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15-2 そして日常2

取り戻した家族の時間。しかしそれは、新たな諍いの元になり…


 ホラー映画もかくやとばかりの鸞の悲鳴に、桔梗原家の屋敷が一遍に覚醒した。

 孔明はベッドから転げ落ちるようにして起き上がり、ガウンを羽織りながら部屋から飛び出した。

「どうした、鸞! 」

 発狂しているかのような咆哮が、キッチンから聞こえてきた。慌てて駆けつけると、寝間着姿の亮子と玄徳が既に正座をして項垂れていた。

「何を……あ」

 そのキッチンの有様を見て、孔明は言葉を飲み込んだ。

 鬱蒼と洗い場に積み上がる皿、そして皿……テーブルの上はカップ麺やらデリバリーフードやらの空き容器が所狭しと転がったままで、中の汁が溢れて見事な乾燥ぶりを見せている。そう言えばと脱衣所へ行けば、そこはバーゲン会場かと思うほどに使用済みの衣服が山となっていた。

「たった5日、たった5日留守しただけで、何なの、この体たらくは!! どうせ僕が片付けるとでも思ったんだよね。家政婦がやればいいと思ったんだよね! 」

「いや、鸞、これにはそのぅ」

「父上! 父上に片付けなんて恐れ多くてさせられませんけど、でもゴミを分別するくらいは、隣の美代ちゃんにもできるんですよ。美代ちゃんは5歳ですよ、父上は55歳でしょーがっ!! 」

 ひいいいっとばかりに許しを乞う父の横では、亮子が不貞腐れて顔を背けていた。

「亮子! あんたねぇ、僕がどれだけ栄養に気をつけて毎日食事を作っていたか分かってんの? 何なの、カップ麺ばっかり!! しかもあんた、皿くらい洗いなさいよっっ!! 」

「あーうるせー」

 ですよね、と孔明は思わず吹き出してしまった。

「帰ってくるなりピーピー女みてぇに細けぇ事言ってんじゃねーよ」

「女みたいにって、あんた……」

 鸞の髪が逆立つかのように怒りのオーラが全身から立ち上った。

「生理前か? 」

 言うなぁ……玄徳は泣きそうな顔で亮子を諭そうと横を見るも、娘は喧嘩売る気満々である。

「このクソガキぃぃ!! 」

 鸞がとうとう椅子を持ち上げた。その拍子にタオルが落ちてしまい、全身の痣が変色した痛々しい華奢な裸体が、思春期の女子高生の眼前に晒された。

「バカっ」

 咄嗟に孔明がエプロンを手にして鸞の裸体を包んだが、亮子は冷え冷えとした顔をしてフンと鼻を鳴らした。

「ちったぁ見直してやるかと思ったけど、ダメだな。そんな貧相な体、男に抱かれるしか能が無ぇわ」

 え、と孔明と鸞が同時に固まった。

 固まる兄2人に、亮子がスマホの画面を弄ってある記事の写真を突きつけた。

『広東の荒鷲を虜にする美女は、お忍びの映画女優か? 』

『南昌に舞い降りた美男美女』

 あのカンテックホテルで、レイモンドにエスコートされてロビーを歩く2人の写真がSNSに上がっていたのである。観光客の投稿なのか、レイモンドの顔は絶妙に他所を向いており、鸞の顔だけがはっきりと映っていた。

 とはいえ、ロングヘアの鬘でフェイスラインは隠れ、目元は化粧で印象が変わっている。家族でもなければ鸞とは気付くまい。

「おまえ、中国で何遊んでいやがったんだよ。さんざん人に心配させて、やってること、これか! 」

「亮ちゃん……心配、してくれたんだ」

「え、そこ? 」

 と亮子が狼狽える。だが、鸞の両目からはもう、涙が溢れていた。

「ごめんね、心配かけて。その写真にはちょっと事情があるんだけど……でも、亮ちゃんの気持ち、嬉しい」

 ぐすぐすと嬉し泣きをする鸞を抱き寄せ、肩を貸す孔明だったが、すぐに鸞はその肩を突き放した。

「それとこれとは別だから。学校に行く前に全部、片付けて」

「はあ? 」

「父上も亮ちゃんも、ちゃんと片付けなかったら、僕、二度と食事作らないからね」

「ええ、何だよそれぇ」

「鸞、それは許してくれ、後生だ」

 貫一お宮の如く足元に縋る父と妹を振りほどき、鸞は孔明の手を引いてキッチンから出て行ってしまった。


 結局、遅刻をさせるわけにもいかず、着替えた鸞が後を請け負い、亮子と玄徳を送り出した。

「兄上、行ってらっしゃい」

「うむ」

 2人だけになった時は、こんな朝の出がけにもキスを交わすのだが、孔明は挨拶もそこそこに出て行ってしまった。

「何あれ」

 亮子が見せたSNSの写真に反応したのは間違いない。しかし、あの写真を見て、楽しそうな顔をしているだなんて思うのであれば、孔明は救いようのない唐変木の朴念仁である。

 悲しい気持ち……というより、腹立ちが勝る。昨日はあんなに情熱的に抱いてくれた癖に、と。

 自分の小さな腰を撫でると、あの孔明を体の中で受け止めた感触が蘇り、陶然となる。あんなに何度も何度も愛してくれた癖に……鸞はその場にへたり込んでしまった。やはり、悲しい気持ち、であった。

次回、孔明の過去、桔梗原家の秘密が明らかに

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