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 そして、子ども達が生まれて六年経った──。


「はい、じゃあ、今度は強火でお願いね」


 私はキッチンで娘達に言う。


「オッケー! 火を強めに〜。アリア、お願い」


「はーい。風を強めに〜」


 フィアは火の精霊を、アリアは風の精霊を操り、かまどの火力を上げていく。


 二人はいつも私の料理を手伝ってくれていて、火と風の精霊の相性は抜群だ。


 しばらくすると、キッチンに香ばしい匂いが満ちて来た。


「ああー、いい匂いー!」


「ほんと、早く食べたいー!」


 フィアとアリアが天使のような笑顔で言う。


「さあ、出来たわ。ダイニングに行きましょう」


「「はーい!」」


 私はパイ型からキッシュを皿に移すとダイニングへ運んだ。




 ダイニングには、クリスと新聞記者のハリーさんが席に着いていた。


 私は料理をテーブルに置くと、娘達の隣に座った。


「わー、美味しそうですね!」


 ハリーさんが言う。


「私、ほうれん草とベーコンのキッシュが大好物なの!」


「私も!」


 フィアとアリアがそう言うと、ハリーさんが笑った。


「はは。元気だねー。なんか、一家団欒を邪魔してすいません」


「いいえ、お祝いですし、気になさらないで下さい」と私。


「ありがとうございます」


 そう、ハリーさんが言うとクリスが口を開いた。


「あの、ハリーさん。オレの工房を記事に取り上げていただいて本当にありがとうございました」


「いえ僕はただ、自分の書いた記事を王都の新聞社に送っただけですから。

 黄昏戦争の英雄が、今では田舎で鍛冶工房を営んでいるっていう話題が王都で受けたようです」


「いえ、おかげさまで、工房に発注が殺到しています。これも全国紙に載ったおかげです」


「いえ、だから頭を上げて下さい──」


 と、二人がやり取りしていると、フィアがキッシュを頬張りながら声を上げた。


「もー、お父さん達の話、つまんないー」


「ふ。ごめんごめん。そうだ、ハリーさんの話によると、最近、中央公園に魔術師が来ているそうだぞ」


 そう、クリスが言うとフィアは目を輝かせた。


「魔術師!? 精霊使いかな?」


「さあ、それはどうか分からないが、手品を披露してくれるそうだ」


「手品!? 見たい見たい!」


「私も見たい見たい!」


 フィアとアリアが声を上げると、クリスが応えた。


「じゃあ明日は休日だから、家族で中央公園に行こう」


「やった! 楽しみ!」


「私も楽しみ!」


 二人の反応を見て、私とクリスは微笑んだ。


 しかし、まさかそれが私達に迫る不穏な影だとは思ってもいなかったのだ──。





 翌日、私達は中央公園に来た。


 魔術師のいる場所は一目で分かった。


 なぜなら人だかりが出来ている一角があったからだ。


 私とクリスは、フィアとアリアと手を繋いで、人だかりの方へ歩いて行った。


 魔術師と名乗る人物は、仮面を被っていた。


「はい、君の引いたトランプはこれだね?」


「うわ! そうだよ。すっげー!」


 魔術師はテーブルの上にトランプを置き、子どもを相手にして手品を披露していた。


「さあて。次は…………」


 そう言って、魔術師は観客を見渡した。仮面でよく分からないが、一瞬、動きが止まったように感じた。


「どうしたの、魔術師さん? 早く次を見せてよ!」


「そうだそうだ!」


 観客の子ども達が魔術師を急かす。


「ふふ。分かった分かった。じゃあ、とっておきのマジックを見せよう。

 今回はそうだな、二人に手伝って貰おう。

 じゃあ、そこの耳の尖ったお嬢さんたち、手伝ってくれないかな?」


 そう言って、魔術師はフィアとアリアを指名した。


「私達でいいの!?」とフィア。


「やった! お父さん、行って来ていい?」


 と、アリアが聞くと、クリスは「行っておいで」と快く送り出した。


「──さあ、二人とも。この束からトランプを一枚ずつ抜いて、抜いたら観客に見せるんだ。

 おっと、私には見えないように隠してくれよ」


「オッケー。じゃあ、私はこれ」


「はーい。じゃあ、私はこれ」


 フィアとアリアがトランプを抜いて、こちらに振り向いた。


 二人は意気揚々とトランプを掲げる。


 と、その瞬間──。


 二人の背後にいた魔術師が突然、ガバッと腕を広げて、二人を腕で包んだ。


「え!?」


 突然の出来事に私は唖然とした。


 見ると、フィアとアリアの首元にナイフが突きつけられていた。


「フィア! アリア!」


 私は叫んだ。


「全員動くな! 動けば、この二人の命はないぞ」


 魔術師が言う。


「お母さん……」


「お父さん……」


 フィアとアリアは不安気にこちらを見た。幸いまだナイフは刺されてはいない。


