斎月千早の受難なる日常6 厄災を喰らう神
プロローグ
漂着神。ソレは、海岸に打ち上げられたモノを神として祀った存在。
漂着神は、海の神様とは別の存在とされている。
漂着神で最も有名なのは、恵比寿様。
国産みの夫婦神・イザナギとイザナミの一子『蛭子』
だけど、夫婦神は子を、葦の船にのせて海に流した。
その子が流れ着いた地で、福の神『恵比寿様』として祀られた。
漂着神と恵比寿様は、同一視されている。
だけど、私は、七福神の恵比寿様と『蛭子』は、別の存在だと考えている。
時に、漂着神は『水死体』すら御神体となっていたとも伝えられている。
私が、探し求めているのは、古い信仰での漂着神。
日本は、島国。故に海の彼方には、別の世界があると思われていて、ソコから流れつくのだと考えていた。いわゆる、常世・神々の住まう世界から、漂着したのだと。
だから、海辺や離島には、漂着神の信仰が残っている。
その様な神様信仰は、古い信仰。現代に伝わる神道以前のモノ。
民俗信仰の中にある、神様。
民俗神であるが故に、人間との繋がりも深い。その様なモノを、探している。
今回は、漂着神についての調査。
海といえば、潮上島を思い出してしまうが、あの島は関係ない。
調査をするのは、太平洋に面した場所。昔は、陸の孤島みたいだった土地。
たまたま見ていた、旅番組で、その土地・渦辺銛町が紹介されていた。
それを見て「行かなければ、いけない」と思った。
いつもの直感。
それで、その土地の事を色々調べていると、波果神から頼み事をされたのだ。
波果神は、海の神。渦辺銛町の海神から「困ったコトがあるんだ」と、相談された。
神様がお互いに、情報交換をする事はある。
神様が「困りごと」と言うのは、余程の事なのだろう。
私は、調査を兼ねて、神様の言う「困りごと」も調べる事にした。
電車とバスを乗り継いで、渦辺銛町へ向かった。
エピソード1 厄災を喰らう神
渦辺銛町は、太平洋に面した小さな町。
道路が整備される以前は、陸の孤島みたいだった土地。
産業は、漁業と農業。早春には、菜の花畑・夏には海水浴などの観光地。
変化を望まず、静かな暮らしが出来る町として移住者を受け入れたりもしていた。
そんな町に、昔から伝わる漂着神の伝承。その祀られている神様が、他では聞かないような珍しい特性と信仰を持っていると知り、調査する事にした。
それと、波果神からのお願いでもあった。
波果神からは
「行けば解る。それしか言えぬ。」
と、頭を下げられてしまった。神様に頭を下げられてしまった以上、断るワケにはいかないし、渦辺銛町の海神が困っている原因を探らなければいけないし、解決できる事なら、しないといけない。
私は、カミやモノと人間を繋ぐコトをしたい。だから、神様から相談されるコトもある。
神様が頼み事をするというのは、余程のコトが起こっているのだ。
夏ならば、海水浴客で賑わっていただろうが、今は真冬だ。海から吹き付ける風は、冷たい。それでも、本州で一番始めに春が訪れる土地。
ホテルに、荷物を置く。客といえば、サーファーみたいな人が数人。ここは、穴場らしい。
何時もと同じように、町の神社を周り神様達に挨拶して廻る。
愛想は普通だけど、どの神様も何だか緊張感を漂わせていた。
目的の神社は、岬の先端にあり、その神社の奥宮が岬の下にある海蝕洞の中。
ー変わっているな。
そう思いながら、岬の神社に参拝する。
『外から来る厄災を喰う神』喰神。
喰神神社。社や山の中の道は、綺麗に整備され、掃除も行き届いている。
神社の方には、不在の様だった。
来た道を戻り、奥宮を目指す。
なんていうか、町全体が緊張感と苛立ちの様な気が漂っている感じがする。
奥宮は、海岸を通り岩場に橋を架けて行けるようにしていた。
太平洋からの波が打ち寄せる。波しぶきが、時折、散ってくる。
海蝕洞は、波によって形成された洞。中は、洞窟の様な感じだった。
薄暗く足元も悪いけど、ここも手入れが行き届いていて、注連縄や紙垂も定期的に取り替えられている。奥へと続く短い参道。数十メートル程の奥行き。
その奥に祠が安置されていた。もっと奥がありそうな気配だけど、岩に遮られて進めない。
海水は、奥まで入り込んでいて、打ち寄せている。
なんだか、変わった場所だ。
この様な場所は、滅多に無い。
伝承にある『外から来る厄災』は、太平洋から来る何らかの悪いモノやコトを指しているのだろうか?
ー厄災を喰うー
海沿いの他の町が、災害や疫病に見舞われても、この土地は平穏。
それだけ、喰神様の力が強いということか。
だけど、伝承には
『不作法者・無礼者の類は、必ず祟られる』
そんな神様らしい。
気配は無い。だけど、苛立ちというか、怒っている感じを受けるのは、どうしてだろう。
なんていうか、この町の神様達が皆、その様な感じ。
ー嫌な予感。
『困ったコト』とは、この町で何かが起ころうとしているのか、すでに起こっているのか。
土地の気の均衡は、悪くはない。むしろ、良い方だ。
私が調べたいのは、喰神様についてだ。
絶大な力を持っていて、外から来る『厄災』を喰らい、この土地を護っている。
初めて知った時は、漂着神の一種か海神系の様な神だと考えていた。
しかし、海の神様は単独で祀られているし、土地の神様は神様で祀られている。
他にも、一般的な神様が祀られているので、その神様達とは違う神様。
漂着神でも、無さそうだし。
何処から来て、何故、祀られるコトになったのか?
だから、気になった。
今のところ『依月』が関係していたのか、流浪の巫女が絡んでいるのかは、まだ解らない。
でも、波果神が「頼む」と言った以上、何処かで関係しているのかもしれない。
その理由を考えながら、町を歩いていると
[メガソーラー反対・守ろう、この土地を]
という張り紙が、町内会の掲示板に貼ってあった。
ーなるほど。ここも、その様な、矛盾した物の犠牲になるのか?
ここ数ヶ月、禁足地に無理矢理、メガソーラー施設を建設しようとした業者と、トラブルになった。禁足地に踏み込んでいて、祟られた。その後始末。
荒ぶる神を封じた土地に、手を出したのは、自分達の所業。
その件は、『脈』が絡んでいて、樹高さん達も関わる事になった。
それらの件が何度もあり、今回も絡んでくるのかと思うと、心底、溜息が出た。
メガソーラーの建設予定地が、喰神神社への参道がある山。つまり、神域。
喰神神社の奥宮は、あの山の下だ。
つまり、神域に、メガソーラーを建設するつもりだ。
だから、この土地の神様達は、妙な緊張感を滲ませているのか。
私は、太陽光発電には反対では無い。個人宅や工場の屋根を利用するのは、それで良いと思う。災害用とかの発電設備も、必要だし。
理解できないのは、自然保護やエコを謳って、自然破壊や景観破壊までして、メガソーラーを建設する事だ。山の木々を伐採して、斜面を削り整地。それが、自然破壊だし、豪雨災害などで、土砂崩れの原因。その上、景観も悪くなる。
木々の伐採は、自然破壊だ。自然保護・エコとは、反対で矛盾している。
もし、ここでメガソーラー建設が行われるのなら、喰神様が怒るだろう。
波果神は、その事を知って、私に言ったのだろうか?
