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婚約破棄したければどうぞご勝手に。~お返しにあなたの罪を全て暴いておきました。私は優しい第二王子と幸せになりますので~

作者: 抑止旗ベル


 

 クロニック王国の王宮では、恒例の夜会が行われていた。


 王国の第一王子であるアッシュ・クロニックの婚約者、ルース・カルティエもまた、そのパーティに出席していた。


 そして―――事件は起こった。


「ルース・カルティエ! お前との婚約は破棄だ!」


 アッシュ第一王子は、高らかにそう宣言した。


 その傍らにはピンク色の髪を流行りのスタイルに結った少女がいた。


 突然のことに驚きながら、ルースは答える。


「婚約を……破棄ですか?」

「その通りだ! お前のように無能な女は余の婚約者にふさわしくない!」


 王子は灰色の瞳でルースを見下ろす。


 談笑していた周囲の人々が、ルースたちに視線を向けざわつき始めた。


「いったいなぜです。私はこれまでアッシュ様に誠心誠意尽くしてきたつもりでございます」


 ルースは王子の婚約者として与えられた執務だけではなく、面倒くさがりのアッシュが放置していた様々な仕事もこなしていたのだった。


 アッシュが熱心なのは毎晩のパーティだけで、他の業務にはほとんど手を付けず、第二王子をはじめとする他の役人に任せきりだったのだ。


 無能といわれる覚えはなかった。


「何を言う! お前の口の軽さには辟易しているぞ。余は精一杯執務をこなしているというのに、お前は役人たちに余の仕事が遅いと言いふらしているではないか。そのせいで余が何度、役人たちに注意を受けたことか」

「それは……」


 明らかに違う。


 ルースはアッシュが放置していた、期限に間に合わなくなっている仕事の数々を終わらせる傍ら、その期限を延ばしてもらえるよう役人たちにお願いして回っていたのだ。


 役人たちはルースに同情的で、そのうちの何人かは、恐れ多くも王子に意見さえしてくれた。


「まったく、身をわきまえぬ役人どももいたものだ。そやつらは一人残らずクビにしてやったがな。……ルース、余がお前に辟易しているのはそれだけではないぞ。お前はことあるごとに余の粗探しをしているではないか。大したことのない間違いでも、それがまるで大犯罪のように言う。立場をわきまえるがよい!」


 それも違う。


 アッシュ王子は数字に弱く、ひどいときは桁を一つ間違えていることもある。


 王子の執務の一つとして国家予算の最終的な確認があるが、何をどう間違えたのか、王子は役人たちが正しく計上していた数字をわざわざ一桁増やした数字に修正していたのだ。


 それでは税の収支が合わず、下級役人たちや国民が大変な目に――――まあ、この辺りは想像にお任せする。


 とにかくルースはその事件以来、特に数字関係については注意してアッシュの仕事を補佐していた。


「アッシュ様……」

「挙句の果てに、お前は別の男にも色目を使っているそうではないか」

「色目?」

「その通りだ。余というものがありながら、なんという不埒な女だ。どこぞの男と駆け落ちの相談でもしていたのだろ?」


 一瞬、ルースは動揺した。


 額に汗が浮かぶのを感じた。


 が、深く息を吸って心を落ち着けた。


「それは違います。私はただ、アッシュ様のために」


 その一言がアッシュ王子の逆鱗に触れた。


「ふざけるな! 余のためと口にしてはいるが、余にはお前の行動が余を貶めるためのものにしか見えぬ! 余は知っておるぞ。お前は上級の役人から下級の役人、そして大臣たちとさえもやけに親密ではないか。この淫乱な女狐め。いったいどんな手口を使っておるのだ? 申せるものなら申してみよ!」


 ヒステリックに喚き散らすアッシュ。


 彼にはこのように、機嫌が悪くなると突然怒鳴り始めるという癖があった。


 そのために、王宮内での彼の支持率は大変低いものだった。


 だからこそルースは、王子の行動を取り繕いトラブルを未然に防ぐため、王宮内の役人たちへ事前に根回しをしておく必要があったのだ。


 息を荒くしながら、アッシュは言葉を続ける。


「やはりお前のような悪女には婚約破棄では物足りぬ。ルース・カルティエ。アッシュ・クロニック第一王子の名においてお前に国外追放を言い渡す。二度とわが王国に足を踏み入れるな!」

