して行った。

「ボス、行かせていいんですか」

 尚も銃を向けようとする部下を、レイモンドが蹴り飛ばした。

「レディにはさっき命を助けてもらっただろ。それより、我々は落とし前をきっちりつけて帰ろう」

 レイモンドの表情が酷薄に歪み、残忍さを目に湛えてシャッターの奥へと戻って行った。


 六曜会は、黄色い港湾エリアのゲート側に待機していた警視庁の組対の刑事達に根こそぎ逮捕された。確保した荷は、開けてみればどれも酷い偽造品で、とても使える代物ではない。一度でもレイモンドを裏切ってルイとコンタクトを取ったことへの、レイモンドなりの仕置であった。

 

 コンテナの森を抜けて、ゲートとは別の裏口から港湾エリアを脱出したところで、孔明は電話をかけた。相手が応答すると、鸞に会話を任せた。

「……父上」

「鸞か、亮子は、皆、無事か」

 切迫した声で父に名を呼ばれ、鸞は胸がいっぱいになって声も出せなくなってしまった。孔明は運転しながら画面をスピーカーに切り替えた。

「父上、皆無事です。ただ、亮子はおそらく何某かの睡眠剤を打たれている可能性があります。すぐに治療を受けさせたいのですが」

「……だが鸞は、おそらく私や霧生くん達に会える姿ではなかろう」

 玄徳は大凡のことは見通していた。鸞は俯き、膝を強く掴んだ。

「虎ノ門病院だ。夜間救急入り口にストレッチャーを置いておくから、そこに亮子を載せろ。お前達が去ったのを見計らって、私が診療につなげる」

「承知しました。15分とかかりません」

「……二人共、よくやってくれた。いや、無事でよかった」

 通話が切れた。

 夜中の都心は殆ど止まることもなく、どこもスムーズに流れていた。予定していた15分よりも少し早く、マカンは虎ノ門病院夜間救急口にゆっくりと滑り込んだ。

「まだ下りるな、私が先に出る」

 鸞は頷いて兄の言葉に従った。

 孔明はサングラスに加えてマスクまでして、慎重に車の外に出た。おそらく、父と一緒にいるのは霧生兄弟のどちらかだろう。父が事を大きくするとは思えない。限られた人間だけで亮子のことは対処すると思われた。

 果たして、救急口の前には、ストレッチャーが置かれていた。孔明は一度戻って鸞に頷いて合図をした。

 長身の孔明が亮子の足元に屈み、鸞が反対側から頭を起こすようにして背に乗せた。流石に孔明が背負うと、亮子が小さく見える。軽々と運ぶ孔明の後をついて、亮子の背中に手を添えるようにしながら、鸞がゆっくりとストレッチャーに亮子を寝かせた。

「父上が、すぐ来るからね」

 ストレッチャーを挟むようにして立つ二人の兄が、妹の頰に片方ずつ手を添えた。暖かい。

「行くぞ」

 孔明の合図に弾かれるように、鸞はマカンの運転席に戻った。

「なるべく顔を伏せておけ」

 建物の陰に、数人の男が隠れていることは気配で分かっていた。これなら、亮子は間髪入れずに診察してもらえるはずだと、鸞は急発進をして病院を後にした。


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