住民は、反対している。この土地の神様達も反対している。
これは、建設を阻止しなければ、いけないということだろう。
少し、その辺りの事を調べる必要があるな。
考えると、やっぱり大きな溜息が出た。
この町には、神職がいない。だから、それぞれ町内会で神社を管理している。
以前は、代々、神職の家があったけれど跡継ぎがいない。
簡単な神事は、町内会でする。定期的な神事は、依頼して神職者に来てもらっていると。
お寺があるけど、そこには住職がいるし、跡継ぎもいる。
昔から続いている、いわゆる檀家寺。それとは別に、祈祷寺がある。
ここの祈祷寺は真言系の密教で、新米僧侶の修行場所らしい。
神職不在の土地で、祈祷・祓いが出来る僧侶がいるので、神事絡みの事で相談に行くという。神仏分離以前は、神社と寺は同一視されている部分もあった。
その祈祷寺に行けば、喰神神社に関する来歴などが解るかもしれない。
通りすがりの人に、聞いてみたら
「よく知らない」「解らない」といった返答ばかり。
声を掛けた人の一人が、祈祷寺なら何か知っているのではと、言っていた。
それと、「メガソーラー反対。喰神様が怒る。恐い」と漏らしていた。
メガソーラー建設は、私ではどうする事も出来ないが……。
すでに、計画は動いているようで、神様達の間だけでなく、住民の中にも、妙なほどの緊張感と畏れが漂っていた。
日本の神様は、荒御魂。喰神様が、荒御魂であるのは解る。でも、単なる荒御魂では無い。
ソコが、恐ろしく畏れるコトなのだろう。
神様達に、もう一度、話してみるか。祈祷寺も、気にはなるけど。
波果神、繋がりで、この土地の海の神様に話しを聞く。
漁港を見下ろせる高台に、海神神社がある。手入れは行き届いている。
信仰が生きている証。そういう神社は、神様と話しやすいけど、妙な緊張感はいったい。
波果神の紹介だとあってか、海神は、仕方が無いなと溜息を吐き話してくれた。
「喰神は、私達より昔から、この土地に存在している。荒ぶる神の中でも、最も荒ぶる神と云えよう。土地に暮らしていた人間が、喰神が『外から来る厄災を喰う』という性質を見出して、改めて神として祀った。ー厄災を喰らう神ーとして。人間達は、うまく喰神と付き合ってきた。お主なら、解っているだろうけど、荒御魂は荒ぶり祟る。喰神は、不礼や不法を激しく嫌っている。だから、今、町で騒がれている工事の件は、喰神にとっては、気に障るコトだろう。しかも、場所が喰神の領域だから余計にな。解るだろう? 我々では、抑えが効かないのだよ。喰神と話すのは、難しいだろう。工事が開始されれば、この土地は」
困り果てた口調で、海神は話した。
「ーところで、お主。この土地の歴史は調べたのか?」
「ええ。だけど、抜け落ちている様な部分があって。単に、記録を付けていなかったのか、あえて書かなかったのかは、判りませんが。気になっています」
「それならば、近隣の土地にある記録を調べてみるといい。この土地では、残せなかった記録が見つかるだろう。その上で、喰神と向かい合うのだな」
そう言い残して、海神は消えた。
ー抜け落ちた記録。それは、確かに気にはなっていた。
調べるなら、そちらを先にするべきか。それとも、メガソーラー工事関係者を調べるか。
考えながら、海神神社を後にして、町を歩く。
『メガソーラー反対。不要。土地を守ろう』
町の掲示板には、チラシが貼ってある。協力している商店にも、チラシが。
余程、建設が許せないのかな。それとも、やはり喰神を、畏れているからなのか。
おそらく後者。喰神様を、心底、畏れているのだろう。
抜け落ちた記録を、探そう。
渦辺銛町の図書館などには、町の記録・歴史には欠落部分がある。
戦火や災害で、失われたワケでは無さそうだ。
渦辺銛海神の言葉からすると、意図的な欠落だろう。
車で来ていないから、不便だけど、周辺の町の図書館などを回らないといけないな。
こればかりは、ネットだけでは出来ない。
渦辺銛町の東西隣の町と北側の町。東西隣の町には、南向きの山の斜面には、メガソーラーが並んでいる。これと言って反対は、無かったらしい。
渦辺銛町だけが、反対している。
欠落した記録と、喰神様。張り詰めた緊張感を漂わせる、反対。
無礼者や不作法者に対して、祟る。外から来る厄災を喰う。
それらが、何か関係しているのだろう。その原因と理由を、調べなければ。
町の図書館や郷土史館などにあった資料では、
『周辺の町が、台風などの災害に見舞われていても、ここは平気。南方の大地震による津波も、避けて行った。隣町に疫病が流行った時も、ここは平穏な暮らし。これも、喰神様のお陰。だが、ある時、喰神様に無礼をした若い漁師三人は、凪の海で彼らだけ、高波の直撃を受けて海に沈み、無惨な姿で浜に打ち上げられた。また、喰神様を信じない者が、なんとも言い難い粗相をワザとして、変死した。奥宮を観光地にしようとした、町の役人が原因不明の病で死亡。喰神様は、護ってくれる。だけど、喰神様の神域を穢したり、無理矢理に踏み込んだりするのは、怒りに触れる。また、無礼や不躾な行為も、喰神様を荒ぶらせる。古代より伝わる、荒ぶる神の一神だといえる』
これは、以前に調べていた事と変わらない。
欠落した記録。おそらく、ソレは。
町が、喰神様を荒ぶらせた。だから、記録されていない。出来ない状態だったのか。
残したく無かったのかは、判らないが。
渦辺銛海神が、言っていたコト。
無理矢理、建設を進めれば……。と、いうコトになるのだろう。
調べた結果、欠落している記録は、渦辺銛町に大禍が起こったから。
周囲からは、神様に護られている土地として、知られていただけあって、その記録は細かいモノだった。
要約すれば、全く逆のコトが降り掛かっていた。
津波や大風・疫病が、渦辺銛町を襲った。
ソレが、喰神様が荒ぶったコトによる祟りだという。
つまり、欠落した記録の時期に、誰かが、喰神様に無礼を働き、怒りをかったのだろう。
その原因と人物までは、調べても判明しなかったが。
ソレを考えれば、町の人が、喰神様を畏れて『反対』をしているの。
だとしたら、すでに喰神様は怒っている。
工事計画を立てた行政や、関係業者は、既に、喰神様の矛先が向いているのでは。
欠落した記録の様な厄災が、渦辺銛町を襲うのか? それとも、先に関係者に?
