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獣以上、人間以下  作者: 盆ジョリオ
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不変の足音 3

 意識のある三人もラセツの存在を認識すると、叫び声をあげる。


「うわあああああ、来るなああ!」

「な、なんで、今までラセツがここに来たことなんてなかったのに」


 後輩は無意味とわかっていながらも叫び、ラセツに対し泣きながら威嚇している。

 チャラ男は今起こっている出来事を飲み込めていない。

 そんな二人をよそに、眼鏡は落ち着くために深呼吸する。


「ARSFに連絡しないと」


 眼鏡は状況を冷静に把握し、ラセツに遭遇した場合のマニュアル通りARSFに連絡しようとする。


 しかし、それを遮るようにチャラ男が大きな声を出し、混乱させる。


「もう遅いって!ARSFが着いたところでもう俺らは死んでるって!」


 チャラ男は恐怖からかこの状況を冷静に理解することを放棄し、何にも聞く耳を持たない。

 

 ただこの状況を嘆き、当たり散らしている。


「こんなやつに関わるんじゃなかった。こんないかれた野郎なんて放っておいてあの女を抱いてればこんなことにはならなかったのによ!」


 チャラ男は自分が今まで、そしてこれからやろうとした事ことなどは微塵も後悔している様子ではなく、ただ御縁優に関わってしまったことだけを悔いている。


「くそっ、なんで、なんでこんなことに」


 チャラ男の投げやりな姿を見て眼鏡の表情も曇り始める。

 お互いの恐怖が伝わっていき、三人はとても冷静な様子ではない。


「もう家に帰りたい。なんでこんなことになったんだろう」


 泣きじゃくり、いら立ちを発散させるように地面を殴る者、あきらめ放心状態な者、現実を受け入れられない者がおり、この場は混沌としている。


 優はそんな様子の三人を見ていると先程のどす黒い感情が上書きされ、憐れんでしまう。


 もし足が万全な状態であったら今すぐにでも逃げ出していたのだろうか。

 眼鏡が一人で逃げ出さないのは仲間を思い、見捨てられないからだろうか。

 屑の集まりでも仲間思いの所はあるんだな。


 ・・・くそっ、なんで俺がこんな奴らに引け目を感じなきゃいけないんだよ。

 元はと言えばこいつらが悪いだろ。

 そうだ、こいつらが悪い。

 あの女性に酷いことをしようとしたんだ。

 これはその報いだ、何も気にする必要はない。

 俺はこいつらを囮にして一人で逃げよう。

 こいつらを置き去りにし、囮にして逃げることの罪悪感は残るだろうがそんなのは一時だ。


 優は必死に自分を納得させ、男たちを見捨てて逃げようと決心した時、またあの人の言葉が頭に響く。


「困っている人がいたら助けてやんな。そしたら少しは変われる」


 くそっ!ふざけんな。助ける対象は間違いなくこいつらじゃない。

 こいつらは女性を襲っていたんだぞ。

 それにこいつらの手際から確実に初犯じゃない。

 何回も女性を襲っていたに違いない。

 そんなのは因果応報だろ。


 関係ない。俺には関係ない。


 自分に言い聞かせながらも、視界には泣きじゃくり、助けを求める三人の様子が映る。


 ちくしょう、一体何なんだよ。


 もう自分の中の感情がぐちゃぐちゃで良く分からない。

 自分を多重人格者か何かではないかと疑いたくなるくらい、さっきまでこいつらを殴っていた時の俺とはまるで別人だ。


「おい、お前ら俺が時間稼いでやるからさっさとそこの屑

連れて逃げろ」


 俺は一時の罪悪感だけで行動するつもりなのか。

 この行動は合理的なのだろうか。わからない。

 

 助けずに逃げる。

 助けて死ぬかもしれない。

 どっちの道を選択したとしても後悔するのだろう。

 だったらせめて俺は自分が変われる選択をしたい。

 

