プロローグ
街灯の明かりに虫が光を求めて集まっている。一匹が光を独占しているわけではなく、仲良く分け合っている。
しかし、ここに虫の天敵である鳥が来たらどうだろう。仮にその鳥に虫を傷つける意思がなくても虫たちはその場から離れず、仲良く光を分け合うだろうか。
否、まともな虫であればすぐにその場から離れ、新たに光を探す。その場に留まるのは命知らずか視野の狭い個体ですぐに食われてしまうのが世の常だろう。
人間社会でも同じだ。常に危険に敏感な者が生き残り、鈍感な者が早死にする。
だから人間は自分または家族、友人といったコミュニティを害する可能性のある者に近寄らず、接近して来たら排除する。
その形は暴力でもあり、差別でもあり、いじめでもある。
では、排除の対象になった者は一体どうするべきなのだろうか。
人間らしく言葉で分かりあうのか、そもそも近づかないのか、それともそれらの行為さえ上回る暴力で制圧するのだろうか。それは対象にされた者にしか分からない。
けれど、一つだけ分かっていることがある。
それはこの世にはすでに神の法律に従う人間らしい人間は絶末寸前であるということだ。
この薄暗い路地裏にもその神の法律を犯している獣が五匹いる。
「いてぇ、いてぇよぉ、お母さん」
「ごめんなさい、もうしませんから勘弁してください」
「やめてくれ、それ以上は死んじまう」
三人の男性がそれぞれ助けを求めるように、懇願するように言葉を発している。
辺りには薄暗い路地裏を照らす街灯が数本あるだけで、冷たいコンクリートに囲まれている。
どうしてこうなってしまったのだろう。
気が付くと俺の足は男の頭を踏みつぶし、血が靴や服に付着している。
男に動きはなく、ただの物のように転がっている。
その男の姿を見た瞬間、自分がこの男にした事を理解し、とてつもない後悔が襲ってくる。
ああ、またこれだ。結局は何も変わっていない。
最近は穏やかに過ごしていると思っていた。
特別楽しいわけではなく、毎日つまらない日常であったが、それでも以前よりはましになっていると思っていた。
だから日和や涼真の言う通り、少し勇気を出してクラスメイトに話しかけてみようかなと考えていた。
しかし、なにも変わっていないならそれはやめておいた方がいいかもしれない。
「何も考えず怒りに身を任せ、相手を傷つけることは人間がすることではない」
あいつに言われた言葉が頭の中に響く。
分かっている。変えたいと思っている。願っている。だけどもう諦めたほうが良さそうだ。
変わることが出来ないのなら、せめて人に迷惑をかけないように距離を離そう。
それが俺自身を含め、だれも傷つかない方法に違いない。
・・・でも、今更考えたって遅いか。
路地裏から現れた人喰いの化け物「ラセツ」がこちらを見つめている。
御馳走は五人もいる。
ラセツは不的な笑みを浮かべ、口からよだれを流しながらこちらに近づいてくる。
これは天罰なのだろう。人間ではない俺が楽しく日常を過ごそうとした罰なのだ。
もし、俺が変わり、まともな人間になっていたらこんな屑達を無視し、今頃家に着き、明日の学校の準備でもしていたのだろう。
そう考えながら御縁優はこの警戒レベル二地区に来る前のことを振り返る。
痛みからうずくまる三人と動かない一人の男性を見下ろしながら。