ホテルに戻り、その辺りの事を考える。
直接、喰神様と話しが出来れば良いのだけど。呼びかけても、応えてくれない。
渦辺銛海神を始めとした、この土地の神様達も、喰神様については触れたくないと言っている。喰神様が、どんな神様なのかを調べに来たのに。
またもや、メガソーラー系のトラブルに巻き込まれている。
だからといって、そのコトに対して何か手を貸すとかは無い。
神様達が、どうにかしてくれと言うのであれば、話しは違ってくるけど。
密教系の祈祷寺があるけど、そこに行けば、神社とは別の記録があるかもしれない。
私は、渦辺銛海神の話しや欠落した記録をまとめ、町の様子を観察しながら、祈祷寺へと向かった。話を聞く約束を取り付けてはいない、話が出来れば良しとしよう。
その祈祷寺は、某密教系の祈祷専門の寺。神社とは違った気配がある。
御本尊の気配だろうか、静観しているが、根を張り巡らせている感じがする。
寺の掲示板にも、反対のポスターが貼ってあった。
人の気配はする。
どういう風に話を持っていこうかと、考えていると、境内を門の方へ歩いて来ている人影があった。先に、声を掛けてきたのは、その人影の方だった。
「何か御用ですか?ーあれ、たしか」
その人は、体格の良い若い男性だった。ー何処か、見覚えのあるー
「秋葉教授の弟子、斎月さん。奇遇だな、どうかしたの?」
「え、寺さん? ここで何を?」
「あー、知り合いの寺で留守を預かっている。で、斎月さんは?」
社務所に案内され、私は経緯を話した。
「ふーん。そういうコトかよ」
寺さんは、苦虫を潰す様な顔をする。
「なにか、問題でも?」
「俺は、ただ留守番を依頼されたが。本命は、最近の町の異変についても調べる事なんだ」
「異変?」
「ああ。聞いた話だが―。まず、魚が殆ど捕れない。波が静かすぎる。凪でも無いのに、水面が静かだとか。鳥の囀りさえも、聞こえてこない。太陽光発電を造るとかで、下調べに『山』に入った作業員が行方不明。場所が場所だけに、町は捜索しない。細かいことまで入れると、かなりの件数になるが」
寺さんは、簡単に説明してくれた。
「で。斎月さんは?」
「私は、喰神様について調べに来たのだけど。喰神様が怒っているとかで、他の神様達も緊張していて話してくれないし」
寺さんは、以前、学会で会った人だ。私は、知らなかったのだけど、凄い霊感の持ち主で有名だとか。肝試しに行った廃ホテルで、浮遊霊を一掃したのは見たけど。
寺生まれで、生まれつき霊感が高くて、爺さん達と修行をしていたらしい。
「喰神様、ね。凄まじい祟り神らしいが。ああ、そうだ。御神体、見た?」
寺さんは、唐突に質問してきた。
「奥宮だという、海蝕洞のコト?」
「いや、その御神体はダミー。本物は、もっと奥にあるんだ」
意味深な笑みを浮かべて、寺さんは言った。
「喰神様の気配は、奥の方から感じたけど。でも、崩落したのか岩盤が壁みたいになって奥には行けそうにないけど?」
「行けるけど、条件があって。新月で大潮の干潮時にしか、奥には行けないんだ。海水が池みたいになっている処があるだろう、そこから奥に行ける洞窟があるとか。洞窟といっても、一人がなんとか通れる道しかないから、本当にあるかは、俺も知らない。出掛けている住職が、話してた」
海蝕洞の奥から、喰神様の強い気配を感じていたのは、そういうコトだったのか。
「で、わざわざ寺に来て、何を調べていたんだ?」
「とりあえず、寺さんの話しで補足は出来たけど。問題なのは、メガソーラー建設の事で、喰神様が荒ぶるのは間違いないから。建設関係に、どうすればいいかなと、考えていたところ」
こんな事を話しても、解決はしないのは、解っているが。
「ああ。でも、既に建設関係者は、山に立ち入っているみたいだし。行政の役人は、反対を押し切って進めている。個人じゃあ、どうすることも出来ないな。喰神が暴れたいなら、仕方ないって話しも出ているけど」
寺さんは、溜息混じりに言う。
「工事を止めないと。この土地に災い・厄災が」
「ソレは、俺には、どうするコトも出来ないな。半端なく強い神様に喧嘩を吹っ掛けたり、買ったりするほど、馬鹿じゃあないし。御本尊さんは、静観するつもりだからな。そのあたりは、他の神様達と同じ。強い権力があれば、ちっぽけな行政の役人に圧力を掛けられるけどな。知り合いにいないの? そういう人」
役人に圧力を掛けられる人。圧力になるのかは判らないけれど、思い当たる人ならいるが。
「その顔だと、心辺りが?」
私の顔を覗き込むように問う。
「知り合いに、護国の人がいる。その人は、表向きは公安関係者」
「公安って、斎月さんも、変わった人達と知り合いなんだな。公安って、関わりたくない。でも、護国なら、喰神様を知らない筈は無いから連絡してみれば」
寺さんに言われて、思い出したが。話しを聞いてくれるかは判らない。
寺さんは、暫く留守番住職をしているので、何かあったら来れば良いと言ってくれた。
私は、ホテルに戻って、樹高さん達に連絡を取るか考えていた。
すると、こちらの考えを察知したかのように、樹高さんからの着信が
「お久しぶりです」
「こちらこそ。秋葉教授から聞いたのですが、渦辺銛町に来ているのですか?」
「はい。珍しい神様を祀っているとかで。その神様を調べに来ているのです」
と、答える。
「喰神ですか?」
「そうですが」
ーなんで、知っているんだと、思った、
「その町、メガソーラー建設で揉めていて。住民は、反対しています。喰神様を畏れて反対しているし、町の神様達もピリピリしています。喰神様は、激しい荒御魂ですし。町の記録を考えると」
電話の向こうで黙り込む、樹高さん。何か、知っているのだろうか。
「ー外から来る厄災を喰う」
小さな呟きが、聞こえた。
「メガソーラーの件で、こちらも色々と手を回しています。とりあえず、風間を、向かわせるので、合流してください。詳細は、風間から聞いてください。斎月さんのコトですから、神様の相手は任せますが、くれぐれも先走らないでください」
意味深なコトを含ませて、樹高さんは、釘を刺した。
護国が動くのか。それだけのコトが、起こるかもしれないのか。
そう考えると、どっと嫌な汗が滲んだ。
ーヤバい、喰神様が。
住民が、メガソーラー建設に反対している。
住民にとって、ソレは『厄災』だとしたらー
自分でも、その考えに、ゾッとした。
エピソード2 ”外”からくる『厄災』
渦辺銛町の、メガソーラー建設について、私なりに調べて判った事がある。
周辺の町同様、南向きの山の斜面や耕作放棄地に、メガソーラーを建設するという。
同じ業者。他の町は、漁業や観光業だけでは収入が少ないということで、町を推しての建設で住民も賛成派が大半だった。だから、渦辺銛町にもという話になり、行政もとい町議の一部が計画を進めて、強引に議決したらしい。渦辺銛町の住民は、一段となって反対している。それを無視して計画は、進められた。完成予定は、春らしい。
住民の意見を無視して、進めるなどあっていいのか、と思う。
おそらく、業者と癒着している議員が大半なのだろう。
佐山の事を、思い出させる。
政治家が腐っていたら、とばっちりを受けるのは国民だ。
欠落した記録によると、集落の中でのトラブルによって、喰神が怒り荒ぶり祟った。
その結果、集落だけでなく町全体に、様々な厄災が襲った。
どの様なトラブルだったかは、詳しく残されていないけど、土地を侵すような事をしたのだろう。あるいは、住民の意思を無視した行いをして、喰神が怒ったのか。
それとも、喰神神社の奥宮にあるという、『本物の御神体』なるモノを穢した。
寺さんの話しだと、新月で大潮の干潮の時しか行けないというが、昔は普通に行けたのかもしれない。
『御神体=お宝』だと思い込み盗もうとした。
そんな感じだろうか? 厄災が起こった事だけの記録。
その原因までは、記されていない。
このまま、工事が開始されれば、間違いなく、喰神様の怒りに触れ荒ぶる神となる。
その時、どんな厄災が起こるのか解らない。
建設を推した議員や工事関係者が、祟られようが厄災に見舞われようが、それは自業自得だ。問題なのは、昔からの信仰を護り、工事に反対している住民に降り注ぐことだ。
答えが見つからないというのは、どう行動すればいいのかを、考えないといけない。
議員や工事業者への対応は、樹高さん達に任せるから、私は先走ってはいけない。
護国としてか公安としてかは、解らないけれど、なんらかの手を打つとは言っていた。
圧力をかけるのか、それとも強引に白紙にさせるのかは不明。
樹高さん達が動くということは、ここが、喰神様が重要な存在であるには違いない。
喰神神社のある岬から、海を見つめ、考える。
ーすべてを喰らう。
魂に突き刺さる様な囁きが、聞こえた。
止められない。そんな気がした。
流浪の巫女達は、この土地に来たことがあるのだろうか?
そのコトを探ってみるか。
ホテルの部屋で、自分の魂の中にある記憶を求め深く潜る。
古い古い日本の風景が浮かんでは消えていく。時代の流れで変わっていく、景色。
そのなかには、神様と人との繋がりや信仰があり、それを紡いでいる流浪の巫女達。
ソノ記憶を解きながら、喰神様を探す。
空と水平線が広がる。波の音。見覚えのある地形。
ーみつけた。
コレは、欠落した記録の出来事なのか?
