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獣以上、人間以下  作者: 盆ジョリオ
2/23

不変の足音

 高校二年生の夏、本日最後の授業が終わり、帰りのホームルームまでの空き時間に多くの学生が友人と談笑している。

 

この時期に話題に上がるのはやはり夏休みの予定だろう。「この日遊びに行こう」だとか「部活の合宿が楽しみ」だとか大いに盛り上がりを見せている。

 

そんな騒がしいクラス中、御縁優は一人クラスで浮いている。

 

もうすぐ高校生活の半分が終わるというのに高校に入ってから新しい友人ができず、惰性的に過ごしている。

 

元から人との関りが薄いわけではなかった。単に対人能力が低いという理由もあるが、一番の理由は高校に上がるまでに起こした度重なる傷害事件が原因だ。

 

この地区に住んでいれば、ほとんどの人は御縁優のことを知っている。いつも喧嘩をしては人を傷つける。そんな噂を聞いて、他の地区から荒くれ物がやってきては喧嘩する。

 

それが原因で一時期、穏やかで子供の声が絶えない平穏なこの地区の治安は著しく悪くなった。

 

そんな一時期とはいえ治安を悪くした張本人である為、「ヤクザと関りがある」だとか「女、子供関係なく暴力を振るう」だとか「人を殺したことがある」だとか、噂に尾ひれがつきまくり、周囲からは忌避されるようになっていった。

 

物騒な噂がある男に近づきたくないのは自然なことで、高校に上がってもろくに友達が出来なかった。

 

当然、寂しい気持ちもあるわけで、なにか部活に入っておいたほうが良かったかなと考えたこともある。

 

けれど、部活に入ったところで煙たがられるだけかという結論にいつもたどり着く。

 

少し時間が過ぎ、いつも通りに帰りのホームルームが終わると、それぞれ部活動や教室の清掃、その場で談笑する者、そして優のように一目散に帰宅する者に分かれた。

 

いつもならこのまま家に帰るのだが、今日は少し予定がある。幼馴染で柊日和(ひいらぎひより)の誕生日プレゼントを買いに「浜横駅」まで行かなければならない。

 

今までのプレゼントは日和自身が話題にしたケーキや、ハンドクリームといった物を贈っていた。

 

しかし、この間、誕生日のプレゼントは何か形に残るものがいいと言われてしまい、何日か考えたが、これといって思いつかなかった。

 

そのため、浜横駅周辺で良さそうな物があったら買うことにした。

 

買うものが決まっていないので足早に駅まで向かい、電車を使い、約四十分程度で着いた。

 

駅を出ると、周りにはスーツ姿のサラリーマン、学校帰りに遊んでいる女子高生達、いかにもオタク風な男性など様々な人で賑わっている。

 

やはり人が多い場所は良い。誰も俺のことを気にしないうえに避けたりしないこの空間が居心地良い。

 

まるで自分もここにいる人達と同じグループに所属しているように感じる。

 

そんな孤独感とは無縁な気分で駅からすこし離れた「ビプレ」というデパートに向かう。

 

デパートに入ると目の前には様々な店が並んでいる。スポーツ用品店にアパレルブランドなどがあり、いわゆるイケてる風の男女が多くいる。


この階にはプレゼント用の者は売っていないと考え、足早に次の階に向かう。

 

二階はレディースエリアとなっており、女性のための店が多くある。

 ここで何か買うのが手っ取り早くていいのだが、男が一人で買うには勇気がいる場所だ。

 しかし、幸運なことにあたりを見渡すとあまり人がいない。これならば多少はましだと判断し、ここで買うことを決めた。

 

だが思わぬ落とし穴があった。

 

店に入ると店員と二人きりになる状況が気になってしまい、じっくり商品を見ることができなかった。

 

そのため、ちらっと商品を見ては別の店に足を運ぶことを繰り返した。

 

