12.白亜の宮殿・2
孔明兄ちゃん、助けて!
孔明は、女に手が届くところまで近寄り、顔を覆っている長い髪を掻き分けて、頤を掴んで顔を上向けた。
「ああ……!! 」
銃をホルターに戻し、孔明はその女の顔を恐る恐る両手で包んだ。
「鸞、鸞!! 」
ぐったりと意識を失っている鸞を、孔明は搔き抱いた。
「鸞、私だ、私だ! 頼む、目を覚ましてくれ、目を、目を開けてくれ!! 」
「コウ、鸞に間違いないのか……」
鸞を抱いて絶叫する孔明の背中を見ながら、久紀はそれでも周囲に気を配り、銃口を下げぬまま、孔明が抱きしめている人物が何某かの反応を示す瞬間を待った。
「鸞、起きろ、鸞……」
孔明は鸞の頰を叩いた。胸元に耳を当てると、しっかりと命を刻む鼓動が聞こえた。
「先輩、無事です、鸞は生きています」
「行けるか」
「抱いて走ります」
銃を再び構えた久紀が、2人を庇うように立ちはだかった。
「行くぞ!」
横抱きに鸞を抱き上げた孔明が、久紀を盾にしながらロビーを走り抜けた。
車寄せに停めたままの車の後部席に、孔明が滑り込み、久紀が運転席に飛び込むなりドアを閉めながらアクセルを踏んだ。
「……んん……」
揺れる車の中、孔明の膝の上で鸞が苦しそうに愁眉を寄せた。艶めく唇が微かに動く。孔明は既に掛ける言葉も失い、情けないほどに嗚咽を漏らしながら、弟の声を待った。
「あに……うえ」
ああ、と、孔明は鸞を抱きしめた。
「兄上……兄上っ」
喘ぐように何度も孔明を呼びながら、鸞は左手を伸ばして孔明の肩に指を食い込ませた。
言葉を失ってしまったかのように、2人はただ互いの感触を確かめるために唇を求め合った。しがみつくよう唇を重ねながら、2人は漸く互いの実体を確かめたのであった……。
警視庁の副総監室に控えていた玄徳と亮子、そして霧生夏輝警視正の元に、全員の安否が知らされたのは、夜の9時を過ぎた頃合いであった。
部屋の電話を握りしめたまま、玄徳は大きく息を吐き、ドカリとソファに体を沈めた。
「親父? 」
「亮子、鸞は無事だ。霧生くん、警護課の皆も、竹内くんも、負傷はしているが、既に治療を受けており全員命に別状はない」
夏輝も折良く掛かってきた弟からの電話に、安堵の笑顔を見せ、頷いていた。通話を切ってからの表情は、本来の彼らしい穏やかさに戻っていた。
「ではこれで失礼致します。部下達の家族に知らせますので」
「霧生くん」
身を翻した夏輝を呼び止め、玄徳は立ち上がって深く頭を下げた。
「ありがとう」
「どうぞ、お手をお上げ下さい……弟から、御子息が身を呈して部下の命を救ったと聞き及んでおります。こちらこそ、礼を申し上げなくてはなりません」
夏輝も深く頭を下げた。
「中国当局との後始末は、私に任せてもらおう。せめてそれくらいはさせてくれ」
「承知いたしました」
再び一礼し、夏輝は悠々と部屋から出て行った。
「親父」
亮子は父の名を呼んだだけで、もう言葉にならなかった。玄徳の胸に飛び込み、声を上げて泣いた。
「おまえにも心配をさせた。だがな、鸞はこの通り、誇らしいおまえの兄だ。今後は二度と、侮ってはならんぞ、良いな。家の事も、ちゃんと教わって、兄を助けよ」
「うん……」
「よしよし、良い子じゃ、良い子じゃ」
頷いて泣きじゃくる娘の髪を、玄徳は優しく撫で続けた。
兄ちゃんの葛藤、弟の想い……