荒ぶる存在に呼びかけている。ソレは、喰神様だ。
御神体を盗んだ罪人。取り戻した御神体を、海蝕洞の奥へ戻す。
御神体のカタチまでは、視えてこない。
視てはいけない、触れてはいけないモノだからなのか。
現代の海蝕洞より奥がある、今では奥へ行くには条件が必要。
封じたのか? それとも、自然に崩落したり地形が変わったのか。
流浪の巫女が、喰神様と接点があったコトは判った。
だけど、それだけ。喰神様との対話までは、探れなかった。
探れないように封じたのか、喰神様自身が閉ざしているのか。
対話は、難しいか。
だったら、成り行きを見守るしかない。
魂の記憶を探るのは、物凄く疲れるし消耗する。
住民は怯えている。土地の神様達は、張り詰めた緊張感を滲ましている。
建設を推し進めている連中は、どうしているのだろう?
そちらを、調べてみる必要があるけど、下手に関われない。
町を包む空気は、その人物達を捉えている。既に、ソノ報いを受け始めているのだろうか?
翌日になり、風間さんが来た。何故か、左京さんも一緒。で、護国の人なのか、それとも公安の人なのかが二人。
「お久しぶりです」
風間さんが、一例する。
「こちらこそ。ええと、そちらの方は?」
私が問うと
「その辺りのことは、ご想像にお任せします」
風間さんは、淡々と答えた。後ろに控えていた、二人の壮年男性は、私に会釈をすると、風間さんに何か耳打ちをしていた。
ふーん、なるほどね。
「左京さんは、どうして? 取材なの?」
「編集長に、千早ちゃんの様子を見てこいと言われてね。それにしても、ここの雰囲気、なんだかヤバくない?」
解る人には、解るほど、喰神様の怒りで『氣』は満ちてきているようだ。
ホテルの一室を借り、これからの事と今までの事を話す。
まず、メガソーラー建設の会社は色々と、やらかしている上、裏でも色々と問題を起こしている。その辺りを含めて、壮年の二人が来ているということ。
町の議員や職員とも癒着があること。
反対を無視して、計画を進めれるのは、その辺りの事があるから。
ー公安が動くような事をしているって、ことか。
「私達が恐れているのは、喰神が暴れるコトです」
と、風間さん。
「喰神が荒ぶれば、町は何らかの被害を被る。過去にあった様なコトが、再び起こる」
そこで、一旦言葉をきる。
「ここ、脈なんですか?」
左京さんが、問う。
ー脈? そんな感じは受けなかったけど。
「脈では、ありません。だけど、重要な土地です。なんと例えればいいか、壁あるいは要塞的な場所なのです。町の名前が、カベモリ。渦は禍を刺し、刺すのは銛という意味らしいです。あるいは、銛=守ということです」
「それは、つまり?」
私が、言おうとすると
「外洋、日本の外から来る、国を害するモノを防ぐ土地の、ひとつ。そういえば、解りますか?」
風間さんが問う。
「つまり、日本にとって、喰神様は重要な神様なのですか?」
それだけ、凄い神様なのか。
「ご推察の通り。荒ぶる神ー荒御魂であっても、その力は国を護ってくれる。だから、国のためにも、喰神には平穏でいて欲しい」
と、風間さんは、静かに答えた。
「だから、手段を選ばす、工事を潰す?」
左京さんが、言った。
風間さん達は、静かに頷いた。
「すでに、喰神の怒りを買った者達への制裁が始まっています。その者達が、片付いたなら、喰神を鎮めるコトをしてください。町の尻拭いは、私どもでしますので」
喰神様は、土地を踏み荒らそうとしている者への制裁を始めた。
ソレは止めない。結末を見届けるまで静観する。その後、色々と動くのコトだった。
結局、その様な手段しか無いと思うと、可哀想なのは、信仰しているのに巻き込まれてしまう人だろう。でも、仕方の無いコト。
まだ、よく解らないけれど、遠い昔、カミと人間のあいだで交わされた約束があり、その延長線に今の信仰があるのだろう。これは、一神教との違いだ。
多神教・自然崇拝・自然信仰によるモノだろう。
既に、喰神様は動いていた。
メガソーラー建設を、先陣きって進めようと強引な事をした議員。
その中心人物を、喰神様は矛先を向けた。
『外から来る』とは、なにも外洋から来るモノだけではないというコト。
この土地に暮らす住民に、とっての『厄災』に関わる事だ。
だから、メガソーラー建設は、排除されるべきモノ。
おそらく、ソレも喰神様の出した答えの一つだ。
喰神様の制裁について、風間さん達が、調べて聞かせてくれた。
開発の中心人物であるAは、喰神様の神域だと知りながら、あの山にメガソーラー建設を進めた。すぐにでも、祟りがあるだろうと、住民達は思っていた。
計画が発表されても、これと言って何も起こらなかった。
だけど、住民達は気づいていた。
喰神様が怒っている事に。
静けさをみせていた喰神様を、Aは嘲笑っていた。
だけど、Aの身内が変死や事故死をする事が続いていた。
A本人を除く、人間が。
もともと、漁師町だし、海での事故は月に一度はある。だから、気にしなかった。
いや、あえて気にしなかったのだろう。
「祟りなど知らん」と恐れていない感じだった。
だけど、計画が決まってから、一人ずつ一人ずつ命を落としていた。
親族達の中には、喰神様を信仰している者もいた。
だから、必死に懇願したりしていた。その人は、まだ存命だけど怯えて暮らしていると。
その様な事が建設に関わっている者を中心に、広がっていた。
海で命を落とし、無惨な姿で打ち上げられたり。山の調査に入った者が、転落死。これも、また無惨な姿。なんていうか、かつて、漂着神として祀られた姿と似ていた。
まあ、漂着神の姿は、水死体や原型を留めていない死体が多いのだけど。
なるほどな。と、思った。
一気に祟り殺すのではなく、ジワジワと本人を追い詰めているのだろうか?
だとしたら、佐山野神の時みたいな末路になるのだろうか。
話しを聞いていて、心底、溜息が出てしまった。
「どうするの、千早ちゃん?」
話しを聞いていた、左京さんに問われた。
「喰神様に任せるしか」
としか答えられなかった。
メガソーラー建設は、『外からくる厄災』
だから、『外から来る厄災を喰う』神・喰神様は、喰うべき『厄災』なのだ。
問題なのは、喰神様が町に与える影響だ。
ソレが、自然災害的なモノなのか、外界との隔絶みたいなコトを引き起こすのかは、解らない。今は、対話するコトさえ拒んでいるというか、無視。他の神様達も、腫れ物に触る様な感じだし。神様同士なのに「触らぬ神に祟りなし」的な印象を受ける。
波果神は、何を持って、ここへ向かわせたのだろうか?
「自分で視て決めろ」みたいな感じでも無かった。
渦辺銛の神様達は、平穏と安定を望んでいる。
ソレは、あの祈祷寺の御本尊様も、同じだった。
ー嵐の前の静けさー
で、無いコトを祈るしかないのか。
もっと、住民に話しを聞いて回った方が良いのかもしれない。
私は、左京さんに協力してもらって、喰神様と建設反対の話を集める事にした。
左京さんは、人と話すのが上手い。
どうすれば、そんなことが出来るのか、私には解らない。
寒風が吹くなか二人して、アポ無しで住民に話を聞いて回る。
胡散臭そうにされたが、邪険にはされなかった。
「メガソーラーの事を聞きたい」
と、左京さん。
その答えは、全て
「私達は、反対。大雨が降れば、山が崩れてまう」
だった。
私は、喰神様の事を聞きたかったが、喰神様を畏れている感が滲んでいる。
聞いたところで、答えてくれるのか?
