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第四六話 痛みに弱い男たち


 翌朝、一晩かけて頭を冷やし、改めてイーロに謝罪した男爵は両替を諦めて島へ帰ることにした。衛兵たちとも話し合って別の方策を考えたらしい。


 深部で稀に出くわす四つ腕の7メートル級だが、あれは本来なら遭遇すれば即逃げ出すほどの強敵だと言う。


 落とす鉱石には珍しい物が多く、時には金剛石(ダイヤ)の原石が出たりもする――という言い伝えがある。


「言い伝えって……大丈夫なんすか?」

「ははは。もはや後が無い。先の道を残すためにも、私が先陣を切らねばならんのである」

「いや、そうじゃなくて……(ダイヤモンドは錬成できますとは言えねぇな)」


 槌を握れない男爵の御出陣になると聞かされ、イーロは「拳の診察だけでも」と館内の医務室へ案内した。


「リズ。診察頼む。ちゃちゃっと治せるようなら手術も頼む」

「診るだけなら。他国のVIP相手に医療ミスしたくないんで」


 20歳前後の若い女医だ。昨晩、5階の大部屋に後から合流した女の1人だった。


「是非ともお頼みする。まさか二聖の医師に診ていただけるとは思わなんだ」

「そうでしょう、そうでしょう。大船に乗ったつもりでどうぞ。この台に両手を乗せてください」

「リズ。お前は……まぁいいか」


 白いファンタスマゴリアを纏った医者ということは、この女は生体・錬成の二聖なのだろう。一般的に名医といえば魔力容量の大きい生体魔法適性者のことを指すらしい。


「あー、なるほど。かなり長いこと放置してました?」

「成人直後に負傷した。岩男の拳打を受けてしまったのだが、生体魔法ですぐに治療したはずである」

「複雑骨折からの生体治癒ですよね? それだと余計にダメです」


 生体魔法は生物の体組織を活性化させ、任意の方向性に成長を促す魔法らしい。


 よほど確固とした精密なイメージを持って行使しなければ、魔法だけで難しい術式は成功しない。したがって、眼球を再生しても視力は戻らず、脳の損傷は治せない。


 手指の治療においては、魔法行使前に施す外科手術の出来が術後の経過を左右するとのことだ。


「これを治すには再手術した上で治癒するしかありません。癒着が酷いから私でも成功率は……5割?」

「リズ。サバ読むな」

「2割です。あるいは手首から切断しての再生治療ですが、時間が掛かりますし寿命も大幅に縮むので私はおすすめしません。どちらにしても、術後のリハビリが必要になるでしょう」


 リズは男爵の両手を診察し、至って冷静に結果を告げて、念のため他の選択肢も提示する。


「筋電義手ならすぐに動かせますけど性能はピンキリです。制御には思兼魔堰が必須です。ご存知のとおり、非常に高額です」

「そうであるか……では無理に治さずともよい。槌を縛って固定すれば戦えるであろう」


 金も時間もかかるとなれば本末転倒。男爵は無理をしてでも前線に立ち、皆の士気を上げるのだと息巻いている。


(たぶん3メートル級で死ぬ)


