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9.ターコイズブルー

鸞とレイモンドの間に生まれた奇妙な感情とは…⁉︎


 南昌市は、ヨーロッパの街並みを模したような美しい都市で、華中地域では三番目に大きいと言う。まるでプラハを思わせるような石造りの橋を、今、黒塗りのリムジンが滑るように走り抜けていく。

 その後部席で、ターコイズブルーのロングドレスに身を包んだ鸞が、レイモンドに腕を巻きつけられるようにして抱えられたまま、スマホの音声に身を傾けていた。

「竹内さん、皆の怪我の具合はいかがですか」

「応急処置のおかげで、重篤にはなっていないわ。警護課の由利君の足の傷が少し心配だけど、適切に治療してもらっているので大丈夫」

「良かった、皆、ちゃんと治療を受けているんですね」

「大丈夫よ……それより桔梗原くん、あなたは。レイモンドとは、その……」

「僕は大丈夫です。約束通り、これからディナーを一緒にするところ。逃げられていませんよ、しっかりしがみ付いています」

 ちらりとレイモンドを見ると、わざとらしくレイモンドが鸞の腕にしがみついた。スピーカーで話しているので、竹内の言葉は全てレイモンドに聞こえている。

「あの……聞きにくいけど……あの男とはその……」

「まぁ、トムとジェリーみたいのものです、きっと……本庁とは連絡取れていますか」

「流石にそれは。携帯を取り上げられているし、今話しているのもレイモンドの部下の携帯電話なの。病院スタッフも皆息がかかっているので、目を盗んでコンタクトを取るのは難しいわ」

「でしょうね……でも、必ず手を打ってくれている筈です。諦めないでくださいね」

「あなたこそ……自暴自棄にはならないで」

 ああ、無理強いされてあんなことやそんなことされて、穢されて死ぬつもりか何かだとでも思っているのだろう……確かに、目覚めた時は、そう思っていたのだ。他の男に穢されて、おめおめと生きてはいられない、と。

 レイモンドが通話を切った。

「死の香りを纏うのはやめろ。おまえは生きてあにうえの元に帰るのだろう」

「そうだったね。その為に……皆の命を助けてくれたから、約束通りディナーを過ごすことにしたんだもの。でも……何でドレスなの! タキシードでいいじゃない」

 ターコイズブルーのシンプルなチャイナ風ロングドレスは、高級ブティックが立ち並ぶ南昌市の中心地のショーウインドーに飾られていた。目を引く鮮やかな色に、思わず車窓に噛り付いたのを、レイモンドが見逃さなかったのである。

「君が見惚れたんじゃないか」

「色が綺麗ってだけで、着たいだなんて言ってない」

 少し頬を膨らませて鸞が足を組んだ。タイトなデザインだが、両脇の太ももから深くスリットが入っている。艶かしく白い素肌が晒され、レイモンドの鼻腔を刺激する甘やかな芳香が漂った。

「とてもよく似合う。この色は並の美女では着こなせない。タキシードなんかより、そそるね」

 その引き締まった太ももに、レイモンドは体を折り曲げるようにしてキスを捧げた。

「レイは、男に女装させるのが趣味? 」

 このあたりの高級ブティックも、全てレイモンドの傘下である。手を一つ叩いただけで、鸞は美容部員に拉致され、ロングの巻き髪の鬘に化粧にアクセサリーにと、完璧な美女への変身を遂げたのであった。

「女装? 君はそんな狭義な枠に収まる存在ではない。超越しているんだよ、男女を。時には仕立ての良いスーツを、時には目の覚めるような色合いのドレスを。その時その時の君を最も輝かせるものを着せたい、男なら誰でもそう思うものだろう」

 ふうん、と鼻を鳴らし、鸞が目の端に色を湛えて悪戯気な笑みを向けた。

「男が服を贈るのって……」

「脱がせる楽しみがあるからさ」

 太腿に這う手が奥へと滑り込んでくる。その手を掴んだ鸞は、きゅっとその甲をつねった。レイモンドが降参とばかりに手を上げて笑う。死線の上にある会話とは思えぬ程に、2人は笑顔を交わしていた。

「美しいよ、鸞。世界で一番、いい女だ」

 鸞の耳元でそう囁き、レイモンドが耳朶を甘噛みすると、鸞が切なげに息を吐いた。それこそ、レイモンドが紳士的な態度を保っているのが苦しくなるほどに甘い吐息を、だ。

「殆ど化粧が必要なかったと、一流メイクアップアーティストが言っていたぞ……麗しい、実に」

「ウソ、ピューラー痛いし、マスカラ重いし、グロスもこってこてで唇が重い。女って大変、こりごりだよ」

 ならばと、レイモンドが鸞の頤を指で摘んで自分の方を向かせ、丹念にキスをした。これもまずいなぁと思いながらも、何度か重ねていくうちに、外国人の挨拶程度に拒否感が薄くなっていく気がしていた。

「少しもらった」

「ほんとだ、唇光ってるけど」

 何故か、こんな距離で並んでいるのに、恐怖感はない。レイモンドとてそれは同じで、いつ牙をむいて逆らい、捕えようとするかわからないだけのスペックを持ちながら、こんな風に美粧をして横で笑ってくれている鸞に気を許してしまっている自分がいる。こんなに気を楽に過ごすのは、いつ以来だったか、思い出せぬ程に。

「帰したくない」

 つい口走ってしまったレイモンドの本音に、鸞は聞こえなかったとばかりに車窓の外へと顔を背けた。

 2人共、本当は命のやり取りをする瞬間がすぐそこまで迫っている事を、知っている。


孔明兄ちゃん、狂う⁉︎

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