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2.アジアの美神

鸞の上司・霧生久紀の最愛の弟?降臨。霧生兄弟もまた、曰く付きの兄弟で……


 霧生課長は相当抗議をしながらも結局はお上の決定に逆らえず、鸞に向後を託した。その代わり出発前の1日、準備のためにと休みをくれた。

 前夜の飽くなき情事の気怠さも、昼前には解消できていた。兄は明け方数時間眠っただけで学校へと出勤していった。自分も一応早起きをして朝食を支度し、父と妹を無事に送り出した。溜まっていた家事を片付け、リビングのソファでうつらうつらと休み、トイレットペーパーの在庫が危ういことを思い出し、3日分の作り置き用の材料調達も兼ねて買い出しに来ていたのだった。

 そういえばと、六本木ヒルズに足を向け、自分の部屋で孔明が休む時用の枕を探すことにした。お揃いの枕と、ガウンと……兄の必需品を買う、と思うより、恋人と一緒に使う品物を探す、そう思う方がドキドキして楽しい。まるで付き合いたての高校生のように、ウキウキという効果音が出そうな足運びで、鸞はインテリアの店を歩き回っていた。だが、果たしてずっと一緒に使ってくれるのだろうか……ふと選ぶ手が止まったりもした。

「鸞ちゃん? 」

 と、大荷物を抱えて右往左往していると、人ごみの向こうから手を振ってくる人物が見えた。

「あ」

 それは、つい横にあるブランド店のショーウインドーのパネルに、半裸で空を見上げている美しい横顔の持ち主その人であった。

「えっと……光樹(みつき)さん? 」

 上司である霧生久紀(きりゅうひさき)課長の弟、光樹であった。離れていても神々しいほどの美のオーラだが、それ以上に周りに陽の明るさを放ちまくるその光のパワーが凄い。オリンポスの美神……ふとそんな言葉が頭をよぎった。

「綺麗な子がいるから、すぐわかった」

 黄色いレンズのサングラスを取りながら、光樹は近づくなりそう笑った。なんてことないパーカーに、ダメージジーンズ、ロングのジレを羽織っているだけなのだが、この六本木という街によく馴染んでいる。自分も、ただの黒ジーンズにトリコロールカラーのストライブのシャツに、グレーのロングカーディガンを羽織っているが、まるでモデルの休日とママにお遣いを頼まれた高校生ほどの差がある。

「お茶でもしない? 」

 光樹の陽気な誘いは、断ることを許されず、鸞は頷くしかなかった。


「1、2度代々木上原のご自宅にお邪魔しただけなのに、よく覚えていてくださいましたね」

 オープンカフェで心地よい微風を受けながらラテにチビチビと口をつけつつ、鸞は尋ねた。対する光樹は、既に生ビールを豪快に煽っている。

「こんな綺麗な子、忘れるわけないじゃん。てゆうか、私と2歳しか違わないんだよね、確か。もっと楽に話そうよ」

 そうだった。確か、孔明と鸞は、それぞれ久紀と光樹の2歳年下なのだ。だが、纏っているオーラには、10歳くらいの差を感じる。それだけではない、何事にも動じなさそうな圧巻の懐の深さを、鸞は感じていた。

「……ごめん、実はね、1軒前の店で鸞ちゃん見かけてたんだけど、ウキウキって音が聞こえるくらい楽しそうに買い物してるかと思いきや、突然泣きそうな顔して固まっちゃったり……で、思い切って声かけちゃった」

「え……そんなんでした? 」

「ええ、そんなんでした」

 参ったな……と鸞は俯いた。まさか上司の弟に、血の繋がらない兄と愛し合うようになったはいいけど、性欲強すぎて兄に嫌われそうですだなんて、とても口にできない。

「当てて、いい? 」

「え」

「孔明さんと、何かあったんだよね」

 どう返答しようか……多分、目が泳いでいる、口がパクパクしている、光樹が刑事なら全部自白と取るほどに顔に晒しまくっている……と千々に乱れる心を何とか沈め、鸞は無表情を貫いた、つもりだった。