慣れないことをしたからかすごく疲れたがようやくプレゼントが決まり、選んだ商品を会計の所まで持っていく。奇妙な行動をしていたにも関わらず、店員の表情は優しかった。

 

そんな優しい店員にプレゼント用に綺麗な装飾を施してもらい、店を出る。

 

プレゼントを買い終わるとすっかり遅い時間だ。

 

様々なカテゴリーの物があり、また、そのカテゴリーの一つの中にも数多くの物があるため選ぶのに時間が掛かった。

 俺が選んだプレゼントはかわいらしい黄金色で金属製のくまのキャラクターのキーホルダーに決めた。

 

センスは悪くないと思う。渡した時の日和の反応が楽しみだ。

 

そんなワクワクした思いを抱きながらからビプレを出ていく。

 

外に出るとすでに暗くなっていたため、さっさと帰宅する。

 

すると帰宅途中でガラの悪い四人組の男たちが一人の女子高生を取り囲み、話をしている。


「ねぇ君一人でしょ、俺たちと遊ぼうよー」

「こ、困ります」

「そんなこと言わずにさー、大人の遊び教えてあげるからさ」

 

囲まれているのは気が弱そうな女性であり、男たちに言い寄られ、怯えているのが分かる。

 

そんな様子の女性に対し、男たちは我感ぜずと下衆な笑みを浮かべながら無理やり女性に言い寄る。


「もしかして、俺たち軽い男だと思われてる?大丈夫、大丈夫。俺たち紳士だから女性を傷つけることはしないよー」

 

少し男たちの様子が気になったので、その場に立ち止まり、やり取りを見ることにした。

 

あの女性の制服は俺と同じ高校の生徒か。


「と、友達と約束をしてるので」

「もしかして、女友達だったりする?じゃあその友達も一緒に遊ぼうよ。ね?」


明かに嫌がっている女性だったが男達は引き下がらない。

 

周りの人は無関心で歩いている。

単純に賑やかな場所であるため、気が付いていない人もいたが、面倒なことに関わることが嫌なのだろう。

 

流石にこのまま無視して帰るのは気が引けるうえに、なんだか危なさそうだ。警察に通報し、さっさと帰ろう。

 

ズボンの右ポケットに入っている携帯を取り出し、通報しようとする。

 

しかし、こんな時に限って携帯の充電がない。


・・・・・

 

仕方がない、今日は帰ろう。きっと善良な人がなんとかしてくれるだろう。


俺には関係ない、もう争いごとはこりごりなんだ。

俺は変わるんだ。これからは勇気を出して人と関わっていこう。

 

今までの暴力的なイメージを払拭し前に進もう。

そのために心が痛むがここはスルーだ。

何も俺だけが特別なわけではない。気にせず通り過ぎている周りの人たちと同じだ。


ここの人達と同じ普通の人間になろう。今、この瞬間を我慢すればいいだけだ。

 

そう考え、女性から視線を外し、両手に握り拳を作りながら駅の方向に歩き始める。


「やめてください!け、警察呼びますよ」


大きな声とは言えないが、彼女なりの精一杯の声で言い放つ。

 

その声に一部の人間が反応し、男たちに注目が集まる。


「ちっ、めんどうくせーな。今日溜まってるんだ、無理やりでいい、さっさと行くぞ」

 

大柄な男が後ろから女性を抱きかかえるように口を押え、他の三人はその様子がばれないように囲みながらどこかに連れて行こうとする。

 

女性は必死に抵抗しているが男たちに体を抑えられ、抜け出せない。

 

いやいや、それはダメだろ。誰かなんとかしろよ。

 

周りを見渡すが誰もなにかする気はない。俺みたいにただ臭いものに触れないようにしている。

 

帰ろうとしていたはずの足はいつの間にか止まり、その場から動くことが出来ず、ただその状況を見ていた。

 

