第四話 第一女発見
波打ち際の岩場に寝そべり、陽光に照らされて仄かに暖かい。
「気が付いたか? なら放せ……お願いだから」
体温が戻ったことで意識もはっきりしてきた。
左手に食料を収めた胃袋の感触があり、右手には本能的に捕まえた何かを握っている。先ほども感じた、不思議と惹かれる柔らかい触り心地だ。
「もう許せ……痛いんだ」
目蓋を開くと、上下逆さまになった人間の顔が見えた。
「おぉ……」
師匠とベルさん以外の人間だ。本当に居た。
(……落ち着け)
深呼吸を一つして、ベルさんの教えを思い出す。
「いや……放せって」
この世には吐き気を催すほど多くの人間がいるが、安易に殺してはならない。獣や魚のように狩ってもいけない。
「安心しろ。殺さないから」
「は?」
この世には2種類の人間がいる。男と女だ。
(目的はビビッとくる女を探し出すこと。男と女の違いは……)
男の特徴は股ぐらにナニが生えていることだ。
「ナニは生えているか?」
「何?」
「オシッコが出るところだ。竿と玉をまとめてナニと呼ぶんだ」
「――っ!? 何を言い出す!? とにかく胸から手を放せ!」
どうやら聞いても教えてくれないらしい。
師匠に尋ねた時と同じだ。確認しようとしたら普段以上の超絶回避で触れることすらできず、あっさり足を取られて投げられた。
師匠の対応しかり、この人間の反応しかり。もしかすると人間にとってナニ確認は禁忌に当たるのかもしれない。だとすれば、かなりの抵抗が予想される。
こうして捕獲できていることから見て師匠ほどではないのだろうが、この人間がどの程度やるのかもピンとこない。
こちらも本気で掛からなければ――。
「放せと言ってるだろう!」
とはいえ、女と会ったら出来るだけ優しくした方がいいらしい。
思えば、死に瀕して痛がっている割にこの人間は随分と優しい。
なぜ男である僕に優しくしているのかわからないが、この優しい人間が女だった場合に備えて、僕も優しくしなければならないということだ。
「安心しろ。優しくしてやるから」
「何を!?」
本気で優しくしなければ、場合によっては良くない事態になると思われた。
**********
女性には優しく接するように教えたはずだが、ヤクトは片乳を掴んだまま王女様を手荒に転がし馬乗りになっている――全裸で。
「きゃあああああああああああ~!」
体術を駆使して身動きを封じ、女の股間を弄る変質者がそこには居た。
「わ、私にこんな事をしてタダで済むと思っているのか!? ぶ、無礼打ち! 無礼打ちだぞ!?」
そんなに辛抱できないのか。少年の二次性徴とは恐ろしいものだ。
その時期も終盤に差し掛かっているらしき王女様の方は知識もそれなりなのか、迫りくる身の危険に顔を真っ赤に染めて抵抗しようとしていた。
「くっ! 何故だ!?」
だが、はたから見れば抵抗しているようには見えない。
これはヤクトが相手の動き――正しくは挙動の起こりを潰し続けているからだ。
ほんの僅かな重心移動や微かな筋肉の収縮を知覚し、先回りして最低限の力で封殺している。
花鳥風月、山紫水明、森羅万象、有形無形、魑魅魍魎――遍く事象を捉えて読み解き、己れの意を以て無理なく流す。
極まれば天然自然と合一し、己が為の全と成せる。
僕には意味不明だが、ヤクトは何となく解っているらしいあの男の教えだと言う。
「何これ!? どうなってる!?」
この僕が手も足も出ないヤクトの極まった体術は今、女を組み伏せ股間を弄るために使われていた。
10年前までは世界随一の強者だと自負していた僕がまったく敵わない。それはつまり、魔法も肉体の動きと同様に封じられるからだ。
「なんで聖痕が!?」
人が魔法を行使する際に全身を駆け巡る光の線――『聖痕』と呼ばれるものだが、王女様は何度も魔法を行使しようとして失敗していた。
聖痕が浮かんだ瞬間――ヤクトの指先が触れると光の線が消え失せる。
ヤクトの右腕を固めていた鈍色の羽衣も、いつの間にか砂のように散らばって地に落ちていた。
「イヤァアアアアアアアアアア〜!」
「むっ!? ――無い!」
宝物を手放した左手で下腹部から尻まで撫でまわし、隅から隅まで股間の造りを確認して、ヤクトはようやく納得したようだ。男と女の違いを。
端正な顔に驚愕を浮かべて王女様の拘束を解き、ぱっと離れて地面に仰向けに倒れる女の全体像を注視すると――叫んだ。
「お前! 女だな!?」
女のいない島育ちで仕方ない部分はあるが、馬鹿なのだろうか。
「股ぐらがメスの豚と同じだ! うぶ毛すら無いが間違いない!」
「〜〜〜〜っ!」
メス豚呼ばわりされて、まだ下の毛が生えていないことも暴露され、もはや王女様は言葉も出ない。
褐色の肌が羞恥に赤く染まり、不穏な気配を放ちつつ聖痕をびゅんびゅん走らせると、顔の下半分を隠すフェイスベールを引き剥がした。
やはり美しい顔立ちだが、鬼のように険しくなったキツイ顔に股間が冷える。
「死ねぇえええぃあぁああああ〜!」
王女様が叫ぶと、再び纏った鈍色の羽衣が変形して身体にピタリと張りつき、手足の先まで覆い隠して固まっていく。
鈍色は首から上にも伸びて頭部も包み、黒い長髪がポニーテールのように後頭部から吐き出された。
メリハリのある肢体を際立たせるソレは鈍色の全身鎧。さらには残った羽衣が右手に集まり刀剣の形を成してゆく。
「――無礼打ちだ!」
鈍色の騎士と化した王女様は剣を掲げてくぐもった声で死を宣告し、ヤクトに襲い掛かった。
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本作は『海の彼方のトティアス ~救助されたら異世界だったので美人船長の船で働くことにしたら、地雷系女子に包囲されてしまった件~』の続編です。
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