「私と久紀も血が繋がらない兄弟なのは、知ってる? 」

「え、そうなんですか」

「で、永遠を誓った恋人」

 ガチャッ、と音を立てて手の中のカップをソーサーに取り落としてしまった鸞は、もう既にその丸く大きな瞳いっぱいに涙を湛えていた。

「さっき、私のポスター見てくれていたでしょ。あのモデルの仕事、最初は断ったの。1枚目のポスターはミラノで撮影したんだけど、久紀が近くにいないと思っただけで過呼吸になりそうになるくらい、怖くてね。今も、契約は日本国内の撮影だけって内容になってる。ちょっと厄介なトラウマがあって……。でもね、久紀は全部わかってくれてるの。わかってくれて、しつこいくらい抱いてくれる。もうね、やかましいってくらい。あいつ、結構面倒見いいでしょ」

「は、はい……本当にお世話になっています」

「とんでもない、こっちこそ。鸞ちゃんに結構怖い目に合わせちゃったとかで、落ち込んでる時あるんだよ。心配もしてる。それに孔明さん、ウチの上の兄貴にちょっと似ててさ」

「警視正? 」

「ガチでザ・長男て感じ」

 確かに! と、鸞が思わず吹き出した。

「やっと笑った……本当に可愛くて綺麗だね」

「そんな、光樹さんに言われても……それに、可愛いって歳でも……」

「孔明さんは、言ってくれないの? 」

 子供のように、鸞は首を振った。

「うん、まぁ、言わない訳ないか。じゃ、何が不安」

「え、あ、その……」

 思い切って聞いてしまおうか……鸞はまた口籠もってしまった。

「ごめん、お節介なオバさんみたいなこと言っちゃって……今度さ、ウチにゆっくり遊びに来なよ」

 光樹がレシートを手に立ち上がろうとしたのを、鸞は思わずその手を掴んで止めた。

「僕、せい、性欲が強いみたいで……」

 存外ハッキリと通る声だった。都会で一番喧騒がひどいとさえ思うこの界隈のオープンカフェなのに、辺りが一斉に鎮まった。

「す、すみません! 」

 鸞は両手で顔を覆ってしまい、いたたまれずに身を縮めてしまった。

 だが、光樹は笑いもせず、アジアの美神と称えられるエキゾチックな美貌に思慮を湛えるようにして座った。

「ああもう、僕……上司の弟さんに、何てことを……」

「そんなこといいから。で、孔明さんには、言った? 」

 光樹の声は、母の声のように鸞の心に沁みてきた。

「久紀から聞いたけど……26年、思い続けてきたんだよね。それが今、堰を切って溢れてきているんだよね」

 もう、涙が止まらなくなってしまっていた。光樹の声は、鸞の心を優しく撫でていく。

「26年分だよ。オネダリして、何が悪いの」

「でも……兄はきっと……呆れてる。はしたないって、軽蔑してるかも知れません」

「兄弟として育って、とっくに全て晒しあってる仲なんだよ。今更、隠すことないじゃん」

 次の瞬間、鸞は光樹に抱きしめられた。空中分解しそうだった心が、その暖かさで鎮まっていくようであった。

「可愛いな、本当に。孔明さん、多分君に骨の髄までメロメロだと思うよ。いいじゃん、甘えてあげなよ。ちょっと体のことだけ考えてあげてさ、好き好き好きーって、襲っちゃえばいいんだって。あの体躯だよ、ニンニクとニラと卵と山ほどの肉食わしてりゃ、何とでもなる」

「ニンニクとニラと卵と、山ほどの肉? 」

「あ、いいレシピ、いっぱい教えてあげる。久紀にもよく食べさせるやつ」

 鸞が手で口元を隠すように光樹の耳元に顔を寄せた。

「食べると……凄い? 」

 子犬のような瞳で恥ずかし気に尋ねる鸞に、それこそ猫のように悪戯げ気に光る瞳で、光樹がにんまりと笑った。

 彼が纏っているのは、周りを幸せにする香水のような心地よい色気である。とても蠱惑的なのに、淫靡な翳りはない。爽やかですらあり、ひたすら、陽、それこそ暖かい陽光のような色気、なのである。

「凄い。俄然。猛獣みたい」

 光樹と鸞は額を合わせるようにして笑い合った。光樹の首筋から、何とも言えぬ香しさが漂った。

「もう、笑った方が絶対可愛い! 私が孔明さんだったら、干物になる程抱いちゃうけど」

「え、ええ……」

「好きな人に、いっぱい愛してもらってね」

「お肉食わして? 」

「それな」

 それから小一時間ほど、鸞もビールを飲みながら、山ほどのレシビを光樹から教わり、飲みに行く約束まで取り付けて、別れたのであった。

 

次話、とうとう鸞が上海へと旅立ちます。波乱の護送の予感……。

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