第四四話 5階の女子会
イーロと入れ替わりにやってきた女に連れられて3階へ上がり、客間に通された。
「殿下はこちらで……え? キミ? なんで普通に殿下と……えっ? ちょっ!? ちょっと!」
「なんだマリーナ殿? まだ何か?」
「ここはラブホじゃないのよ!? ラブホだったとしてもダメだけど!」
男爵は促されるまま背中を丸めて隣室へ入り、衛兵たちも神妙に続いたが、なんで僕が男と同じ部屋に詰め込まれてやるものか。
客間には温水シャワーというものが付いているらしいから、アイゼに使い方を教えてもらおう。
「護衛者! ヤクトは護衛者だから!」
「異性の護衛者なんて伽も仕事のうちじゃないですか! その歳で何をバカなことを! 年下イケメンにコロっといくなんて情けない! ダメですからね絶対に!」
「お堅い! ニホン人のくせに頭固い!」
「めっ! アイゼンちゃんにはまだ早い!」
「アイゼンちゃん言うなぁ!」
アイゼはドラントに大使館が出来たばかりの頃から通う常連だった。
アイゼより胸の大きい女が言うには、強化魔法適性者ばかりのドラントで産まれたアイゼが運動・錬成の二聖となったのは、大使館の職員たちに影響された可能性が高いらしい。
「血筋じゃないのか?」
「ニホンじゃ常識だけど、魔法適性は育った環境に寄るのよ。親が強化なら子供も強化適性になりやすいの」
「へぇ〜、親の魔法を見て覚えるのか」
そういうことなら良く理解できる。
体の動かし方は師匠を真似していつの間にか身に付いていたものだし、体術や魔法関係はベルさんを参考に見て覚えた。それと同じだ。
とはいえ、相応の魔力容量が伴った人間でなければ二聖にはなれないし、小さな魔力容量では行使できる魔法も弱々しいものにしかならないらしい。
両親が異なる適性というだけで二聖が生まれるなら誰も苦労しないと、アイゼ曰くお堅い女は肩をすくめた。どこか嘘の気配がするものの嫌な感じはしない。
「だから殿下は私たちの娘みたいなもんなの。泣かせたら承知しないからね」
「いつも喜んでるぞ」
「……殿下? ちょっと5階でお話しましょうか」
「魔窟じゃないか!」
「人聞きの悪い。女の園と言ってちょうだい」
僕も行こうとしたら今度はアイゼに止められた。
かなり本気で客間で待つように言われたので大人しく室内に入り、すぐに抜け出して無音歩法で尾行する。
魔窟とやらで死ぬかもしれない。
女が女を殺すことだってあるだろうし、アイゼはエレベーターとやらに乗りたかったらしくファンタスマゴリアは少なめだ。
7メートル級の岩男――女の魔窟なら岩女だろうか――あのくらいの敵が湧いたら勝てないと思う。
4階は職員食堂と男性用宿舎。男臭いので無視して階段を上がると、匂いがガラリと変わった。
5階の魔窟は仄かに甘く良い匂いが充満している。何処からか漂ってくるエキゾチックな香りは人間のものではない。
(なんか居るのか? 嗅いだことのない匂いだな……)
これが岩女の匂いなのだろうか。だとしたら廊下の突き当たりにある部屋が怪しい。
嫌がるアイゼを引っ張って歩く女は階段近くの大部屋にアイゼを連れ込み、廊下に顔を出して「招集!」と一言だけ叫んで室内に引っ込んだ。
いくつかの部屋から女が続々と出てきて大部屋へ向かい、階下の気配を探り、人気の無いことを確認して滑り込むように入室する。
数分後、同じような行動を取った女たちが大部屋に集まった。
(へぇ〜、この床いいな。なんだこれ?)