その時、取り囲んでいる男たちの間から女性と目が合う。

口を押えられ、助けてと涙ぐんだ目で俺に訴えてくる。


「困っている人がいたら助けてやりな。そしたら少しは変われる」


あの人の言葉が頭に響く。


「あーくそっ!」

 

なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだよ。

 

優はイラつきながらも男たちの方へ向かう。

 

これは違う。決してあの男達がむかつくから向かうのではない。たまたま女性が俺と同じ高校だからだ。

 

せっかく人と関わっていこうと思っているのに翌日、俺が薄情者だということを言いふらされたらより俺と関わろうとする人が減ってしまう。それを防ぐ為に仕方がなく男たちに向かうのだ。

  

決して自分のむかつく感情を優先したわけではなく、あくまでこれからのことを合理的に考えての行動だ。

 

優は自分の行動を正当化させるように心の中で呟き、男達に話しかける。


「あのー、なにかありました」

 

腰を低く、弱めの口調で話し始める。

 

以前の俺とは違う。せめて穏便に終わらせよう。

穏便に、そう穏便に終わらせればいいだけだ。


「誰、お前。もしかして約束してたのってこいつ?」

 女性は助けが来たと思い安堵した様子を浮かべるが、俺の顔を見ると再び生気が抜けた表情に戻り、チャラ男に返答しない。

 

これではまずい。ここは俺が待ち人として来たことにしよう。


「そ、そうなんですよー。なんかこいつがお兄さん達に迷惑かけてるんじゃないかと思って」

「なんだよ、女じゃねぇのかよ」

 チャラ男が残念そうにつぶやく。

「翔馬さんどうしますか?」

 

 後輩らしき男が翔馬という大柄な男に問いかける。


「かまわねぇ、連れていく」

 

 翔馬という男がそう言い放つと、再び歩みを進める。まるで通報されても警察から捕まるわけがないといった妙な自信を持っているように感じた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」

「なに、俺は今からこの女で興奮を抑えようとしてんだけど、文句あんの?」

 

 さも当然だろというように翔馬という男は言い放つ。その言葉に女性は自分の身に起こることを想像したのか一気に恐怖の表情を浮かべる。

 

 恐怖から足に力が入っておらず、より一層、翔馬という男に体を預けるように抱きかかえられている。

 

 こいつ、むかつくな。

 ・・・いや、ダメだ。ここは我慢だ。喧嘩をしたら俺の負けだ。


「いや、それ強姦でしょ」

「じゃあお前が女を抱くお金だしてくれんの?」

「・・・お金を払えば彼女離してくれるんですね」

「しょうがねーから5万でいいぜ」

 

 なんで俺がそんな大金を払わなければならないのかという気持ちは置いておこう。ここは仕方がない。穏便に終わらすためには仕方がない。

 

 それに後で警察にカツアゲされたことを通報すればいい。

 こんな冷静な考えができる自分が誇らしく感じるぜ。

 本当に今日はプレゼントを買うために手持ちが多くて助かった。

これでいいですか」

 

 優は翔馬の前に五万円を差し出す。


「おう、これでお前は見逃してやるよ」

「・・は?」

 

 翔馬は目の前に出された五万円を強引に受け取ると、呆気にとられた優を無視し、再び女性を無理やり連れていく。

 

 女性の口を押えられており、周りも騒がしいため、悲鳴が聞こえづらい。

 しかし、その表情は必至に助けを求めていた。


「おい、いい加減にしろよ、てめえ」

 

 優は目を血走らせながら翔馬の肩を掴む。

 すると後輩の男が優の腹に向かい、ヤクザ蹴りを食らわせると、その一撃で膝をつく。


「くっ」

「女の前だからってかっこつけてんじゃねーぞ」

 

 後輩の男は優を見下し、にやついた余裕の表情を見せている。

 


 こっちが下手に出てたら調子に乗りやがって。

 もう我慢の限界だ。

 後先のことはどうでもいい。

 ただこいつらをぶちのめす。

 