「喰神様について、詳しく知っている方を知っていたら、教えてくれませんか?」
と、思い切って問う。
話を聞いていた、初老の女性は一瞬、顔をしかめて目をそらした。
「ーもう、いませんよ」
深い溜息を吐き、初老の女性は言った。
「工事計画が知らされて、彼女は、強く反対したんです。彼女の家は代々、喰神神社の管理をしていました。彼女には子供はなく、最後の神社守りでした。だから、喰神様の話を詳しく知る者は、他にはいません」
本当に、畏れるべき神様。畏れている故に、恐れているんだろう。
「いませんて、まさか?」
左京さんが、問う。
「彼女は殺されたんだ。反対運動の先頭に立っていたから」
涙混じりに、答えた。
「それは、何時?」
「計画が発表されたのが、昨年の秋。年末の頃に、何者かに……。」
そこまで話して、初老の女性は、涙をこぼした。
私と左京さんは、顔を見合わせる。
お互い内心ーまたかー。と思った。
そして
「この際です、聞いてもらいます。いいですか?」
「はい」
「メガソーラー建設だけでは無いんです。あいつらの目的は、この辺りの土地を全て買収して、タワーマンションを建てる事なんです。だから、町内一体となって反対をしているんです。そんなこと、許されるワケ無いでしょう? それを、喰神様が赦すとでも」
怒りに満ちている。
左京さんは、そんな女性を落ち着かせる。
「すいません、取り乱して。皆、知っているんですよ。喰神様が、暴れるって。だったら、喰神様に、私達にとっての『厄災』を喰らってもらおうと、話し合って決めたんです」
驚きの発言。いや、正論だろう。
住民の本音。
だから、この土地の神様達は、沈黙し成り行きを見ているのか。
御本尊様も、住民達の望み『建設反対』を叶えるために、静観しているのだろう。
『外から来る厄災を喰らう神』
つまり、そういうコトなのだ。
メガソーラー建設や強引な土地買収は、ここの住民達にとって『厄災』なのだ。
だから、『厄災』を喰らう喰神様は、住民達の望みを叶えるつもりらしい。
結果的に『欠落した記録』事件の様になったとしても。
「私達は、喰神様の沙汰を待ち受け入れる」
ソレが、住民たちの出した答えだった。
自分達の住む土地を護ってくれるのなら、それで良い。
悪徳な役人や業者が、それなりの罰を受ければと。
女性と別れて、私達は、喰神神社の奥宮がある海蝕洞へと向かった。
「凄い場所だね。自然の力って」
左京さんが、海蝕洞を眺めながら言う。
「さすが、神様の鎮座する場所だね。でも、なんだか、恐いんだけど? どういうことなのか、千早ちゃん、解る?」
海蝕洞の中は、初日に訪れた時にくらべ、喰神様の怒りが強く現れていた。
海から吹き付けてくる寒風にも、荒御魂特有の氣が含まれている。
「言葉が悪いけれど、ブチ切れている」
「うーん。私は、神様のコトは詳しくないから、どうすればいいかは、解らないけれど。あの人が言っていたように、喰神様に全て任せて良いのかは、解らないよ。何時もの様に、対話は出来ないの?」
「無理だよ。喰神様が応じてくれない。何時もなら、神様側の視点を視るコトが出来るけど。でも、喰神様は、住民達、信仰して心を寄せてくれている人間の想いには、応えたいと想っている感じは受けるけれど。昔の記録では、集落ひとつが滅んだとか。町の神様達も、静観しているし、滅ぼすまで暴れないように、呼びかけているけど」
私は、打ち寄せる波が砕けて、潮溜まりの様な場所を見つめる。
左京さんは、奥の方から太平洋を見つめる。
「始めは気付かなかったけれど、ここって、吹き溜まりだね。海から来る波と風に乗って、良いモノも悪いモノも集まってくる。混沌とした場所。喰神様が、祀られていなかったら、不安定な気が集まり、ソレが町に悪影響を与える様な感じがする。喰神様が、ソレを全て無効化していると、いった感じかしら」
と、言う。
『氣』を読むなら、左京さんの方が詳しい。
なるほど、それで『壁』なのか。
混沌としたモノ、それを含めて鎮座しているのが、喰神。
均衡を保つ要でもある。
だから、この土地は重要なのだろう。
「それより、この奥に何か感じるんだけど? ソレが喰神様自身?」
「昔は行けたらしいよ。でも、今は崩落で行けない。なんでも、大潮・新月・干潮が揃わないと、奥へ続く道が現れないとか言い伝えが。たぶん、奥には、御神体があると思う」
答えると、
「見ては、いけない。触れては、いけない。三猿の様な感じだね。ー寒い、戻らない?」
じっと奥を見つめていた、左京さんは、そう言って、海蝕洞を出て行く。
ーそういう、受け取り方も、あるのか。
それとも、私が『流浪の巫女』の末裔だから、なんともないのかは、解らない。
ただ、喰神様は動く。
『外から来た厄災』を喰い潰す為に。
古き信仰が、残っている。そういう土地の人々は、祀られている神様を、畏れ敬う。
それを無視して、土足で踏み込む様な事をすれば、信仰を寄せられている神様は、怒るだろうし、住民を守ろうとするだろう。
ここ、渦辺銛町は、その様な土地だったのだろう。
私が、知るべきコトや土地は、まだまだ存在している。
その全てを、巡るコトは出来ないかもしれないけど、少しでも廻るコトが出来ると良い。
ホテルの部屋に戻り、これまでの経緯を整理することにした。
何時の時代から、喰神様が祀られて信仰されていたかは、不明。
一番古い記録が、戦国時代前後。
周囲の集落が、台風や津波などの被害に悩んでいた。
この土地は、そのようなコトは起こらなかったと。
江戸時代の頃に何度か、喰神様の禁忌に触れたコトによって、集落が壊滅寸前までダメージを受けるような、災害や疫病が流行った。
その原因の一つが、魂の記憶で視た『御神体を盗んだ』というもの。
ソレを還しに行ったのが、流浪の巫女。
明治になると、海外との防衛線を造るとかで、手をつけようとしたら、軍隊に厄災が降り注いだ。ソレ以降、ここは、国の干渉すら受けない土地となった。
戦後になり、高度成長期。
その時も、喰神様を信仰し畏れている住民達と、開発業者が悶着あり、開発業者が突然廃業してしまう事が続いた。
『住民達にとって、不条理な開発は”厄災”』
と、いうことなのだろう。
それとも、軍や業者が、直接、喰神様の禁忌に触れたのが、原因なのかまでは判らないが。
今回の強行な開発に対し、喰神様が怒っているのは、住民の大半が知っている。
「開発を阻止出来るなら、喰神様の怒りを受け入れる覚悟」
古くからの信仰を護っている。その想いに、喰神様が応じる。
それが、在るべきカタチ。だけど、そこまで都合の良い神様ではない。
だから『覚悟』なのだろう。
喰神様の怒りが、災害で現れるのか、それとも別のカタチでなのかは、解らない。
でも、護国の情報では、すでに、Aは滅びる。
計画の中心人物であるAから、その関係者へと、広がっていっている。
佐山野神の時は、当時の市長を最後の最後まで追い詰めて、死ぬに死ねない苦しみを与え、元市長は、今もなお苦しみ続けているらしい。
自分では死ねない、死にたくても死ねない苦しみ。
精神の休まる事も無い苦しみの中に、いると、聞く。
安楽死とか、本人は望んでいても、言葉さえ出せない。
それだけ、佐山野神の怒りと憎しみを、その身に受けたのだ。
己の利益と欲望の為だけに、住民だけでなく、禁足地を踏み躙った結果。
反省も後悔も無い、物欲の塊。
ー救い様のない人間。
Aも、そのタイプの人間だとしたら、同じ様な結末になるのだろう。
波果神や渦辺守の神々が心配しながらも、静観しているのは、おそらく、喰神様が荒ぶった時、住民に降りかかるコトを最小限にしたいからなのでは?