「……………」

「まったく、先日の第二王子の一件といい、なぜ余の周囲には無能しか集まってこないのだ。余は王国のため必死で動いておるというのに」

「あんな人のことはもうお忘れください、アッシュ様」


 ピンク髪の少女があざとい笑みを浮かべ、アッシュに抱き着く。


 アッシュはまんざらでもない顔で答える。


「おお、そなたの言う通りだとも、ヴィーナよ。国民の血と汗と涙の結晶である税を不正に使用する者など、記憶する価値もない。まったく、わが弟ながら愚かなことをしたものだ」


 わざとらしく両手で顔を覆い、失望したような演技をするアッシュ。


 一方、ルースはヴィーナという名前を聞いて、ピンク色の髪の少女が何者なのかを思い出した。


 彼女の名はヴィーナ・エッセンシャフト。名家であるエッセンシャフト家の令嬢にして―――第二王子、ツヴァイク・クロニックの婚約者でもあった。


 第二王子のツヴァイクは第一王子と正反対に庶務的な執務に才能を発揮していた。


 しかし先日、国家予算を私的に流用し膨大な金額を私財として貯めこんでいたとして、身分および財産の剥奪、そして国家追放の罰を受けていたのだ。


 ツヴァイクが権力を失ったとみるや、ヴィーナは彼を捨て、アッシュに乗り換えたのだ。


 その変わり身の早さに、ルースは呆れよりもむしろ尊敬の念さえ覚えた。


 しかし、ルースは知っていた。


 第二王子に着せられた罪が冤罪であると。


 そして、国家予算を私的に使い込み、さらに膨大な資金を裏金として蓄えていた真の犯人は―――。


 ルースはもう一度深く息を吐いた。


「アッシュ様の隣におられるのは、ツヴァイク第二王子の婚約者、ヴィーナ様とお見受けしますが」

「その通りだ。ヴィーナはお前と違って良い娘だ。いつも余を気遣ってくれる。ツヴァイクのような間抜けにはもったいない。余の新たな婚約者として迎え入れるつもりだ。……そうだろう、ヴィーナよ」


 アッシュの言葉に、ヴィーナは満面の笑みを浮かべる。


「ええ、二人で幸せになりましょうね、アッシュ様! あんな女のことなんか、私がすぐに忘れさせてあげますから」


 そういいながら、ヴィーナは勝ち誇ったような表情をルースに向けた。


 それに気づかず、アッシュは上機嫌に言う。


「おお、なんと可愛らしい娘だ。……ルースよ、ヴィーナから聞いたぞ。お前はヴィーナにいつも冷たく当たっていたらしいな。気遣いもできなければ心も狭いのか、お前は。もう顔を見るのも不愉快だ。一刻も早くここから立ち去るがよい」


 ルースはもはやアッシュに対する愛想が尽きていた。


 彼女はアッシュを見捨てる決意をした。


「……わかりました。アッシュ様、私は失礼させていただくとします」

「ふん。元婚約者としての情けで命までは奪わないでおいてやる。そのことに感謝するのだな」

「最後に一言だけ、よろしいですか」


 やれやれとでも言いたげに、アッシュは肩をすくめる。


「よかろう。申してみよ」

「私は今までアッシュ様のために尽くしてきたつもりです。その気持ちは今も変わりません。ですから、最後の忠告です。……財産の管理を他人に任せきりにはなさいませんよう」

