お姉様が私を嫌いでも、私はお姉様が大好きです！ ～ヒロインは悪役令嬢を溺愛する～
(――ついに、この時がきた。お姉様が“婚約破棄”される時が――）
私は緊張で震えそうになる身体を抑え、ギュッと小瓶を握り締めた。
「イザベラ・ヴァレンティン！ 君との婚約を破棄する！！」
学園の卒業パーティーで、私の隣に立つ第三王子殿下がお姉様に言い放った。
お姉様は突然の宣言にも動じることなく、冷淡な態度で言葉を返す。
「わたくしと殿下の婚約は、王家と侯爵家の間で取り交わされた契約です。殿下の一存で反故にできるものではありませんわ」
「君のような冷酷非道な罪人と王家が縁を結ぶことはない！ 君が義理の妹であるジュリアにしてきた非道の数々、この場にいる多くの者達が目撃しているのだ！！」
会場中から冷ややかな視線を浴びつつ、お姉様は溜め息を吐いて言う。
「わたくしは侯爵家の淑女として恥ずかしくないよう、義妹を厳しく躾けていただけですわ。それを罪人だなんて、随分と大袈裟におっしゃいますわね」
私の周りにいる令息達が、お姉様を責め立てる。
「ジュリアを虐げて、召使いのように扱うことが躾だと言うのか！」
「愚妹には不要だと教材を破り捨て、私物を破壊することがですか！」
「真冬に水を浴びせかけ、階段から突き落とすことがか！」
殿下は今までになく険しい表情をして、お姉様に言い放つ。
「目撃されているだけでも数知れない。それでも、ジュリアは義姉である君を慕い健気に従い続けてきた。それなのに……そんなジュリアを、君は“毒殺”しようとしたのだ！！」
「「「！？」」」
会場中が騒然となり、そこで初めてお姉様は動揺を見せる。
「な、何をおっしゃっているのやら、わたくしには分かりませんわ」
「君が劇薬を入手し、ジュリアを毒殺しようとしたことは調べが付いている。今も劇薬を隠し持っていることもな！！」
「っ！？」
お姉様は驚いた表情を見せ、視線を彷徨わせながら私の方を向く。
いつも毅然としているお姉様が不安げにする姿を見て、私は胸がひどく絞めつけられ、涙が滲んでくる。
「……お姉様……」
お姉様は目を伏せて、隠し持っていた小瓶を取り出す。
「そこまで調べられていては、隠しようがありませんわね……そうですわ。わたくしは義妹に劇薬を盛って、毒殺しようとしました……」
「罪を認めたな」
殿下が断定すると、お姉様は小首を傾げて言う。
「ですが、何がいけないのかしら？ わたくしはただ、わたくしから何もかも奪おうとする害虫を駆除しようとしただけ……それが、侯爵家のやり方ですのに……」
「何を、言っているんだ君は？」
「由緒ある侯爵家の血筋であるわたくしと、後妻の連れ子である義妹は赤の他人。貴族令嬢としての価値が違いますわ。それなのに、後妻亡き後も図々しく侯爵家に居座って、恥知らずなのですわ」
私に蔑むような冷たい目を向けて、お姉様は淡々と語る。
「ましてや、庇護欲そそる姿で令息達に取り入り、侍らせるだなんて厭らしいこと……わたくしの婚約者である殿下までも篭絡して、臣籍降下先である侯爵家まで乗っ取ろうとしているのですから……許せるはずがありませんわ」
「お姉様、私は乗っ取ろうだなんて――」
私が言葉を発せば、お姉様は鋭く突き刺さる視線で睨んでくる。
「義妹さえいなければ、わたくしは幸せになれましたのに……わたくしは邪魔者を消そうとしただけ……侯爵家のやり方に則っただけなのですわ」
お姉様は手に持つ小瓶に視線を落とし、何かを決意しているように見える。
その心情を思うと、私は耐えきれなくなり、涙が溢れだす。
「お姉様、ごめんなさい……私のせいで、お姉様を追い詰めてしまって……」
「イザベラ！ 君はどこまでジュリアを苦しませれば気が済むんだ！！」
「殿下、お願いです。どうか、お姉様を……」
殿下の腕に縋り、私が首を横に振って訴えれば、殿下は渋々と頷く。