だから、波果神は、私を向かわせた。
『行けば解る』
ソレは、佐山の様なコトを起こしたくないからなのか?
樹高さん達は、掴んでいて知っているのかもしれないが、他の関係者も、喰神様の怒りを受けているのだろう。その辺りの人物関係の話はしてくれないが。
探りを入れると、吐きそうになるのは、その為だろう。
Aや関係者に、関わってはいけない。
そちらに、探りを入れてはいけない、というコトだろう。
私は、神様と人間のあいだを取り持つ。神様の怒りに触れた人間は、別。
でも、その人が、心底反省していて、魂からの謝罪をするのであれば、例え、荒れ狂う神様相手でも、その仲を取り持つ覚悟はある。
ソレが感じられない以上、その様な人間に関わるのは、自分の考えに反していると思う。
ー私は、人間が嫌い。生きている人間は、苦手。
人の霊も、嫌いだ。死してなお、現世の物欲と利己的な事に執着しているのが、どうしても理解出来ないから。
寺さんの様に、キッパリとバッサリとはいかない。
割り切る事が出来ない事を理由にして、嫌いなのだろう。
溜息が出る。
利己的な人間ー。客観的にみれば、私もそうかもしれない。
お茶を淹れ、一息つく。
応えてくれるかは、解らないけれど、土地の神様達に話を聞こう。
そして、住民の行っていた事を伝えてみよう。
欠落していた土地の記録の様なコトが、再び起きないように、話す必要もあるし。
A以外の関係者について、どう思うかも聞いてみるか。
護国が、関わってくる以上、この土地と喰神様が重要だというコトも。
夕食の時、風間さんが、護国の立場について話してくれた。
明治維新。国家神道になり、廃仏毀釈が行われた。
そのことで、明治政府と対立した。護国としては、新政府のやり方に賛同出来ないと。
護国としては、日本に在るモノを護りたい。ソレが護れないと、国は衰弱すると。
当時の政府は、外国勢力から日本を守るということで、海沿いに防護要塞を建て始めた。
そこで、渦辺銛の海沿いにも要塞を建てようとし、そこで、住民達が強烈に反対。
政府としては、国家神道以外の神様は認めない。だから、無視して計画を進めた。
護国としては、渦辺銛は『喰神』の土地。で、迂闊に踏み込んではいけないので、政府を説得し計画を止めようとした。
その時、要塞を建設しようとしていた関係者の変死が続き、謎の発狂をする者もでた。
建設を手伝っていた住民にも、ソレは起こっていた。
ーこれは、欠落した記録。の、話しだろう。
その様なことが続き、政府はようやく、護国の話を聞き入れ計画を中止した。
物理的な防護の場所ではなく、日本に宿る『氣』や『力』という目には視えないモノで、国を護る場所として認識し、丁重に喰神を鎮めたという。
そして、護国と政府は和解して、共に日本を護っていくコトに。
護国は、古来からの方法で護り続けると。そして、政府は必要以上に護国に干渉しないコトを取り決めて、今に至ると。
護国は、古き良き日本を市井の人々の心に宿したり、取り戻させたりする。
そして、日本の護りである、杜や森林・山、里に川を、無謀で暴力的な開発から護るのも、新たな、現代の仕事だと話した。
近年、大陸半島の成金が、日本の土地を買い漁っているコトが危惧で、なんとか政府に手を打ってもらわないと、国が衰退し終わってしまうだろうと、一番の悩みであると。
話してくれた。
似て非なるモノ。
流浪の巫女・私は、カタチの無いモノを護る。だけど、権力は無いし政府へのコネも無い。
だけど、護国は財界にも政界にも、人材がいる。権力もある。
政治と少なからず、関係しているから、護国は権力を使って、護るべきモノを護れるのだ。
そう思うと、私のやり方では、護りきれないと思ってしまう。
護国が、国家神道や神社本庁のやり方に、納得していない部分があると言っていたのは、そういうコトだったのか。
護国は、国の為にカミやモノを利用し護る。
私は、カミやモノと共に在り続けられる道を探している。
根源は同じでも、手段が違う。
それでも、伴にあれば、日本をより良くし護って行けるのかな。
古き良き日本を。
異変は、突如として起こった。
季節外れの豪雨で、町と町を繋ぐ道路が崩れて通行不能となってしまった。
気象予報に、そんな異常気象が起こるとは出ていなかった。
ソレに、ソノ異変にすら気付けなかった。
「―喰神様が、暴れだした?」
左京さんが問う。
「いえ、なんていうか『力』を開放した。今までは、ほんの序の口だったと思う。しばらく前から起こっていた異変は、警告。でも、開発関係が一線を超えた。だから、Aを中心に祟りが起こった。それでも、喰神様は赦せなかった。だから、今まで溜め込んできた『厄災』を力にして、開放した。おそらく、これからが喰神様の復讐」
「それって、喰神様が自分で落ち着くまで、待たないといけないってこと?」
「その方が、鎮めやすい」
私は、淡々としか答えられなかった。
既に『私達』も、巻き込まれているのだから。
「そうは言っても。うーん。『氣』が乱れているレベルではないよ。自然界や人間の『氣』は別なモノだけど、その境界が崩れている感じがして。そういう時、大きな災害が起こる。
ソレが、喰神様によって起こされているってこと?」
珍しく、左京さんが戸惑っている。
「そういうこと。私達は、その中心にいる。おそらく見届人として」
私と左京さんが話していると、風間さんが来て
「完全な陸の孤島になってしまいました。今の所、人的被害は出ていないようですが。式神すら、自由にならないので詳しい事は把握してませんが。古くから住んでいる住民は、各家に閉じこもっていて、新しい住民は避難所に身を寄せています」
と、伝えた。
「式神すら使えないって、空間自体が閉ざされているのでは?」
左京さんが言う。
「みたいですね。町の中では、なんとか飛ばせますが。なにかを探らせるのは無理です。樹高さんには、現状を伝えたのですが、折り返しの連絡が来ない。携帯電話の電波でさえも、この町に封じ込まれているみたいです」
風間さんは言って、私を見た。
「喰神様の気が済むまで、待つしかないでしょう」
としか、言えなかった。
ホテルの中にいても、叩きつける風雨の音が聞こえる。
このホテルも避難場になっているので、おそらく避難してきた住人がいるのだろう。
ニュースでは、この町に警報が出ている事を報道していた。
町堺の崖崩れ現場の映像が映し出され、復旧には時間がかかると告げる。
「これは、喰神が鎮まったとしても、色々と面倒な事になりそうね」
左京さんは、溜息混じりに言う。
「世間一般は、こちらの様子は判らないでしょうね。携帯の電波が不安定だから、動画を送信出来ないから」
風間さんの言う通り、送信エラーになるし、電波アイコンが点滅していて圏外となったりを繰り返している。
「―喰神様を信仰している住民は、受け入れているけれど、でもそれは違うと思う。悪いのは、町の開発派と悪徳業者だもん」
と、左京さん。
「そっちは、そっちで報いを受けているはず。これは、見せしめ。追い込んで、その心と魂を見極めて祟る。恐らく、生殺しの様な結末に」
佐山野神を思い出す。
死ぬに死ねない、苦しみを元市長は受けたのだ。
「物理的・政治的な、後始末は護国が行いますから。喰神の気が治まったら、そちらを任せますのでお願いします」
風間さんは言って、部屋を出る。
ここまでの現象は、樹高さん達も予測できなかったのだろう。
風間さんの、ここでの立場は表向き、行政と業者に掛け合う反対派の代表。
これから、役場や業者の事務所に向かうつもりなのか。
相手の出方では、このまま『閉じられた』町に、暴風豪雨と激しい高波が打ち続ける事になるかもしれない。
喰神様は、まったく応じるつもりはない。それは、この土地の神様達も同じ。
―静観。
そうとしか、応えてはくれない。
今は、成り行きを見届けるしかなかった。
町からの情報だと、海沿いは軒並み浸水。高潮と言っていいのか、波の影響が大きいと。
まるで、台風直撃みたいだ。新しいホテルだけど、風の音が部屋の中に響いている。
これが、喰神様が起こしている現象。それなら、嵐の何処かに、喰神様がいるのでは?