 俺は変わりたい。人間に近づきたい。


「そんなこと言われたってお前に折られた足のせいでまともに歩けねぇんだよ!」


 当然のようにチャラ男が優のせいで歩けないことを主張する。しかし、そんなことは今の状況では関係ない。


 今の状況は生きるか、死ぬかの生命として大事な分岐点であり、それ以外のことは考える必要はない。


 逃げることが出来なかったら死ぬ。それだけのことだ。


「じゃあここで死ぬか。死ぬのが嫌なら痛くても逃げろや!」


 自分でも驚くくらい大きな声が出た。

 そんな俺の声に驚き、先ほどまでラセツの恐怖から慌てふためいたいた三人は恐怖が上書きされるように黙った。


「なんならお前らが食われているうちに俺が一人で逃げてもいいんだぜ」


 間があったが、冷静さを取り戻した眼鏡が頷き、翔馬のもとに駆け寄る。


「お、おい、こいつを信じてもいいのかよ、こいつは俺らを囮にして一人で逃げるつもりに違いない」

「・・・どのみち何もしなければこのまま俺たちも死ぬんだ。だったら痛みに耐え、信じて生き残る可能性に賭けたほうがいい」


 眼鏡は冷静に言い返し、今自分たちが生き残るにはどうするべきなのかを考え、決断した。


「一応言っておくが、今日の出来事を誰かに言ったらどうなるか理解してるよな」


 ただの脅しで、通報されないほうが都合が良いため、忠告しておいた。だから例え男達が通報しようが何かする気はなかった。

 

 眼鏡は優の真意は分からなかったが、優の目をみて頷くと翔馬を背負い、ラセツが来た道ではない方から逃げる。


「ま、待ってください」


 眼鏡に続くように一番足の状態が悪いであろう後輩の男も足の痛みに耐え、片足で必死に逃げ始める。

 必死に壁に手を当て、一歩動くだけで顔をしかめているがその足取りは速い。


 よかった。あいつの足の状態が一番悪いから逃げられるのかと心配していたがあの調子なら大丈夫そうだ。


「ちくしょう、いてぇよ。なんなんだよ。お、俺だって痛くても必死に逃げてやるよ」


 そう言い放ち、チャラ男は痛みに顔を歪ませながら二人の後に続く。


 当然、ラセツがこのまま見逃してくれるはずもなく、逃げ出した男たちを追い駆けていく。


「本当に馬鹿だな、俺は」

 

 優は自分自身がしている事を自分で馬鹿にする。


 でも仕方がない。

 命を懸けてでも自分は変わりたい。変えたい。

 

 こんなどうしようもない自分が少しでも変えることができるのなら行動したほうがいい。

 

 今までもっと他に行動すべきことがあったことは分かっている。

 人から拒絶されることを恐れず、勇気を出して積極的に人と関わるべきだった。

 こんな化け物の相手をする勇気があるのなら話しかけることなんて出来たはずなのに。


 改めて自分でもおかしな行動をしていることが分かり、自虐の笑みがこぼれる。


 って何諦めようとしてるんだ。

 ラセツとはいえ、警戒レベル二地区に出てくるレベルだ。

 もしかしたら何とかなるかもしれない。


 そんな希望的観測を考えながら鉄パイプを右手に携え、男たちとラセツ間に入り込み、前に出る。


「お前なんてただの化け物だろ。人間様に逆らうんじゃねぇよ」


 そんな強がりを言って自分を振るい立たせる。


 あいつらが逃げる時間さえ稼げばいい。

 だから致命傷は絶対に食らってはいけない。

 こちらからは仕掛けず、耐えろ。

 そしたらあいつらが助けを呼んでいるかもしれない。

 まだ生存をあきらめるな。


 優が待ち構え、何もしないとラセツの方から仕掛けてくる。

 

 ラセツは発達した脚を活かし、瞬く間に優との距離を詰めると、強靭な右足で顔を目掛け蹴りつける。

 

 優は咄嗟にその蹴りを左腕でガードするが体ごと蹴られた方向に押し込まれ、凄まじい痛みがやってくる。

 

 左腕は腫れ上がり、確実に骨は折れている。

 