「本来なら、貴族殺害を企てた罪は重い。だが、ジュリアのたっての願いで、罪を認めれば極刑は免れるよう減刑すると約束した。よって、君は国外追放となる！」
お姉様が目を見開いて私を見る。
目が合えば、お姉様はすぐに視線を反らし、悪態を吐く。
「まぁ、それは随分と慈悲深いこと。貴族令嬢として育てられた者が放逐されて、まともに生きていけると本当に思っているのかしら？ 苦痛を味わって野垂れ死ねと言うことかしらね」
「お姉様、ごめんなさい……私は、お姉様に生きていて欲しくて……」
「君はどこまで冷酷非道な女なのだ！ これ以上、ジュリアを――」
声を荒げる殿下を制止し、私は涙を拭って懇願する。
「殿下、お願いです。最後に、お姉様とお話をさせてください……」
「君がそう望むなら……」
私は令息達の前に歩み出ていき、お姉様に向き合う。
怪訝な表情を浮かべるお姉様が、私の持っている小瓶に気付く。
「それは！ なぜ、貴女がそれを！？」
お姉様が持っている劇薬と同じ小瓶。侯爵家の深部で見つけたもの。
その小瓶の蓋を開けて、私はお姉様に問う。
「私がこれを飲めば、お姉様は幸せですか？」
お姉様は表情を青褪めさせ、声を震わせる。
「……な、何を言っているの、貴女？ わ、わたくしを揶揄っているの？」
「お姉様を追い詰めてしまったことを、悔やんでいるのです。この世から私がいなくなれば、お姉様は笑ってくれますか？」
「……っ……」
水色の瞳を揺らめかせ、お姉様は言葉を詰まらせる。
「お姉様は劇薬で毒殺しようと思うほど、私を憎んでいるのでしょう？」
私の言葉にお姉様は息を呑み、会場中の注目がお姉様に集まる。
この日のために、お姉様は己を偽り、耐え難い苦悩を耐え続けてきた。
これまで演じてきた悪女としての言動を、覆すことなどできるはずがない。
「……わたくしは、貴女が大嫌いですわ……」
そう答えるしかないことを、私は知っている。
そして、いくら気丈に振る舞っていても、お姉様はもう限界だということも。
はらり……はらり、はらり、はらはらはらはら――
水色の瞳から透明な雫が零れ落ちていく。
お姉様がはらはらと涙を流して泣いている。
会場中の者達がお姉様の泣き顔に驚き、唖然とした。
「……ジュリア……」
お姉様が私の名前を呟き、ゆっくりと歩んでくる。
私は名前を呼ばれたことが嬉しくて、お姉様に満面の笑みを向ける。
切なそうにお姉様は微笑み、私の方へと手を伸ばした。
「……わたくしに、それを渡して……」
お姉様が何をしようとしているのか、知っているから――これは、お姉様に従順な私が初めてする反抗。
「お姉様が私を嫌いでも、私はお姉様が大好きです！」
お姉様が駆け出したのが見えたけど、間に合わない。
私は手に持っていた小瓶の中身を一気に呷った。
「イヤァァァァッ！？」
「「「！？」」」
悲鳴を上げるお姉様が駆け寄り、倒れる私を抱きとめてくれる。
劇薬で身体が燃えるように熱い。熱くて熱くて堪らない。
私を抱き締めながら崩れ落ち、お姉様は泣き叫ぶ。
「ジュリア！ ジュリア！！ どうしてこんなことに！？ こんなはずじゃなかった、飲むのはわたくしだったのに！ どうして貴女が！？ あぁ、ジュリア、死なないで……お願い、ジュリア、目を開けて……ジュリアァ……」
お姉様の悲痛な叫びが会場に響き渡る。
殿下と令息達はあまりの展開に呆然と立ち尽くし、傍観者達はざわめく。
周囲が悲劇的な雰囲気になっているところ、申し訳ない気もするのだけど、私はお姉様の腕の中で至福を噛みしめ、過呼吸になりながら身悶えていた。
（うわああああ！ なんかすごい良い匂いするぅー！ ふわふわのお胸が当たっておりますぅー！ きゃああああ！ 柔らかいし、温かいし、優しいし、女神だし、もうお姉様の全部が愛おしぃー！ 好き好き好き好き大好きぃー！！ 死ぬつもりはないけど、お姉様が尊すぎて悶え死んじゃう！ これは尊死しちゃう！？）
