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17.可愛い嫉妬

孔明兄ちゃんの、もやもや(笑)


 午後は学生達主体による体育祭の準備のため、午前中で仕事は終わった。

 ミニテストにしておいて良かった……職員室に戻って帰り支度をしながら、孔明は溜息をついた。

 休み時間に、亮子が見せたあの写真を検索したら、すぐに見つかった。落ち着いて見れば何の事は無い、鸞は戦闘前のギラギラした目で周囲の敵の配置に目を配っているのが瞬時にわかった。恋は盲目とはよく言うが、これほど目が曇るとまでは聞いていない。やはり鸞にとっては足手まといにまでなり下がっていたのか……千々に乱れる心を引摺るように、孔明は職員室を後にした。

 生徒達が明るく「さようなら」とすれ違いざま声を掛けていく。何とか笑顔を作っている風を装い、鉛のように重たい足で昇降口に降り立った。

「ねぇ、校門にいる人、見た? 」

「見た見たー!! 芸能人? 」

「てか、男? 宝塚の人かと思ったけど。でも背は高いの」

「そうそう、凄い細くてさ、顔なんかこんなだよ、小ちゃいのー!」

 ジャージ姿で外から戻ってきた女子達が何やら黄色い声で会話を交わし、騒々しいことこの上なかった。今はその声が勘に触るなぁと思いながら、孔明は適当に挨拶を返しつつ校門へと進んだ。

 校門の、無駄に豪華で風格のある煉瓦造りの柱を、ジャージ姿の女性徒や、物見高い男子生徒達が取り囲んでキャーキャーと騒いでいる。

「やばいっ、綺麗すぎる」

「顔なんかテニスボールくらいしかないよ」

「んなわけあるかって……小っさ……細っそ。マジ芸能人じゃね? 」

「え、ロケ、ロケ? 」

 町探検のバラエティの取材かと思いきや、孔明がその長身から見下ろした生徒達の輪の向こう、柱に寄りかかるようにして腕を組んで立っているのは、スーツ姿の鸞であった。御丁寧にサングラスをかけている。それがまた雑誌のグラビアのように決まっていて、メガネを触るたびに生徒達がきゃいきゃいと騒ぐ。

「おい……」

 鸞も、漸く生徒の輪の向こうにスカイツリーのように聳え立つ孔明の存在に気づき、サングラスを外してニッコリと微笑んだ。悩殺。手始めに男子生徒達が玉砕し、鼻の付け根を押さえ次々と昏倒した。

「お疲れ様」

 そう言って、鸞はランウェイを歩くモデルのような歩き方で女生徒達の輪を真っ二つに割り、真っ直ぐに孔明の元まで歩み寄った。

 その鸞のネクタイを見て、孔明は片眉を上げた。

 ターコイズブルー。

 喧嘩売る気満々か、こいつは……孔明が何某かを口にするより先に、鸞は華奢な人差し指で艶めかしく孔明の唇を撫でた。

 キャー、が、ギャーに代わり、女生徒達がバタバタと悶絶して倒れていく。

「行こう、あ・に・う・え」

 渾身の笑顔で首を傾げながらそう言い、鸞は孔明の腕を引っ張った。

「うそー! あれが桔梗原先生の弟ー? 」

「てか、あの亮子の兄貴だろ? 」

「やばっ、妖しい、エロい!! 」

 単語の応酬による驚愕の会話を背中で聞きながら、孔明は鸞に手を引かれていった。


 すぐ近くに停められていた黒覆面パトカーの助手席に座らされ、孔明は黙ってハンドルを握る鸞の横顔を見つめていた。鸞は一度も孔明を見ることはなく、やがて四谷署の駐車場に車を止めた。

 無言のまま引き摺り出され、四谷署の地下の道場に入った途端、孔明は鸞に板の間に突き飛ばされた。

「やっぱりねぇ。このネクタイ見て超顔色変わった。ホント、女子高生みたいな可愛い嫉妬」

「う、うるさいっ……」

 と、教科書とパソコンで重量のあるトートバックを置いた途端、鸞の飛び蹴りが飛んできた。

 微かな重心移動で躱すと、孔明はジャケットを脱いでネクタイを緩めた。鸞も一旦間合いの外に下がり、ジャケットを脱ぎ捨てた。ベストに包まれている胴体は、上背があるために余計に細く見える。

 躊躇する間も許さず、鸞は体操選手のようなトンボを2回切ってそのまま孔明の首に足首を巻きつけて引き倒そうとした。だが、むざむざ倒れる孔明ではない。膝の裏に拳を入れて足を解き、そのまま鸞をうつ伏せにして背に跨り、両足を掴んでエビ反りに持ち上げた。

「何のつもりだ、鸞! 」

「あ……いやん、そこダメ」

 鸞が鼻にかかった婀娜声を出すと、条件反射で孔明の足首を掴む手の力が緩んだ。すかさず鸞は孔明の体の下をすり抜け、道場の端に駆け寄り、竹刀を手にした。

 孔明も、悠々と壁際まで歩き、竹刀を取った。

 どちらも正眼に構え、間合いを見極めていた。

「やーっ」

 裂帛の掛け声と共に、鸞が先に仕掛けた。

 体重を限りなく下げたままの摺り足で、下段から逆袈裟に切り上げ、返す刀で真っ向唐竹割りに振り下ろした竹刀を、孔明がガッと受け止めた。そのまま右に流して孔明は鸞の背後に回り込み、向き直った鸞の肩へと突きを見舞うが、見切っていた鸞に叩き落とされた。素手となった孔明に、鸞が上段から大被りで振り下ろしてきたその竹刀を、孔明は発止と両手で受け止めた。そのまま力に逆らわずに自分の左に受け流し、勢い余って踏み込んできてしまった鸞の手首ごと自らの太ももに叩きつけて竹刀を落とし、そのまま鸞の華奢な体を大車輪に投げ飛ばした。

