10.激突!
拳と拳をぶつけ合う戦い、果たして勝者は⁉︎
南昌市の中心地、贛江沿いにある白亜の宮殿を思わせるホテルの車寄せに、リムジンが滑るように到着した。
運転手が後部席のドアを恭しく開ける。まずはレイモンドがタキシード姿で降り立ち、次なる人物へと手を差し出した。その手に軽く手を乗せるようにして、ターコイズブルーのロングドレスに身を包んだ背の高い美女が降り立った。
刺繍のないシンプルなチャイナ風ドレスは、美女の体の曲線が強調されている。長い巻き髪を右肩に集めて束ね、控えめな膨らみの胸元で揺らしながら、美女はレイモンドの肘に手を添え、モデルのような堂々たる身のこなしでホテルの正面扉を潜った。
上流階級を思わせる美男美女のカップルの登場に、周囲にいた者達が固唾を吞む。モーゼの十戒の如く、人混みが割れて2人の行く手が拓かれて行った。鸞が艶気を振りまきながらホテルの従業員の配置に目を配っていくと、視線が絡んだ順に男性スタッフ達が鼻頭を押さえて悶絶していった。
ホテルのボーイがエレベーターの扉を開け、2人を誘った。ありがとう、という意を込めて鸞が微笑むと、ボーイは顔を真っ赤にして泣きそうな顔で股間を押さえた。
「ごご、ご、ごゆっくりと」
どうせこのホテルもレイモンドの傘下だろうに、と鼻白むのもそこそこに、鸞はエレベーターの壁面に貼り付けてあるホテル全体の建物の構造を頭に入れていた。
「君は確か、桔梗原という名家の生まれだったな。身のこなしにも品がある」
「流石に調べたんだね」
「ドレスも着慣れているのだな。ピアノでもやっていた? バレエや武術も相当会得しているようだが」
「ウチは元々、京都御所の内裏を守る家柄だったんだ。玉体つまり天子様そのものをね。北面の武士とは違い、天子様と直接話ができるだけの公家としての身分もあったらしい。だから、ウチの男共は代々、幼い頃からあらゆる武術を身につけ、習得している。僕も例外ではないよ。あ、ドレスは着慣れていないからね」
「どうだか。君の気品と美しさに、ロビーにいた人間が皆、心を奪われていたようだぞ」
エレベーターは既に屋上を目指している。途中の階のボタンは押されていない。星空庭園と書かれてあるが、おそらくそこにはヘリポートがある筈だ。
「お別れだ、レディ」
チン、という音の後に、エレベーターが止まり、ドアが開いた。そこには銃口をこちらに向けた男達が待っていた。レイモンドは悠々とその男達の合間を抜けようとするが、鸞がその襟首を掴むなりエレベーターの中へと引き込んで、脚を真っ直ぐに振り上げ、閉ボタンをヒールの爪先で押した。閉じかけた時に、レイモンドが背を向けたまま肘を鸞の胸元に叩き付けようとし、鸞がそれを躱す間に『開』ボタンを押した。
再び開いたエレベーターの外に、レイモンドと彼に掴みかかった鸞とがもつれ合いながら飛び出した。レイモンドの配下達は標的が定まらず、引き金を引けずに狼狽ながら2人を囲んでいる。
レイモンドと鸞の激しい拳の応酬が続く。スピードは互角だが、体格差による拳の重量が違う。徐々に押され気味になっていく鸞の顔を、レイモンドの蹴りが掠め、思わずレイモンドがその切っ先を鈍らせた。咄嗟に鸞がヒールを脱ぎ、レイモンドの背後に回り込み、鋭利に尖っている踵をその逞しい首筋に押し付けた。
「下がって、デートの途中なの」
レイモンドを盾に、鸞が再びエレベーターへとにじり下がろうとするが、レイモンドが頑として動こうとしない。鸞は白い太ももが露わになるのも構わずに、右足をレイモンドの下半身に巻きつけ、足を引かせた。
レイモンドがそのつるりとした太腿を優しく愛撫すると、意表を突かれた鸞が思わず艶かしい溜息を吐いた。
それだけで、囲んでいる男達が惚けたように銃口を下げてしまった。あの品川埠頭で感じた、鸞の全身から立ち昇る逃れようのない色香だ。ドレス姿のせいか、より強力に、見る者を懊悩させていく。
「痺れるね、レディ……これこそが君の真価だ」
「よく言うよ、この嘘つき。ディナーって、鉛玉の事だったんだね」
「君のあにうえが、間も無くここに来る。どんな間抜け面か拝んでやっても良かったが、会えばうっかり殺してしまいそうだ」
「その前に、僕があんたを殺す」
「君らしいな。いいかい、私は生きて必ず君を抱く……また会おう、私の美しいレディ」
レイモンドが体を縮めるようにして腕を胸で交差させ、一気に開いた。片足で立っていた鸞は踏ん張りがきかず、後方へよろけた。その胸元めがけ、レイモンドが容赦なく後方蹴りを繰り出し、鸞をエレベーターの中の壁にまで吹き飛ばした。
「ぐわはっ……」
呻き声を上げて壁に沿ってずり落ちる鸞を隠すように、エレベーターの扉が閉まったのだった。
孔明兄ちゃん、急いで!