私のために涙を流してくれるお姉様が最高に愛おしくて狂おしくて、もはや昇天してしまいそうなのだけど、お姉様をいつまでも泣かせておくわけにはいかない。
麗しいお姉様の泣き顔をこの目にバッチリと焼き付けるべく――じゃなくって、お姉様のご要望にお応えして私はパッチリと目を開け、ふんわりと微笑む。
それから、腕を伸ばしてお姉様をぎゅうと抱きしめる。
「お姉様、大しゅきぃ♡」
「……ふぇ？」
（あ、ちょっと噛んじゃった……あぁもう、きょとん顔してるお姉様可愛すぎますぅー！ まさか天使なの？ お姉様は女神で天使だったの？ もう万物を凌駕する愛らしさ！ はわわわわ！ 私は萌えの過剰摂取で萌え死ぬかもしれない。でも、お姉様の萌えで死ねるなら、本望です……って、死んでる場合じゃなかった！）
号泣していたお姉様が混乱している隙に、私はお姉様が持っていた劇薬を取り上げ回収してしまう。
ついでに、柔らかい髪に頬擦りして、胸いっぱいにお姉様の匂いを吸い込む。
すりすりすりすり、くんくんくんくん、すーはーすーはー。
「ジュリア……貴女、大丈夫なの？」
「えぇ、お姉様、私は大丈夫ですよ。愛の力が勝ちました♡」
「あ、あいのちから？」
「はい、お姉様への私の愛は世界最強クラスです♡」
「あぁ、ジュリア、可哀想に……おかしくなってしまったのね……」
「人は愛故に狂うと言いますから、お姉様は私を狂わせる小悪魔な天使です♡」
劇薬を飲んだはずの私がピンピンしている姿を見て、皆が困惑している。
逸早く気を取り直した殿下が、歩み寄ってきて私に手を差し出す。
「ジュリア、無事で良かった。君はわたしの婚約者になるのだから、危険なまねはしないで――」
「私は殿下の婚約者になんてなりませんけど？」
差し出された手を取らず、私はお姉様を抱き締めたまま、しれっと言った。
「……はぇ？」
「「「？？？」」」
皆が混乱しているので、私はハッキリと告げる。
「お姉様は国外追放になったのですから、当然、私もお姉様と一緒に行きます」
「ジュリア、何を言っているの！？ 貴女まで国を追われる必要なんてないわ！」
「私は大好きなお姉様から離れるつもりなんて、微塵もありません。それに、殿下は私の好みではありませんし、周りにいた令息達も同様です。まったくもって興味ありません」
「「「！！！」」」
殿下や令息達は驚愕の表情を浮かべ、傍観者達も愕然とする。
「殿下はお姉様の婚約者でありながら、身も心も美しいお姉様の本質に気付きもせず、蔑ろにしてきたのです。従順で扱いやすいという理由で、婚約者の義妹に粉をかけ、簡単に乗り換えようとする“ろくでなし”なんて論外です」
「ろ、ろくでなし！？」
殿下が衝撃を受けて復唱し、皆の視線が殿下に向く。
「周りの令息達も同様です。人の弱みにつけ込む守銭奴に、清廉な皮を被った好色家や、善良なふりをした乱暴者など、どいつもこいつもクズやカスやゴミばかり」
「クズ！？」「カス！？」「ゴミ！？」
令息達が衝撃を受けてそれぞれ復唱し、皆の視線が令息達に向く。
「最初はお姉様の境遇を変えるために、協力を仰ごうと令息達に近付きましたが、こんな危険な者達をお姉様に近付けるなんてありえません。私はお姉様に魔の手が伸びないよう、のらりくらりと躱していただけなのです」
「そ、そうだったの？」
私はお姉様の手を両手で包み、微笑みかけて言う。
「お姉様は、もうご自分を偽らなくて良いのですよ」
「え？」
「お姉様が冷酷な義姉を装って酷い仕打ちをするのは、必ず誰かが見ていて助けが入る時だけ。破り捨てた教材は習得済みのものだけですし、浴びせられたのは冷水ではなくぬるま湯でした。階段から落とした際も、令息が受け止める確信があってのことでしょう？」
「そ、それは……」
「私に小さな擦傷が付いただけでも、お姉様は罪悪感でぬいぐるみのミミィに泣きついて枕を涙で濡らしてしまうほど、本当は繊細で優しくて愛らしいのですから」