それとも、嵐そのモノが喰神様?
避難している住民が増えたのか、ホテルが騒がしい。
―怯え・恐怖・戸惑い。その様な感情の中に、喰神様への『畏怖』があった。
状況を見に行っていた、左京さんが部屋に戻って来た。
「ここに避難しているのは、反対派が多いみたい。賛成派もいるけど、その人達に『喰神様』を怒らせたからだと、詰め寄っていたよ。避難場所だから、大勢集まるのは分かるけれど、なんだか『氣』が乱れているというか、色々と、やりにくくなった。千早ちゃんは、解る?」
「やりにくい。邪魔って言ったら悪いけれど、人間が多いと、目当てのモノを探りにくい。特に、人間同士のつまらない言い合いがあったら、尚更」
通りで、どっと人間の思考が入って来たのか。仕方がないとはいえ。
「喰神神社は、避難している人いるのかな」
左京さんが、言った。
「いないと思う。いるとしたら、避難ではなく、祈りに行っているのだと思う。反対派の中でも、喰神様の意思に従う人が。ソレに、喰神神社に行ったとしても、喰神様とは接触出来ない」
「何処も、ダメってコト? 喰神様と接触出来ないと、このままでは」
左京さんは、窓の外を見つめる。
暴風雨は、激しくなる一方。台風とは、比較出来ない。
左京さんは、私より『氣』が読める。
「他の神様も、呼びかけに応じてくれない。ソレは、ここへ来るように言った、波果神も同じ。中の良い神様ですら、この件には関わりたくないと。すべて『人間』が行った事の結果だと、突き放された」
溜息が出てしまう。神様に呼びかけるのは、それなりに『気力』を使う。その神様が、荒ぶる神なら、消耗は激しい。
左京さんの、意味深な言葉が気になるが……。
「千早ちゃんには、無理強いさせているけど。喰神様は、次の行動に移るよ」
「どういうこと? 左京さん、喰神様と話せた?」
「違うよ。でも、この土地の『氣』を読んでいると、地面がざわめいている。雨のせいで地盤が緩むのは、物理的にそうなんだけど。地面―土地自体が、ざわめいているの、なんだろう嫌な感じ」
「それって、地震の前に感じる様な、ザワッとする感じ?」
―どくん。ドクン―
確かに、そんな感じがする。避難してきている人達の思念では無い。
「そう、地震。地震が来るなぁって、時の。―地震が起こる。そんな感じ」
私達は、一瞬沈黙する。
「阻止は出来ない、みたいだね」
「仕方がないよ。もう、そのつもりだし。他の神様は、人的被害が最小限になるようには、するって言ってくれたけれど。それは、土地の人間との『約束』。だから、反対派の人達は『護る』ということみたいだけど。ソレは確約されてはいない」
「知らせた方がいいのかな。風間さんとかに」
「多分、もう気が付いていると思うし。初めから予測はしていたのでは。護国だし。私達より、『裏』事情に詳しい。すぐにでも、災害派遣が出来るように準備しているはず。ただ、道路が断たれるのは、予測出来なかった」
「そう、か。なんだか無力」
左京さんは、大きな溜息を吐いた。
「ああ、来た」
私は、無意識に身構えた。左京さんも同じく。
ナニかが地の底から、飛び出すような衝撃がした。ソレは何度も繰り返す。
怒りを抑えきれない、怒りのまま暴れまわる。怒りの原因となったモノを、ぶっ壊したい。
そんな感じだった。
無言で、左京さんと見つめ合う。
その瞬間だった―
突き上げる感じがしたと思ったら、部屋が、建物が激しく揺れた。
地震。かなりの揺れ。その揺れと共に、例えようのない怒りを感じる。
スマホの、地震アラートは鳴らない。
埃が散り、電気が消えた。部屋の外から、避難してきている人達の、悲鳴が響いている。
地震アラートが鳴らないのは、人智を超えたモノだからだろう。
スマホは、完全に圏外。
数分は、揺れていたと思う。
揺れが収まった時、喰神様の怒りが少し落ち着いた感じがした。
でも、コレで終わるとは思えない。
その地震現象から、数時間。町は、緊急車両の音や広報車のアナウンスが響いていた。
暴風は、いつの間にか、凍てつく吹雪に。打ち寄せる波は、更に強くなる。
津波の様な現象が、起こらない事を祈るばかり。
『神様の怒りに触れ、天変地異が起こった』
昔話に出てくるフレーズが、浮かぶ。
ここで起こっていることは、おそらく科学的に答えの出せないモノだ。
樹高さん達が、そこを情報操作するのだろう。
―目的は同じ。でも、手段が違う。私個人では、処理できない出来事を片付ける。
初めは、疑心があったけど、協力出来る相手。
これからどうするか、左京さんと話していたら、風間さんが戻ってきた。
「町の被害ですが、半々なところです」
と。
「反対派と賛成派で、被害が違うって事?」
左京さんが、問う。
「簡単に言えば、です。古くから住んでいる住民の中で、喰神を信仰していて、工事に反対している家の被害は少なく、比較的新しく暮らしていて賛成派の住民のダメージは大きい。そして、計画に加担していた住民は―」
溜息混じりに、風間さんは答えた。
「予想通りってところね」
左京さんも、溜息。
どうやら、喰神様は、相手を選んでいる。
まあ、あたりまえか。
「これで、終わりだと想いますか?」
風間さんは、私に問う。
私に言われても、答えようがないけれど、
「喰神様の怒りが、少し和らいだ感じがするけれど。計画賛成に勢力的だった人達を、徹底的に潰すという意思は、まだ残っている。可能性としては、計画地である、喰神神社に続く参道がある山を、山そのものを、無くすかもしれない」
ふと、喰神様の矛先が、その場所に向いているのが浮かんだ。
「―やはり、そうなりますか。仕方がありませんね。麓の住民を避難させるべきですね」
「え、風間さん、一人で?」
左京さんが、驚いて問う。
「大丈夫です。残務処理の為に、数人ですが護国の者がいます。道が塞がる前に到着出来て、良かったです。こちらの見立てでは”敢えて”、そうなったのだと思います」
答えるとまた、風間さんは部屋を出ていく。
「千早ちゃん、これからどうする?」
「計画地である『山』を喰神様が崩したら、一応、落ち着くと思う。そこで、私から喰神様にコンタクトをしてみる。応じてくれたなら、いいのだけど」
「結局、そうなるのね」
左京さんは、溜息を吐き
「編集長は、記事にすると言っているから、原稿を書かないといけないなー」
と、言った。
この様な事が起こったのは、神様の怒りに触れたから。
無意味で無謀な開発は、時に神様の怒りを買い、そういう結末になる。
ソノ事を伝える意味でも、記事は必要だと思う。
本物しか扱わない。ソレは、伝える意味もあるのだと、左京さんの言葉を聞いて思った。
暴風雨からの吹雪。その夜が明けた。
被害状況が明らかになる。町の南側は、半壊した家屋が目立つ。
そして―
予想通り、参道から南側斜面は崩れてしまった。
麓の民家が巻き込まれたが、幸い怪我人はいなかった。
昔から、この土地に住んでいて、喰神様を信仰していた人達の家。
その『覚悟』を、喰神様が汲み取ったのだろう。
『外から来る厄災』から、町を護る。
荒御魂だから、そういう手段になってしまうのは仕方が無い。
おそらく、喰神様が「追い払ってくれた」と、信仰している人は思うのだろう。
―喰神様に、お任せする。どんな結末になっても―
と、言っていたのを思い出す。
町の事は、護国の人達に任せればいい。
私は、喰神様と対話をしないといけない。
左京さんとは別行動で、ひとまず町を見て回ることにした。
町の北にある山。喰神神社への参道がある。山の中の参道を境に、南斜面が崩落していた。麓の住宅数棟が、土砂に埋まって半壊している。
家が壊れただけで、住人には怪我は無く、むしろ海側と山との真ん中にある住宅地の、被害が酷かった。その地区は、新しく移住してきた人や、賛成派が多かった。おそらく一度も、町の神社に参拝した事は無かったのだろう。
だから、喰神様の怒りを受けた。他の神様から、護られる事が無かったから、被害は大きかった。ソレは、フツウの人からすれば『不可解』なことだろう。
でも、事実、その様なコトは、存在するのだから。
雪が積もっている。大雪だ。でも、今は、風も海も凪いでいて、日が射している。
町の神社を廻って、この出来事について、神様達に意見を聞いた。
『当然の結果。でも、土地そのものが消えなくて、良かった』
どの神様も、そういう『答え』だった。
『この土地を守ろうとした人間を、喰神は避けて暴れた。己を信じてくれる人間とは、良い関係を保ちたいと思っていたのだろう』
と。
―今なら、喰神様は応えてくれるのだろうか?