「痛ぁ……」

 容赦無く背中を床に叩きつけられ、鸞が眉を寄せて悩ましい呻き声を上げた。

「す、すまんっ、つい、大丈夫か」

 抱き起こそうと鸞の背中に手を回すべく覆いかぶさった孔明を、待ってましたとばかりに鸞がその逞しい首に両腕を巻きつけるようにして引き寄せ、唇を重ねた。

「んん、おい、ここは神聖な……」

「だから、神聖な儀式」

 逃れようとする孔明のネクタイを掴み、鸞は再度、噛みつくように孔明の唇を奪った。

「わかってるんでしょ、本当は」

 SNSに上げられた画像に写っている鸞の目が、敵の配置を捉えている事に気付いているはずだろう、と言っているのである。

 孔明は鸞の腕を解き、その体の側に胡座をかいた。

「まあ、な……」

「あの目の動きがわからなきゃ、病的な朴念仁でしょ」

「言い過ぎだろ……悪かった。あんなに美しい顔で笑っているのを見たら、こう、イラっと……」

 背中を摩りながら起き上がる鸞の手を引いてやると、そのまま鸞の頭が孔明の肩にちょこんと乗った。

「可愛いんだから。ほんっと、兄上ってさぁ、スペック高い癖に、こっちの方はまるで乙女だよねぇ」

「乙女って、おい……」

「それも、大正か明治の。身を引くのが美徳なんて、母上でも言わないよ」

「まぁ……そうだろうな」

「霧生警視正に、兄上はチヨダかって聞かれた。んな秘密主義な仕事、こんなに顔に出る人が務まるわけないじゃん。でも、兄上の戦闘能力をちゃんと見抜いていたよ、あの人」

「それも仕方ないと思って、あのホテルに乗り込んだのだから」

「外人部隊仕込みの銃撃、見たかったなぁ」

 鸞が、孔明の股の間に手を差し込み、指を駆使して撫で回した。

「ここも、外人部隊仕込み? 」

「おい」

「しよ」

「バカ、ここはおまえ……」

「二丁目に行けば入れるところいっぱいあるよ」

「仕事中だろ」

「だから、休憩するの」

 休憩違いだろ、と抗議しようとしても、鸞の切ない目を見たらそんな気も失せてしまった。

 不安にさせてしまったのだ。腹も立てたであろうが、それ以上に、自分の短絡的な悋気が、ここまで鸞を揺さぶってしまったのだ。あれ程、鸞を失ったら生きていけないと狼狽えたというのに。

「慎みなさい。全てを失うぞ」

 それでも理性が勝ち、やっとの思いで鸞の手を押しやり、孔明は背中を向けた。

「……僕だけなの? 兄上を欲しがるのは僕だけ? 兄上は、僕が欲しくないの? 」

 鸞が正面に回り込むようにして、答えに窮する孔明を見据えた。

「テーブルに一つだけリンゴがあるとするでしょ、僕と亮子は父上にこう聞くんだ、「食べてもいい? 」って。でも兄上はこう言うんだよね、「食べていいよ」って僕らに」

「何の話だ」

「兄上は、いつでも人に譲って一歩引いてしまう。やってみてわかるけど、そんな奴、警官になったら三日で死ぬよ、いくら戦闘能力高くたって」

 もういい、と鸞は立ち上がり、壁際に放り投げてあったジャケットを拾って羽織った。つい先程までの甘えるような色香は消え失せ、仕事に取り掛かる前の警官そのものの硬い表情をしている。

「据え膳も食べてくれない。だったら、食べてくれる人のところに行っちゃうから」

「おまえ……いい加減にしろよ、人の気も知らないで。いつからそんなに……」

 次の言葉を孔明が飲み込むと、鸞がそれを受け取るように続けた。

「インラン? 」

「だ、誰もそこまでは」

「結構だね。僕は欲しいものは欲しいって言う。いや、言うことにする。だって、いつ死んじゃうか分かんないもん。いつ誰に奪われちゃうか分かんないもん……繋がっていないと、不安だもん」

 叫ぶようにそう言葉を投げつけて、鸞は道場から出て行ってしまった。

 一人残されてしまい、孔明は両手で顔を覆った。

「無茶言うなよ……」

 こんなところで抱けるほど、孔明は無鉄砲でも非常識でもない。鸞だって解っている筈だ。鸞が愛しいから、可愛いから、全てを優先してやりたい、自分など後回しで良いと思うことが、何故いけないのだ。

 下らぬ嫉妬など、上手に隠せばよかったのだ。ここのところの鸞との関わりで、どこか感情に素直になりすぎている自分がいる。もっと、もっとコントロールできていた筈なのに……。


小悪魔鸞ちゃん、ちょっとおイタが過ぎます

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