 優が男たちに殴りかかろうと決心した時、翔馬がなにかに気が付き、言葉を発する。


「おい、ちょっと待て、こいつ御縁優じゃね」

「え?」

 

 翔馬がその名前が出した瞬間に場が凍り付く。

 

 最悪だ。

 まさか俺の顔を知っている奴がいるとは。

 いや、これはむしろチャンスだ。

 俺の存在を知っていればここは引き下がるかもしれない。

 

 優の怒りのメータが下がり、冷静になる。


「見間違いじゃないのか、翔馬」

 

 眼鏡をかけた男が翔馬に確認する。


 「間違いねぇよ。一度見たことあんだよ」

 

 目の前で膝をついている人物が御縁優と分かっても翔馬の笑顔は崩れず、恐怖といった表情はない。むしろ嬉しそうにしている。


「ど、どうしますか、もう女捨てて、逃げますか?」

 

 そんな翔馬の様子とは裏腹に、後輩の男は先程の余裕な笑みは消え、怯えて逃げたそうにしている。


「馬鹿か、いい機会だろこいつを倒せばおれが最強なわけだ」

 

 翔馬は後輩の意見には全く聞く耳を持たず、優を視線から離さない。

 

 まだこんなやつがいたのか。今までもそんな考えで、向かってきたやつは大勢いた。一人を除いて全員癪に障るやつらだった。


「それにこいつといつもいる女、いい女なんだよ。俺が勝ったらたっぷりかわいがってやるぜ」

 

 翔馬は優に対し挑発すると、反応を見る。

 こんな安い挑発になるべきではないことは分かっている。

 けど、もう限界だ。

 こんな屑野郎が日和の話をするだけでも気分が悪くなるのに、ましてや日和を侮辱している。そんなことは許せない。


「まあ飽きたら捨てるけどな」

 

 翔馬は気持ちの悪い笑顔を崩さず、優に向かって見せつけるように話す。

 その発言と行動で、かろうじて耐えていた優の怒りのキャパが限界を超える。

 

 こいつらは殺す。

 なんで俺が我慢しないといけないんだ。

 俺はただ単にこの女を助けようとしているだけだ。

 悪いのはすべてこいつらだ。

 だから俺がこいつらに何をしようと責任はすべてこいつら自身にあるはずだ。

 

 優は自分を納得させると、目を血走らせ、今にでも殴りかかりそうな様相で男達の前に立つ。

 先程までの物腰低く、この場を丸く収めようとしていた姿は一切ない。


「なんだよ、もしかして怒った?いいね、やる気だね」

 

 そんな優の豹変した姿を見ても翔馬の笑顔は崩れない。


「おい女は放っておいて行くぞ」

「ちょっと本気かよー、早く女で遊びたいんだけど」

「ちょうどいいだろ、こいつの噂が本当か確かめるいい機会だ」

 

 他の三人は渋々同意し、女性を解放する。

 解放された女性は泣きながら安堵の表情を見せるが、翔馬はそんな女性のことは気にもせず、顔を近づけ、低い声で脅迫する。


「おい、糞女、警察にちくったら殺すからな」

 

 翔馬が女性にそう忠告すると女性は必死に何度も頷き、泣きながら駅の方向に走る。

「ここじゃ目立つから場所を変えるぜ」

 

 翔馬は足早に移動を開始する。

 

 優も無言で翔馬の後についていき、翔馬を先頭に優を挟むように三人が後ろからついてくる。

 

 この後のことは一切考えていない。

 警察のお世話になろうが、後々また絡んでこようが関係ない。

 今はこいつらをねじ伏せることしか頭にない。

 後悔し、泣きながら許しを請いてもまだ足りない。

 そもそも許しを請う余裕なんていらない。

 ただ芋虫のように地面に這いつくばって、ともて人間とは思えない姿を見せればいい。

 

 そうだな、逃がさないために、まず全員の足でも折ろう。


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