私は、喰神神社の奥宮である海蝕洞へ向かう。
町の中は、雪と凍った道で歩きにくい。それでも、奥宮へ向かわないといけない。
なんとか、海岸沿いの参道に辿り着く。
通ってきた町の中は、やはり被害が別れていた。
反対派が賛成派で、その被害を受ける割合が違っていたのかもしれない。
喰神様が、判別した。
少なくても、私は思う。
奥宮へ続く小さな歩道は、半壊していて足場を確保するのが大変だった。
海蝕洞へ入ると、先客がいた。
「寺さん?」
彼が、ここにいる事に驚いた。
「ああ。斎月さん。大変だったな」
苦笑いを浮かべて、寺さんは言った。
「大変なのは、町の人達だよ。私は、どうするコトも出来なかった。ただの傍観者」
正直、そう思う。
「まあ。そうだよな。寺に避難してきた老人達は、御本尊さんに喰神の怒りが鎮まりますように、ひたすら祈っていた。中には、この『災害』を受け入れると話している人もいた。一夜明けて、この状況。その人達は、ホッとしたように胸を撫で下ろしていたんだよな。
『喰神様の怒りが、鎮まってくれた』って」
そう言って、奥宮の祭壇に、日本酒の一升瓶を供えた。他にも色々と。
「爺さん婆さん達が、奥宮へ参りたいと言っていたけど、足元が悪いから、代わりに俺が来た。喰神の様子も、知りたかったし。御本尊さんも、見てこいって。―まあ、大丈夫だな」
寺さんは、気配を伺うように、例の潮溜まりを視ていた。
確かに、そのずっと奥には、喰神様の気配があった。
攻撃的でも拒絶的でもない。ソコにただ、鎮座している。
「じゃ、俺はこれで。檀家さんの家も、とばっちりを受けているから、片付けを手伝う約束をしている。喰神と、ちゃんと話をつけてくれよな」
そう言って、寺さんは、飄々と立ち去っていった。
一人になると、喰神様の気配を強く感じる。
でも、呼びかけても応えてはくれないかもしれない。そう考えていると
『我は、この土地を護るべき存在となっているが、護るとは限らない。我を、信じる人間は護ろうと思うが。我のやり方でしか、ソレは出来ない。故に、排除する術しかない』
喰神様の声がした。
『かつて流浪の巫女が、不届き者に盗まれた、我の依代を取り戻した。そして、我を鎮めた。それだけ。むしろ、この土地の人間によって、”外から来る厄災”を防ぐ様に何度も言われ願われ、我は何時しか”厄災を喰らう”存在になった。だが、もとより荒ぶるモノ。結果的に、そのような結末を招いてしまう。でも、我を頼り信じる人間がいるから、我は護る。我のやり方で』
一方的な話。私が、その話に答える間も無く、喰神様は沈黙した。
奥宮―海蝕洞の奥深くで、眠りについたようだ。
結局、波果神が、この土地へと言った答えは解らないままだ。
答えがあるとしたら、『神様と共に滅ぶ』という考え方だろうか?
あの老婆が言っていた事もまた、『カミとモノと人』との関係の一つなのかもしれない。
エピローグ
喰神様が鎮まった事で、閉ざされていた空間が開き、渦辺銛町の様子が外部へ伝えられ、救助作業や復旧作業が始まる。
被害からして、大掛かりな作業が必要。消防や警察、自衛隊の災害派遣が来る。
昼前には作業が始まったから、おそらくは事前に準備させておいたのだろう。
風間さんが部下を連れてきたのは、その為だったのだろうか。
この『災害』は、SNSで騒ぎになりそうなコトだったけど、樹高さん達の情報操作でもあったのか、思ったより騒ぎにはならなかった。
渦辺銛町だけが、被害を受けた。そのことが、『不可解』というだけで。
「ゲリラ豪雨の様な、局地的な現象」と、強引に結論付けた。
山の斜面が崩れたのは、開発業務が、無理な地質調査をしたためとされた。
実際、どこまで手をつけていたのかは知らないが、同じ現場には何度か遭遇している。
喰神様の『祟り』を、現代科学で説明するのは不可能だし、『祟り』だと報道する事はできない。住人のコメントとして『祟り』という言葉を使ったとしても、それはあくまでも、住人のコメントでしかない。
古の時代なら『喰神様の祟り』で納得出来ただろう。
でも、現代では無理だ。『祟り』による『災害』であっても、科学的で物理的な『答え』が必要なのだから。信仰している者からすれば、『祟り・障り』だとしても、そうでない者からすれば、原因あっての『災害』となる。
昔話にある祟りに関する話でさえ、科学的に説明出来るのだから。
日本は、災害が多い。
だから、あえて『祟り・障り』と表現していたのかもしれないが、ソレは『神様』を信じているから、そういう言葉を使った。少なくても、そう思いたい。
私は、波果神に理由を聞いた。
「荒ぶる神が怒りに満ちていると、噂になっていたのだ。それで、現地で噂を確かめてもらいたかった。どう対処するかは、千早に任せたかった。そして、お主がナニか『答え』を見つけられた、良いかと思ってな」
波果神は、少し気まずそうに言った。
「はじめから、解っていたのですか?」
「仲間うちの噂話だったからな。断言は出来なかった。ただ気になってしまってな。千早が調査に行くという話を聞いていたから」
神様同士のネットワーク。そこに、私は立入れない。
私は人間だから。対話できる神様から、話を聴くしか出来ない。
「それにしても、最近は暴走して先走る事が減ってきたな。少しは成長できたようだな」
「ははは。周りの人達が、止めてくれるお陰で。ありがたいけど、やっぱり納得できないこともあるよ」
本当は、工事の首謀者に文句の一つでも言ってやりたかった。
そうしたことで、そいつらが計画を止めるとは限らないし、反省する事も無い。
だから、喰神様に任せるコトにしたのだ。
教授達や樹高さん達に止められたとしても、私自身が赦せないコトだとしたら、突っ切る。
そして、文句の一つや二つを言うだろう。
そうする前に、当事者となる神様が動くなら、そちらを立てよう。
私は、『カミとモノと人間』を繋げたい。
ソレは変わらない。