 ラセツは自身の攻撃がガードされると、すかさず距離をとるために後方に下がる。


 な、なんつー蹴りだ。

 左腕が滅茶苦茶痛い。

 たった一撃で足がふらつくし、吐きそうなほど気分が悪い。

 今にでも逃げ出したくなる。

 だけど、ここで逃げたらもう二度と変われる事ができない気がする。

 気合いだ。気合いを入れろ。


 優は少し涙ぐみながら必死に自分を奮い立たせる。

 自分が選択した道を後悔しないように、自信を持ってラセツに相対する。


 大丈夫だ。決して体を浮かさずに冷静に一つ一つの攻撃に対処すればいい。

 幸いこいつは慎重なやつだ。

 攻撃を連続させるのではなく、様子を見るために一度下がった。これなら思ったより、時間を稼ぐことが出来る。



 優が次の攻撃に備えると、ラセツがもう一度同じように素早く距離を詰め、今度は左足で蹴りつける。

 

 優はその蹴りに対し、後方に下がることで紙一重で回避し、冷静に後ろに下がる。


 ラセツも攻撃した後、再び後方に下がる。


 危なかったが今度は蹴りに反応して避けることが出来た。この調子ならいける。


 だけど、想像以上に息が上がるのが早い。

 あの化け物の行動で俺の命が終わる。そう考えると息も上がるし、体力を奪われる。


 ラセツは三度、同じように一瞬で距離を詰め、優の左脇腹に向かい、一撃目と同じ右足で攻撃する。


 やっぱりこいつ賢い。

 頭に対する攻撃を避けられたら次は胴体を狙ってきた。

 避けるのは難しい。仕方がない左腕くらいくれてやるよ。


 優は腹をくくり、体を吹き飛ばされないように足にぐっと力を入れ、もう一度左腕でガードすると「ぐちゃり」と肉が押しつぶされるような音がする。

 

 体が蹴りの威力によってよじれ、蹴りの衝撃が胸にまで伝わり、吐血する。


 めちゃくちゃいてぇ。

 けどただじゃ左腕はやらねぇぞ、この糞野郎。


 優は痛みを堪えながら右手に持っていた鉄パイプを全力でラセツの左脚に向かって振り抜く。


 その攻撃は見事に当たり、先程の翔馬が味わったように自分の体重が乗っている左脚にダメージを負ったため、ラセツはその場で膝を地面に着ける。


 しかし、優の方が明らかに深いダメージを負っている。

 左腕は未来永劫使うことが出来ないと思うほどの見た目をしており、腕を動かす事さえできない。

 加えて、ラセツの脚のあまりの硬さに衝撃で右手が痺れる。

 

 こいつの脚、まるで鉄骨みたいに硬い。

 だけど、不思議と左腕の痛みはあまり痛みは感じなくなってきた。

 アドレナリンってやつなのか?よく分からないが痛みがないのは好都合だ。

 それにこいつの様子を見るに攻撃は効いてるみたいだ。

 この糞野郎の脚にもう一度ダメージを与えることが出来たら大分動きは鈍くなるだろう。

 

 この戦い、俺の勝ちだ。


「ガアアアアアアアア」


 優が無意識のうちに笑みを浮かべるとラセツが立ち上がり、突然高い叫び声をあげる。

 叫び終わるとラセツはその場に立ち尽くし、動かない。


「な、なんだ」

 

 優が意味の分からないラセツの行動に思わず一歩後ずさりした瞬間、ラセツは脚を負傷しているのにも関わらず、距離を詰め、左脚で蹴りを繰り出す。


 優は下がった瞬間であり体重が後ろにあったため回避することができない状態であったが、冷静に右手でガードする。


 単調なやつだ。いくら不意を突こうと同じ攻撃なら慣れてくる。

 もう一度お前の脚にカウンターで蹴りを食らわせてやる。

 それで終わりだ。


 しかし、そんな優の考えは間違っていた。


 ガードをしたはずの右腕から痛みはせず、なぜか胸から痛みがすると体が宙に舞う。


「がはっ!」


 優は自分の身に起こったことが理解できず、体は三メートルほど後方に飛ばされ、受け身が取れずに無防備に地面に落下する。


 息ができない。

 苦しい。

 痛くて最悪な気分だ。

 口には血の味が充満し、頭が痛い。


 優は痛みから動くことが出来ない。

 あばらは何本か砕け、砕けた骨が内臓に突き刺さっている。

 