「この期に及んで何を言うか。わけのわからんことを申すな」

「では、王子の寝室奥にある隠し部屋ですが、早急にお確かめになることをお勧めします」


 その瞬間、アッシュの顔色が変わった。


 目を見開き、蒼白な表情を浮かべるアッシュを尻目に、ルースは言う。


「ごきげんよう、アッシュ王子。さようなら」

「ま―――待て! なぜおまえが余の隠し財産のことを知っている!?」


 ルースは堂々とした立ち振る舞いで、パーティ会場を後にした。


 代わりに会場へ入ってきたのは、数十名の衛兵たちだった。


 会場のあちこちからどよめきの声が上がった。


「無礼者ども! 誰の許可を得てこの会場に入ってきたのだ!?」


 王子が怒鳴り、両手を振り回して抗議の意を示す。


 そんな彼に対し、衛兵の一人が落ち着いた口調で答えた。


「国家予算の不正流用、脱税、王子という立場を利用し不正に蓄えた巨額の貯蓄―――その他数多くの罪のため、我々にご同行願います」

「な、なにを言うか! それらはすべて第二王子であるツヴァイクの仕業であろうが!」

「しかし、ツヴァイク様にそれを命じたのは第一王子であるあなたであるという疑いがあります。詳しい話は後程お伺いいたしますので、今はご同行を」

「ふ、ふざけるな! 濡れ衣だ! そんな証拠があるものか! 余は王子なのだぞ!」


 暴れるアッシュは衛兵たちに取り押さえられ、そしてパーティ会場の外へと連行されていった。




◇◆◇◆◇◆




 旅衣装に着替えたルースは、わずかな荷物を片手に王宮から外へ出た。


 あたりはもう暗く、夜の空気が冷たかった。


 路地のほうへ顔を向けると、街灯の下に一台の馬車が停まっているのが見えた。


 ルースが馬車へ歩み寄ると、その傍らに立っていた銀髪の男性が彼女に向って会釈した。


「待っていたよ、ルース」

「……思ったより時間がかかってしまったわね」

「目的は果たせただろう? 本当の悪を白日の下に晒すことができた。そして、やってはいけないとわかっていながらそれに加担した僕らも姿を消す。それですべてに決着がつく」

「そうね、ツヴァイク(・・・・・)


 名前を呼ばれた瞬間、男性は声を漏らすように笑った。


「ふふ。その呼び名はやめてくれ。それはもういなくなった男の名前だよ。僕のことはアンディと呼んでくれ」

「ああ、ごめんなさい、アンディ」


 ――――すべての真相は、こうだ。


 アッシュは外交や内政のためという言い訳で連日豪華なパーティを開き、割り当てられていた予算を早々に使い果たしてしまった。


 その穴埋めとして、庶務を統括していた第二王子のツヴァイクに資金を回すよう命じたのだ。


 アッシュの要求は徐々にエスカレートし、いつしかアッシュは流用された資金を私財として使い込むようになっていった。


 そんなアッシュに資金の不正利用をやめるよう進言したツヴァイクは、アッシュによってすべての罪を被せられ、国外追放されたのだった。


 しかしツヴァイクは次善の策として、ルースにすべてを託していた。


 彼はルースの優秀さを見抜いていたのだ。


 ツヴァイクから真相を知らされたルースは、それでもアッシュを救う方法を探した。


 ―――が、日々酷くなっていくアッシュの横暴な態度に加え、婚約破棄と国外追放を言い渡されたことで、アッシュに見切りをつけたのだった。


「さて、これで君も国外追放されたことだし、さっそくどこか遠くに向かうことにしようか」

「どこへ向かうの?」

「南方の国なんてどう? 観光地も多くて料理も美味しいと聞いているよ。それとも北のほうがいいかい? せっかくだから君の行きたいところに行こうじゃないか。お金の心配はしなくていいから」


 ツヴァイク改めアンディはルースの手を取り、馬車に乗せた。


「……あなた、財産を没収されたんじゃなかったの?」


 ルースが訊くと、アンディはますます口角を上げた。


「国内に留保していた分はね。僕の財産の大半は国外の金融機関に分散し管理してある。君ひとりを幸せにするくらいの蓄えは十分にあるというわけさ」


 アンディがルースの隣の座席に乗り込むと、御者が馬を走らせ始めた。


「ほんと、悪い人」


 ルースは窓の外に浮かぶ月を見上げながらつぶやいた。


「お互いに今まで真面目にやってきたじゃないか。余暇を自由に過ごしても、神様は許してくれるさ」


 そういってアンディは胸元のポケットからパイプを取り出すと煙草の葉を詰め、火をつけて吸ったかと思えばゲホゲホと激しくむせた。


 ルースはそれを見て呆れたようにため息をつく。


「……パイプなんて吸ったことないくせに」

「初めての味だが、あまり美味ではないようだね。ま、とにかくこの国とはおさらばして新天地へ向かおうじゃないか。ルース、君の幸せは僕が保証する。一緒に幸せになろう」


 無邪気に言うアンディの隣で、ルースは頬が赤くなるのを感じながら答えた。


「……もう、仕方ないわね」


 そして、遥か地平線に向けて、二人の乗る馬車は走り続けるのだった。


 ルースとツヴァイクがいなくなったクロニック王国が落ちぶれ、破綻したというニュースを二人が耳にするのは、もうしばらく後の話である。



読んでいただきありがとうございます!


「面白い!」「二人ともお幸せに!」と思われた方は、後書き下部の評価欄から⭐︎評価、ブックマークして応援いただけると励みになります!!!!


異世界恋愛系の短編も3作目になりました……。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 元凶がヴィーナだと知っていたのに放置して状況悪化させた理由は?この展開だと第二王子は復権するのに二人とも義務を放棄して出奔するの?とか色々気になりました。
[気になる点] いや国王と王妃が空気……(・_・; なんで第一王子「ごとき」が全権握ってるみたいに振る舞ってるの?王太子の肩書がないってことは次期国王確定ってわけでもないんでしょうし、そこまで権限…
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