 戦いたいなら好きにすればいい。


 別に止める筋合いは無いし、男が死のうと僕にはどうでもいいことだ。


『ディピカ!』

『あ……』


 唐突に蘇った記憶に胸の奥がチクリと痛んだ。


 誰に何をされたわけでもないのに、嫌な感じが僕の中から湧いてきた。


「……ちっ」

「ヤクト?」


 大部屋に集まった女たちの僕を見る目を思い出す。


 島を出てからこれまで、他の人間から見た自分というものを意識したことは無かった。


 よくわからないが、この感覚は僕自身の問題のような気がする。


「アイゼ。今の気持ちを教えろ」

「え?」

「考えてもわからない。言え」

「――ええ!? ヤクトが私の気持ちを……あぁ……もうそれだけで」

「五月蝿い。いいから早く言え」


 アイゼは『嬉しい』だとか『幸せ』だとか、心情を表す言葉を繰り返し、どんな感じかと尋ねると『胸が高鳴る』と言う。


「僕は胸が痛いんだ。なんだこれ?」

「ヤクト……あぁ……こっちに来い」


 アイゼは泣きそうな顔になって、正面から僕を抱きしめた。


 相変わらず1番いいと思える乳に顔を埋めていると、ビビッとはこないが不思議と気持ちが落ち着いてくる。


「私にもヤクトの気持ちはわからない」

「そうだな。それが普通だ」

「だから、間違ってるかもしれないが……試してみてほしい」


 耳元に寄せられた唇から漏れる吐息が鼓膜をくすぐり、心地よい囁きが滑り込んできた。


「なるべくでいい……男にも優しくしてやれ」


 アイゼが言うなら、そうするのもいいだろう。


「ちょっと診せろ」

「ちょっとヤクト君。せっかくアイゼンちゃんといい感じだったのに……というか医務室でイチャつかないで。腹立つから」

「……関節が変な風に固まってるな」

「そう。崩れた骨格を無理に治癒した弊害「――いっ!? うぎぃいいい〜!」――いきなり何すんの!?」


 痛みに暴れる男爵の両肩を外して抵抗を封じ、十指を順番に()()()やった。


「手の甲もか」

「ぎぃやぁああ〜!」

「ヤクト殿!? 何をなさるか!」

「ヤクト!? 優しくしてやれって言っただろ!」

「うぉおおお……っ!」

「領主様! お気を確かに!」

「あ〜あ〜。これは終わったかな?」

「ひぃいいいい〜!」


 両手の骨を正常な状態に戻したところで「動かすな」と告げ、肩関節を入れてやった。


 男爵はオイオイ泣いている。この程度の痛みで泣くとはやはり弱い。


「うっわ〜。脱臼と骨折多数……手がパンパンに腫れて……あれ?」

「これでいいだろ。さっさと治せ」

「うえっ!? たしかに! これなら魔法で治せるけど……弱ったな……」


 時間を掛けなくても済むように整えてやった。あとは生体魔法とやらの出番だ。


「リズ……身から出たサビだぜ?」

「ごめんなさい。私は二聖じゃありません」


 リズは生体魔法を使えない医者だった。

 

「しっかし……うわ〜っ……めっちゃ痛そう。見てるこっちが痛いぜ?」

「筋電義肢の神経接続手術よりは全然マシなはずです」

「麻酔か何かしたらどうなんだよ……」

「術後ですよ。これ以上は痛くなりません」


 生体魔法は適性者人口の少ない魔法らしく、医者を育てるにも成り手の母数が少ない分野だ。


 ニホン国では生体魔法に頼らない医療の確立を目指しており、通常の手術や投薬、自然治癒によって怪我や病気を治すのが良いとされている。


 だからリズのような医者が何人も居ると言うのだが、やはり生体魔法も場合によっては必要だ。


「痛い〜……! いだぁ〜い!」

「いいから何とかしろよ! このヤブ医者!」

「外科手術なら私の右に出る者は――そんなに居ませんから! 既存の術式は全部覚えてるし、ファンタスマゴリア使えば何処でもやれるもん! 生体魔法がなんぼのもんじゃい!」

「はぁ……リズ。いいから麻酔して差し上げろ。おれは生体魔法使いの看護師を呼んでくるから」

「添え木しますね? ちょっと触りますよ〜」

「あっ――あぁあああ〜!」

「先に痛み止めだって言ってんだろうが! 他国のVIPだぞ!?」

「ホントにもう。男って痛みに弱いんだもんなぁ」


 良いことを聞いた。男は痛みに弱いらしい。


 死なせないことは優しくすることと同義ではないと女たちは断言し、一方で女には優しくすべきというベルさんの教えには同意しつつ、アイゼの気持ちを考えろと言っていた。


 対してアイゼの言う男にも優しくしてやれとは、おそらく僕の勘違い――というか普通の人間とのズレを理解し、それを認めた上での言葉だとわかる。


 囁かれた声音には僕への想いしか篭っていなかった。


 つまり、これからの僕がどうすればいいかと言うと――。


(男には今まで通りに優しくして、女には……もっと優しくする。ビビッとくる女にはもっともっと優しくする)


 人間という生き物はどれだけ優しくしてやらなければならないのか。優しさの定義から調べ直した方が良さそうだ。


「身体強化が使えないなら大槌はやめておけ」

「先生! 早く! 領主様に治癒を!」

「ぐぅうう……! 手が燃えておるようだぁ〜!」

「だから、私に生体魔法は使えないんですってば。衛生兵の方がやればいいんじゃないですか? 施術の指導はしますんで。どうぞ」

「我々は強化魔法適性だ!」

「え? 護衛に衛生兵が居ないってどうなんです?」


 あまりの弱さにいい加減うんざりするが、アイゼのススメはベルさんの教えよりも大切にすべきだと思う。


「ヤクト……お前ってヤツは……まぁいいか。よくやった。偉いぞ」

 

 相手の気持ちを考えるという技もよくわからない。


 すべての人間がそんな高度な技巧を互いにやり続けているとも思えない。


「アイゼ。今どんな気持ちだ?」

「嬉しい! 私は嬉しいぞ!」

「そうか。僕はよくわからない」


 自分の気持ちというものがわからない。これがどういう感情から生まれる痛みなのかもわからない。


「心配するな……痛くなったら私に言えよ?」

「わかった」


 とりあえずはアイゼの気持ちだけでいい。

 

 アイゼに抱きしめられると、何故か胸の痛みが柔らぐからだ。



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