4
*
十年経ち──。
*
また、十年経ち──。
*
そして、また、十年経った──。
時が経つのは早いものだ。
美しく成長したフィアとアリアは、今では私達と離れて王都で暮らしている。
私の容姿はクリスと出会った頃とあまり変わらないけれど、クリスには老いが訪れていた。
クリスは病に冒されていた。
「……ルィン、話があるんだ」
「どうしたの? 改まって」
「オレが死んだら、オレのことは忘れて、新しい出会いを見つけて欲しい」
私はちょっとムッとした。
「なぜそんなこと言うの? 私は今でもあなたのことが好きなのに」
「エルフの君の人生はまだまだ続く。オレは君の人生の邪魔になりたくないんだ」
クリスは悲しげに微笑んだ。
「確かに、先のことは分からないわ。でも、だからといって、あなたを忘れる理由なんてない。
知ってる? あなたと過ごした時間は、あなたと出会う前の二百年間よりもずっと幸せだったのよ」
「ふ。嬉しいな。でもオレは、君が心配だ。だって、オレはもうすぐ旅立つ。
そしていずれはフィアとアリアも君より早く旅立つ。
その時の君の気持ちを考えると胸が締め付けられるよ……」
「……そうね。その時、私がどうなるかは分からない。でも私達に出来ることは毎日を大切に過ごすことだわ。
だからもう、"オレのことは忘れて"なんて言わないで」
「ああ、分かった」
「約束する?」
「ああ、約束する。オレは約束は守る」
*
「──神よ。この者の魂を天の住処へお導き下さい。そして、願わくば安らぎをお与え下さい──」
神父さまが、祈りを捧げる。
「お父さん……おやすみな……さい」
「お父さん……今までありが……とう」
フィアとアリアは棺に入れられたクリスに別れの言葉をかけた。
私も彼に話しかける。
「クリス。あなたの心配した通り、私、今、すごくつらいの……」
私の頬を、涙が伝う。
「でもね。このつらさはあなたと出会えた結果だから受け入れる。
いえ、今は無理だけど、受け入れられるようになりたい……。
今までありがとう。愛しているわ」
*
二十年経ち──。
*
「──クリス。聞いて欲しいことがあってまた来たわ」
私はお墓に話しかける。
「……ついに、フィアとアリアもそちらに行ってしまったの……。
まさか死ぬ時も一緒だなんて、双子って不思議よね。
二人ともおばあちゃんになったって嘆いていたけれど、私から見れば可愛い子どもだったわ……」
私は、涙が溢れて。
「つらくてつらくて仕方ないの。自分がエルフであることを呪いたくなる。
……それでも、私は生きていく。
どうかフィアとアリアと一緒に私を見守っていて」
*
*
*
百年後──。
私は、とあるバーのカウンターにいた。
「ルィンヘル。返事は考えてくれた?」
「ええ、ブランドン。あなたの好意は嬉しいけれど、求婚には応えられないわ」
「なぜだ。オレ達は共に戦場を駆けた仲じゃないか。オレ達はお互いに信頼できていただろう?」
「そうね。いい同僚だったと思ってる。でもあなたを愛することは出来ないの」
「まだ過去に縛られているのか? 家族がいたのはもう百年も前のことなんだろ? 過去に囚われて未来を台無しにする気か?」
「ブランドン……」
「もう十分だろ? オレがお前の家族だったら、新しい相手と一緒になって、お前に幸せになって欲しいと願う。
過去ではなく未来を見て欲しいと願う」
「……」
「オレならお前を、過去の思い出から解放してやれる。未来を見せてやれる。
オレは、お前を幸せにすると約束する」
「約束……?」
「ああ、約束する。オレは約束は守る」
その言葉は、私に深く刺さった。
「──ない」
「え?」
「あなたからその言葉は、聞きたくない」
「どうしたんだ、急に」
「あなたは何も分かっていない。
あなたとは価値観が合わないから、私はあなたを好きになれないの。
過去に囚われて未来を台無しにする?
私が過去の思い出を大切にして何が悪いの?」
「だから、それは──」
「あなたは自分の価値観を私に押し付けようとする。
あなたの言うことは正論なのかもしれない。
けれど、あなたの正論は私にとっては正しくないの」
「ルィンヘル……」
「はっきり言って、あなたは煩わしい。戦場では一緒にいたけれど、もうあなたと会うことはない」
「ま、待ってくれ。オレが悪かった。お前の価値観を理解するように努力するから──」
私は立ち上がってブランドンを見下ろす。
「もう同僚じゃない。だから、お前って呼ばないで。不快だから」
「待ってくれ! 頼む! 好きなんだ!」
「さよなら」
私は振り返らずにバーを後にした。
*
──桜が綺麗に咲いている。
「──クリス。久しぶり」
私はお墓に話しかける。
「この百年で、社会はずいぶん変わったわ。もう、目まぐるしくてついていくのがやっとよ。
時々、エルフの国に戻った方が、自分に合っているんじゃないかとさえ思う」
風が吹いて来た。
桜の木々が揺れる。
「でも、やっぱり私は人間が好きなんだと思う。
実は、あなたが言ってくれたように、もし、新しい出会いがあるなら、身を委ねてもいいと思っているの。
でも、好きになれる人は全然、現れないんだけどね。ふふ」
私は、お墓の隣に座ると、クリスに話したいことをいろいろと話した。
また戦争があったこと。
何人かから好きと言われたが、断ったこと。
たわいもないこと。
そうやって、気の済むまで話した。
「──じゃあ、そろそろ行くね。
もし、そっちでフィアとアリアに会えたら、愛しているって伝えて欲しいの。
ふふ。勿論、あなたも愛しているわ。じゃあまたね、クリス」
私が立ち去ろうとすると、突然、桜の花が一斉に舞った。
私は桜の花に包まれる。
私はそれを見て──。
愛する人が「またな」と声をかけてくれた気がした。
完
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