 周囲に緊張が走る。


「くくくっ。待っていた。この時を待っていたぞ。新聞を見て来てみれば、まさか双子がいるとは思わなかったがな」


「その声は!」


 私には魔術師の正体が分かった。


「あんたか。サイロス……」


 クリスが眼光鋭くサイロスを見つめて言った。


 クリスは護身用の剣を身につけているが、娘達の安全を考えると下手な動きは出来ないだろう。


「くくくくくっ。ルィンヘルと人間よ。その表情だ。その表情が見たくて追って来たぞ。

 安心しろ。期待は裏切らん。子ども達はここで殺す。

 ちなみに、子ども達を殺した後はお前達も殺す。

 私はあれから必死に腕を磨いて来た。のうのうと家族ごっこをしているお前らなど、私の敵ではないわ」


「……サイロス。オレはあの時、あんたに言ったはずだ。オレの愛する人を狙うなら容赦はしないと」


「馬鹿か貴様! 今は私が掌握しているんだよ! 調子に乗るな!

 人間! お前はさっさと、地面に這いつくばって命乞いをしろ!

 ルィンヘル! "お願い。私が娘の代わりになるから娘は殺さないで!"って泣き叫べ!」


 私は静かに口を開いた。


「……分かったわ。けど私が言うのはそんな言葉じゃない」


「何だと?」


「フィア、アリア、私はあなた達を心の底から愛してる。あなた達の命が助かるなら私の命など捧げてもいいわ。きっとクリスもそう思っているはずよ」


「ああ、そうだ。オレもルィンと同じ考えだ。お前たちを愛してる。そして約束する。そいつはオレがやっつける」


 私達がそう言うと、フィアとアリアが呟いた。


「お母さん……」


「お父さん……」


 そして、私は言う。


「けれどまずはフィア、アリア。あなた達の出番よ。人に使うのは禁止していたけれど、今は使ってもいい。でも、やりすぎないようにね」


 そんな私の言葉にサイロスが反応する。


「ああ? 何を言っている?」


 すると、二人は。


「そっか。オッケー。やるよ、アリア」


「はーい。じゃあ、いっせーのーで、で」


「黙れ、ガキども! ああもういい。ガキが死ぬのは両親が馬鹿なせいだ。私の命令に何一つ従わないせいだ。今からガキは死ぬ。これは、お前らのせいだ!」


 と、サイロスが叫んだ瞬間──。


「いっせーのーで!」アリアが叫んだ。


 すると、アリアの手からは風が、フィアの手からは火が現れ、それらは反応して炎の縄のように形状を変えると、サイロスの両腕に巻きついた。


「ぎゃーーーー!」


 サイロスは叫びながら二人から離れると、地面に這いつくばった。


「ふ、二人ともそこまで! 消して!」


 私は慌てて二人を止める。


「オッケー」「はーい」


 二人が手をかざすのを止めると、サイロスの腕から炎は消えた。


「ぐぐぐ……。せ、精霊使いだとぉ!? 馬鹿な。エルフでも精霊の加護を得られる者は稀だというのに、ハーフエルフ如きが!」


 腕を地面で冷やしながら、サイロスは悪態をつく。そして。


「はっ!?」


 サイロスは気配に気づいたようだ。すでにクリスはサイロスに肉薄しており、剣を突きつけていた。


 私は急いでフィアとアリアに駆け寄ると、二人を抱きしめた。


 クリスが口を開く。


「言ったはずだ。あんたはオレがやっつけると。オレは約束は守る」


「くっ。貴様ー!」


「ダメよ! クリス! 子ども達が見ているわ!」


 ここには大勢の子どもがいる。子ども達に血を見せる訳にはいかない。私はクリスを止めた。


「分かってる。サイロス。仮面を取って貰おう」


「くそが……」


 サイロスは観念したのか仮面を取った。


「わ、エルフ!」


「エルフだ!」


 周囲の子ども達が騒ぐ。


「わ、私をどうするつもりだ……」


「あんたを抹殺する。ただし社会的にだ。オレには新聞記者の知り合いがいる。

 今日の事件を全国紙に載せてもらう。

 あんたの犯罪は人間の国だけでなく、エルフの国にも伝わる。

 エルフの王族の身でありながら、エルフの血を引くハーフエルフに手をかけようとした。

 もうあんたは誰からも信頼されないだろう。汚名を背負ったまま惨めに生きるがいい」


「ちっ」


 そこで私が付け足した。


「サイロス、あなたはきっとこう考える。エルフは六百年生きる。数十年待てばほとぼりは冷めると。

 確かに、あなたの罪は忘れ去られる時が来るかもしれない。

 けれど、もし、また、同じ過ちを繰り返すのなら──」


 私は、殺気をはらんでサイロスを睨む。


 私の愛する娘達を殺そうとしたサイロスを許せるはずもない。


「その時は、私があなたを殺す。社会的ではなく物理的に!」


「くっ……」


 私の殺気を感じ取ったのか、サイロスは諦めたように項垂うなだれた。

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