第四八話 不屈のブラフマ
鉱夫が採掘した鉱石の上がりの内、ベース単価に応じて税金が課せられる。
鉄鉱石なら1割、銀鉱石なら3割、金鉱石なら5割という具合だ。銅鉱石については年々単価が上昇し、今や税率は銀鉱石を超えて4割となっている。
「鉱夫たちには税金を差し引いた額が支払われます。税率の設定はその島の領主に一任されており、王家が口を挟むことはありません」
鉱夫組合ブラフマ支部長の説明を聞いたヤクトは税金というものがピンとこない様子だ。
獣であれ魚であれ、取ったらすべて自分のもの。僕に分けてくれたことは一度も無かった。
「男爵は結構がめついんだな」
「そんなことはありません。平民の生活は島ごとに異なりますから一概には言えませんが、領主様はバランス感覚に優れたお方ですよ」
組合支部が保有するプール金は本部から支給されており、鉱石の買取もそれを切り崩して行われる。
最終的に組合支部が領主へ税金を支払うことになるが、今や鉱夫組合は王国の根幹を為す組織に成長しており王家も重要視している。
「領主と組合の諍いが起こりやすい構造ですが、ブラフマでは持ちつ持たれつ上手くやっています」
「お前が薪を買え。それで済むじゃないか」
「ははは。そうしたいのは山々ですが、私の分を大きく超えてしまう。鉱山の島としてやっていく限りは決め事に従わなければいけないんです」
「ブンってなんだ?」
「ヤクト殿には少し難しいかもしれませんが……大人になればわかりますよ」
人は群れることで真価を発揮する生き物だ。中には僕のように群れに馴染めないはみ出し者もいるが、ヤクトは初めから何も知らないだけで僕とは違う。
賢い子だ。経験さえ積めば正しく人の世を理解してくれるだろうと、僕はそう信じている。
「皆の者! よく聞け!」
小振りな双槌を両手に掲げ、足りない握力をサラシを巻いて補う男爵が島民の前に立っている。
落盤処理の時のハリッシュを思わせる光景だが、鉱山の入り口に集まる人の数は桁違いだった。
「すまぬ! もう後が無くなった! 男爵家には薪を用意できない!」
衛兵や鉱夫は元より、島中の動ける大人が来ていた。中には槌を引きずる子供も混じっている。
「税は半分に下げる! 全額免除にはできぬがわかってほしい!」
それぞれの家庭が自力で冬に備えざるを得ないという厳しい現実を前に、公に頼れなくなった個人が生き残るために戦おうとしていた。
「不甲斐ない領主と笑ってくれて構わない! ブラフマは多くを失い、これからも失い続けるだろう!」
ヤクトにとっては当たり前のことだろうが、それは集団の揺り籠の中で協調して生きる者にとっては平静でいられない大事となる。
「だが恐れることはない! 我らは鉱山と共にある民だ! 我らは鉱山に活路を求める!」
老いも若きも、島民たちに静かな気迫が漲ってきた。誰一人として男爵を笑う者はいない。
「共に潜ろう! 鉱山は必ず答えてくれるはずだ!」
鬨の声が上がり、ブラフマの猛き民は鉱山に雪崩れ込んで行った。
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「ヤクト! できるだけでいいからな!?」
アイゼはそう言うが、死に掛けている人間がそこら中に居る。弱すぎて3秒後の自分を想像することもできない連中がだ。
「アイゼ。深部の手前に逃げ場を作れ」
子供の集団に襲い掛かった5メートル級を瞬殺し、鉱石はくれてやって次へ走る。
「ティタンは陣地から狙い撃て。アユーは孤立した人間を回収しろ」
強いヤツにくっついて走れば弱いヤツでも深部間際までなら来れてしまうことが問題だった。
そこそこ強くて手慣れた大人は大物を狙い、弱い老人、女子供はそのお溢れを拾い集めて、島民たちは夢中で採掘にのめり込んでいる。
「ハリッシュは男爵を何とかしろ」
久しぶりに槌を振るう男爵が1番危険だ。下手に経験がある分、思考に身体が追いついていない。
とはいえ、男爵の奮戦に当てられた衛兵たちが手当たり次第に岩男を狩りまくっている。そのおかげで僕は他への援護が間に合うのだ。
「どっせい!」
可能な限り薄く鋭く錬成した長剣が岩男の四肢を寸断し、倒れたところを鉱夫の槌が襲う。
大使館で学んだ土建魔法の威力は絶大だった。やはり衛兵の本分は剣術なのか、槌を振るっていた時より動きがいい。
「僕は深部へ行く。アイゼ、後は頼む」
「――頼まれた!? ヤクトに頼りにされた……あぁ……初めての共同作業だな」
言っていることはよくわからないが、アイゼなら問題なくこの場を任せられる。
まずはいつもの女たちのところだ。
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「ヤクト君! いらっしゃい!」
「さっき金鉱石が出たの。これで鑑定料は稼げたわ」
「あとは薪代〜。はぁ〜しんどぉ〜」
例年は一冬をギリギリ越せるだけの薪が男爵家から支給されるそうだが、今年はそれが無い代わりに税金が半分になる。
「隣の婆さんの分も要るわよね」
「あの家は去年お爺さんが凍死したから……さすがに可哀想」
「ウチは妹が妊娠中〜。5歳の甥っ子もいるし〜、旦那も頑張ってるけど……ちょい厳しいっぽいんだ〜」
他人を死なせないためにこの女たちは危険を冒す。その理由は可哀想だから。
師匠も僕を可哀想だと思って優しくしてくれていたのだろうか。
だとすれば僕の優しさはかなり間違っていたことになるが、どこからどこまでを可哀想と思うかは人によるらしい。
「時と場合によりけりだよ。あの年の冬はウチも危なかった」
「婆さんには子守りを任せたこともあったし。よく言うでしょ? 情けは人の為ならずって」
「情けは……なんだ?」
「人に優しくすればいつか自分に返ってくるってこと〜」
他人を生かすことが自分のためになるという意味合いの格言らしい。
「その女がお前に何をしてくれるんだ?」
「ヨボヨボの婆さんよ? 薪があってもすぐ死ぬかもね」
「それは言えてる。お爺さんが死んでから一気に老け込んだし」
「いっそ泊めてあげれば〜?」
「偏屈なの。あんたらの世話にはならないってさ」
「なんだそれ?」
「ブラフマっぽいでしょ?」
何を言っているのかわからない女たちを残し、僕は弱いくせに調子に乗った男たちを追う。
土建魔法の性能頼みで7メートル級の相手は厳しいだろう。