「……っ……な、なぜ、知っているの！？」
お姉様は衝撃を受け、じわじわとお顔を赤く染めて、うるうると瞳を潤ませる。
そんな愛らしい姿を目の当たりにして、皆が衝撃を受け、お姉様を凝視する。
（ふんっ！ 今更、お姉様の素晴らしさに気付いたって遅すぎます、愚か者共め。まぁ、お姉様の素晴らしさを理解しているのは、私だけで十分ですけどね！！）
可愛すぎるお姉様を人目に晒したくない気持ちもあり、さりげなくお姉様を隠すように立つ。
それから、私は殿下の方を向き、カーテシーをして深々と礼をする。
「殿下、ありがとうございます。お姉様と婚約破棄し、国外追放にしてくださったこと、心より感謝しております。これで、お姉様と私は晴れて自由の身です」
私はお姉様へと向き直り、手を差し伸べて言う。
「さぁ、お姉様、行きましょう。すぐに隣国に向かえるよう、荷馬車を用意しています。もちろん、母が作ってくれたミミィとテディも一緒ですから、寂しくありませんよ」
「「「！？」」」
困惑するお姉様の手を取り立たせると、私達を引き止めようとする声が上がる。
「ま、待つんだ、ジュリア！ 君はわたしの婚約者に――」
「ジュリア嬢！ 君とイザベラ嬢の面倒は僕がみるよ！」
「なっ！ 抜け駆けする気か！？ 二人の世話は俺がするぞ！」
「いやいや、二人を安全に保護できるのは、私だけです！」
殿下と令息達が言い争うのを後目に、私はお姉様の手を引いて走り出す。
「面倒なので早く行きましょう、お姉様」
「え？ えぇ？？ えぇぇ？？？」
混乱する可愛いお姉様を攫い、私はパーティー会場を飛び出したのだった。
◆
隣国へ向かう馬車の中、私は麗しいお姉様の横顔に見惚れている。
輝く白銀の髪、涼しげな水色の瞳、透き通る白雪の肌、その姿はまるで冬の女神のよう。
誰もが見惚れてしまう美しさなのに、表情を崩すことのなかった端整な美貌は、悪い噂も相まって氷の魔女と称されていた。
そんなお姉様が今、隣で表情を崩している姿に、私は歓喜し身悶えていた。
（ちょっと不安で、お膝に抱えてるミミィのおててをふにふにしてるお姉様、最っっっっ高に可愛いですぅー！ 可愛いがすぎますよぉー！！ この瞬間を絵画にして額に入れて家宝にして永久保存したい！ やはり、お姉様こそが可愛いの頂点なのでは？ 究極の可愛いはお姉様なのでは？！ うぇへへへへ……あ、いけない。頬が緩みっぱなしでだらしない顔になるところでした。涎が垂れちゃう、じゅるり……）
「ジュリア……？」
私が内心でお姉様の可愛さを褒め称えていると、熱視線を感じたのか、お姉様が私の方を向く。
とっさに表情を整えた私を、お姉様はまじまじと見つめてくる。
お姉様が私の容姿に弱いことを知っているので、最大限に活用して誤魔化す。
柔らかい蜂蜜色の髪、潤んだ翠色の瞳、薔薇色に染まる頬。可憐な春の妖精とも称されていたこの姿で儚げに微笑めば、さぞかし庇護欲を唆ることだろう。
（必殺、うるうるキラキラおめめ！ 大好きなお姉様がいないと寂しくて死んじゃいますよビーム！！ スキスキスキスキ――）
「うぅっ、かわいぃ……その顔はずるいわ、ジュリア……」
私のスキスキビームに当てられて、お姉様は眩しそうに目を細めた。
それから、状況が把握できていないお姉様は、逡巡しておずおずと口を開く。
「ジュリア……貴女が飲んだものは何だったの？」
「え、あぁ、私が飲んだのはこれと同じものですよ」
私は隠し持っていた小瓶を取り出して、お姉様に手渡す。
「義父が厳重に隠していたものです。私には効果はないようですけど」
手渡したのは、お姉様が持っていた劇薬と同じに見える、中身の入った小瓶。
「お姉様のためなら、私はいくらでも飲みます。お姉様は、私のために飲んでくれますか？」
微笑みかけて訊いてみると、お姉様は小瓶をギュッと握りしめ、思い詰めた表情をして呟く。