 そんな状態の優を攻撃すれば確実に息の根を止めることが出来る。

 しかし、ラセツは近づいてくるが、追撃はなく、ただ目の前で愉快そうに這いつくばる優の姿を眺めている。


 い、一体何が起きたんだ。あいつは確かに蹴る姿勢をしていた。その蹴りをガードしたと思ったらいきなり胸に激しい痛みが襲ってきた。

 

 いや、単純な話だ。この糞野郎は人間みたいにフェイントを使ったんだ。


 俺の体に目掛け蹴る姿勢を作った瞬間に足を引き、足裏で俺の腹を蹴り飛ばしたんだ。


 まさか喧嘩慣れしてるような人間みたいなことをしてくるなんて考えもしなかった。


 尋常ではない痛みが襲うが頭は働いている。


 まだ、やれる。


 それに、もう一つだけ分かったことがある。

 こいつは慎重なんかじゃない。ただ俺で遊んでただけだ。玩具で遊んでいたら思わぬ反撃が来てむかついたわけか。

 いいぜ、ぶち殺してやる。


 怒りで力が湧き上がってくる。

 

 優は立ち上がり、痛みに耐えながら間髪入れずに地面の鉄パイプを拾い、ラセツの左足を殴る。

 

 ラセツもまさか目の前の人間が攻撃できるとは思っていなかったのかもろに攻撃が当たる。

 

 しかし、ラセツも即座に鋭い爪で優の右足を刺す。


「くそっ」


 刺されたことにより、再び地面に転がる。太ももから噴水のように大量の血が噴き出す。

 

 この傷ではもはや立つことさえできない。


 まさかこんな化け物と同じ思考回路だとは悲しくなる。

 だけどラセツの脚も折るまでにはいかずとも大分動きが鈍くなっている。

 あとはもう少し時間稼ぎをすればいいだけだ。


 そんな優の考えとは裏腹に、ラセツは優の方に顔を向けると、優が動けないことを理解し、先に逃げた男たちの方に向かい始める。


 こいつ、俺がこの場から離れることが出来ないことが分かるとすぐに四人の方に向かいやがった。

 俺みたいに目の前の相手をぶっ倒す事だけを考えてない。


 急いでラセツを追おうとするが、足がうまく動かず、立つことが出来ない。

 あの爪には毒でもあったのだろうか、次第に脳から動けという信号が足に送られていないように動かなくなった。


 徐々に視界がぼやけていき、ラセツの姿が薄くなっていく。


 ちくしょう。このまま何にもできないで死ぬのか。

 一時の感情で動いた結果がこの有様か。

 なんとも俺らしい惨めな最後だ。


 優はもうどうにもならないことを悟り、諦め、自分の人生を振り返る。

 

 俺はこの世に生まれてきた意味があったのだろうか。

 周りを傷つけては迷惑をかける。

 そんな俺に対し、周囲の目は冷たかった。

 でも日和と涼真だけはこんな俺の近くにいてくれた。

 そんな二人に何にもお返しできないのが心残りだ。


 それにあの人にも・・会えないのか。


 優は自分の死を受け入れ、目を閉じる。




・・・何諦めてんだ、俺は。


 まだ終わってねぇだろうが。

 このまま終われねぇ。

 最後まであがいてやる。

 それが出来なきゃなおさらあの人に顔を合わすことができねぇ。


 優は瞼を開け、ぼやけていた視界が晴れていき、ラセツの背中を捉えて離さない。

 強烈な痛みに耐え、足が動かずとも唯一動く右手を使い、這いつくばりながらラセツの後を追う。

 

 もう死ぬと分かっていながら諦めない姿勢はひどく滑稽なものだった。


 そんな時、優の目の前に新たなラセツが突如現れる。


 手の平くらいの大きさで、カラスを連想させる黒い翼を羽ばたかせ、黒いドレスのような服を身に纏う女性の姿をしたラセツが笑顔で優を見つめている。


 黒い翼と体の小ささ以外を除いたら完全に人間の姿だ。


 まったく今日はとことんついてない。

 警戒レベル二地区ならそんなこともあるのだろうか。

 だが、ただでは死なない。

 こいつが襲い掛かってきた瞬間、逆に噛み殺してやる。


 優が黒いラセツを睨みつけ、攻撃に備えていた時、かわいらしい声が黒いラセツの方向から聞こえてくる。


「生きたい?」

「・・・・は?」

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