大部屋の入り口には履き物がたくさん転がっていて、その先から床が一段高くなっている。
何かの草を平たく編んだものが敷き詰められており、裸足の女たちがその上に腰を下ろしていたので、僕も敷物の隅っこで座禅を組んだ。
(……いい感じだ。何日でも消せそう)
誰も僕に気付いていない。ただの気配消しだ。
「アイゼンちゃんじゃん。久しぶりじゃんね?」
「帰省だってさ。ティターン殿下のお迎え」
「義弟思いだねぇ。中継島までは飛行機で来れても、そこから先が遠いのに」
「あれ? なんか可愛くなってない?」
「今日の議題はそれよ」
5階の大部屋にアイゼを姫とか殿下と呼ぶ者は1人もいない。丸い座卓を囲んで座る女たちは魔窟の住人と呼ぶには普通に弱い。
ウォーターサーバーに近い位置の女が隣に回していく紙コップを受け取った。
「2つ足りなくない?」
「あれ? おかしいな? ちゃんと人数分出したのに」
「ちょっと。ティーパックも全然足りないんだけど」
焙じ茶と緑茶のティーパックを3つずつ奪って湯に放り込み、紙コップを両手に座禅を組み直した。
師匠のように座ったままでは動けない。どんなに観察してもどうやって動いているのかわからないので真似できないのだ。
「今度こそ行き渡った? じゃあ女子会、始めますか」
座卓の上座に座らされたアイゼは変な顔で固まっている。女子会とやらがそんなに恐ろしいのだろうか。
想像上の岩女はこの場に居らず、この程度の女たちが束になって掛かってもアイゼには敵わない――こともないが逃げるくらいはできるだろう。
「んで? お茶受けは?」
「みんな、よく聴いて。アイゼンちゃんに春が来た」
「「「ほ〜う」」」
「お相手は? 帝国貴族? 皇族? まさかのご長男?」
「それが、護衛者だって言うのよ。10才くらいの男の子なんだけど、この子が超イケメンで」
「「「マジで!?」」」
「見たい。イケメンめっちゃ見たい」
「見に行くのは確定だけど……でも、それはマズいでしょ。アイゼンちゃんがイケメンの護衛者を侍らせてんのよ?」
「なんか普通に同衾しようとするし。いつも喜んでるとか言ってたし」
「何それ? ちょっとムカつく」
「エロガキが……アイゼンちゃんに手ぇ出してタダで済むと思ってんの?」
「王家が許しても大使館が許さない。教育的指導が必要」
「「「さぁ〜て、どうしてくれよう」」」
何だこれは。
覇気でも殺気でもない変な気配が充満し、止めどない濁流のような会話が展開されている。
アイゼは黙ったまま口を挟まずじっとしているが、会話の要点は紛れもなくアイゼのこと――だったのに僕の話になってきた。
「そういえば買出し中に噂で聞いた。衛兵隊から馬を奪って逃げた子供がいたって」
「それどころじゃないって。プラデーシュの衛兵が全滅したのってその子のせいらしいよ」
「アイゼンちゃんを盾にイキってんじゃん?」
「ところがマジで強いらしいの。1人で大型海獣を仕止めちゃう化け物で、アイゼンちゃんが人身御供になって鎮めたとか……何をどうやって鎮めたの?」
「あり得なくない? ビクトリア様じゃないんだから」
「ビクトリア砲みたいな魔法じゃなくて、素手で殴り殺したって本人が言ってたらしい」
「脳内のイケメンがゴリマッチョになった……どうしてくれる」
「てゆーかさ、結局アイゼンちゃんは何されたの? ナニされたわけじゃないんでしょ?」
「されてたら大変よ。許されないわ許さないわ」
「でも明らかに恋しちゃってるっぽいし……なんか雰囲気がエロくない? 体は前からエロいけど」
「アイゼンちゃん? そろそろ吐いとこうか?」
「面白かったら……じゃない。純愛と認められたら、そうだなぁ……そうだ。古岩香水を進呈しよう」
「え? アレは15禁じゃん。ただでさえエロ可愛いのに学園でヤバくない?」
「イケメン護衛者くんが守ってくれるって。てか守らなかったらどうしてくれよう」
「ほら言ってみ? お姉さんにこっそり教えて?」
「結局どうするのよ? アイゼンちゃんの応援するの? それとも邪魔する?」
「「「イケメンを見に行こう」」」
何だこれは。
長々と話し合った結果、一周回って僕を――たぶん僕を見るという謎の結論に。いや、これは結論と呼べるのだろうか。
とてもじゃないが付き合っていられないバカな会話に辟易して、気配消しをやめた。
悲鳴にも似たアイゼの絶叫が大部屋に響いた。