「……ジュリアのためなら……貴女がそう望むなら……」
私は幸せを嚙みしめてぷるぷると震え、お姉様に抱き付いてはしゃぐ。
「嬉しい、お姉様！ 大好きです！！ 飲んだら必ず私を一番に見てくださいね。それ惚れ薬なんです」
「ほ……惚れ薬！？」
劇薬を飲む覚悟をしていたのだろう、お姉様は吃驚して目を丸くする。
「元々お姉様が大好きだった私には大した効果がないようで、少し気分が高揚した程度でしたけどね……ふふふ、驚きました？」
私は笑いながら、お姉様から惚れ薬の小瓶を回収する。
「冗談です。お姉様は無理に飲まなくていいですよ」
「ジュリア、貴女は……」
「ずっと耐え続けてきたお姉様には、素敵な恋愛をして欲しいですから。お姉様のことは私が責任を持って幸せにしますからね」
お姉様と私は、闇深い侯爵家の籠の鳥だった。
義父に利用されるだけの駒であり、都合が悪くなれば消される存在。
権力と財力を手にするため、義父はお姉様のお母様と私の母を劇薬で消した。
お姉様はお母様達を毒殺したのが実父だと知り、仇である実父を憎んだ。
侯爵家の悪行の証拠を集め、劇薬の情報を流していたのもお姉様だったのだ。
確実に義父が断罪されるよう、私も根回しをしておいた。
今頃、数々の悪行が公にされ、義父は発狂している頃だろう。
間違いなく、義父は極刑になり、侯爵家は取り潰しになる。
「毒薬として検出されない劇薬を公にするため、お姉様は自ら飲むつもりだったのでしょう？ お姉様を止められて、本当に良かった……私をひとりぼっちにしないでください」
「ジュリア、ごめんなさい……貴方を、たくさん傷付けてしまったわ……」
お姉様のいない世界なんて想像したくもない。
お姉様が劇薬を飲むつもりだと気付いた時、怖ろしくて震えが止まらなかった。
思い出して私が微かに震えていると、お姉様は優しく抱擁してくれる。
「ジュリア、ごめんなさい……」
「お姉様が私や母との思い出を大切に思ってくれていることを知っています。厳しく見える躾も母代わりに立派に育てようとしての愛情だと分かっていました。それを虐めと勘違いした者が現れて……お姉様は悪役を演じ、私を庇護する者に託そうとしましたよね」
「ジュリア……貴女は全部知っていたのね……」
私は大好きなお姉様に満面の笑みを向けて言う。
「もうお姉様を縛るものは何もありません。ありのままのお姉様で、自由に好きなことをしていいのですよ。お姉様は何がしたいですか？ 隣国はお祭りが盛んだそうです。露店や屋台なども、楽しそうですよ――」
お姉様は瞳を潤ませて私を見つめ、少し拗ねたように呟く。
「ジュリア……わたくしだけじゃなく、貴女も幸せになってくれなきゃ、嫌よ」
そう言ってふんわりとはにかむ可憐なお姉様に、私の心臓は止まりそうになる。
「ぐふっ」
「！？」
思わず口元を手で押さえた私は、興奮のあまり鼻血を垂らしてしまう。
「きゃー！？ 大変、血が出ていますわ！ しっかりするのよ、ジュリア！ 傷は浅いわ！！」
（うぐうううう！ パニックになりながら、懸命に私を介抱しようとするお姉様が天使すぎるぅー！ 可愛いの究極進化！ 愛らしさが天元突破！！ せめて隣国に着くまでは、萌え死ぬな私！ 堪えるんだ私！ いやいや、やっぱ無理無理です！ お姉様の超越した可愛さに勝つだなんて、到底無理です完敗です降伏ですぅー！！）
出血多量で薄れていく意識の中、私はお姉様の腕の中で誓う。
新天地でも、清らからで美しく可愛いらしいお姉様には、きっとたくさんの有象無象が群がって大変だろう。それでも、必ず私がお姉様を幸せにしてみせます！
だって、惚れ薬を飲んだくらいじゃ何も変わらないほど、私のお姉様への愛は世界最強なんですから！！
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