戦後一時期を彩り輝き騒がせ、そして消えていった?性研究家の群像たち
戦争の惨禍がようやく収まり?
人々はアメリカ製の人権と自由に浸されて?
平和憲法という虚妄の非軍事を受け入れて
アメリカのおぜん立てた?平和を謳歌していたっけ、
自民党と社会党が二大政党で
まあ今思えば社会党なんて、労働組合の御用聞きみたいなもので
共産党の方が、野坂三蔵や宮本賢治で、はっきりしたコミンテルンだったよな?
ソ同盟の世界戦略の日本支部?
まああの頃はいろんな意味で色が明確だったよなあ
さて、、でも、、
今回は政治の事ではありませんので
ここらで政治談議は止めますが
戦後の世相で性の自由化?が叫ばれて
それまでタブーだった
性生活の改善というテーマが
マスコミや出版界をにぎわせていました、
そんなころ世間を騒がせた
性研究者
性科学者の
群像をご紹介します、
お暇でしたらおつきあいください、
高橋鉄 あるすあまとりあ
昭和期の性風俗研究家,小説家,評論家 です、
戦後性化学者として、25年日本生活心理学会を創設、27年から機関誌「セイシン・リポート」を刊行。29年猥褻物販売等で起訴され、45年有罪が確定。
著書に「交悦の心理学」「あるす・あまとりあ―性交態位62型の分析」などがある
中でもこのアルスアマトリアは当時バカ売れして?内容はタイトル通りの性交態位62型の分析といういたし方?を図解で示した画期的な性指導書です。それまでこういう科学的な指導書?はなかったので売れたのでしょうね?すごい変わり者?っていう感じのお方です、
奈良林祥 how to sex
昭和・平成期の性医学評論家 元・主婦会館クリニック所長。 日本で初めて女性の性の相談を始める、昭和46年「how to sex」を出版、当時としては画期的なカラーで性交の技法を解説して
ベストセラーになる、またラジオやテレビにも出演してその独特の語り口で人気者となる
謝国権 性生活の知恵
昭和・平成期の医師 謝国権診療所所長。 日石産婦人科の医師。
「35年性を科学的に解説した「性生活の知恵」を出版。わいせつ表現で出版を差し止められないように木製の人形を使うなどの斬新な手法と「性の営みは美しい」というメッセージが受け入れられ、戦後史に残るベストセラーとなり、それまでタブー視されていた日本人の性意識を変革させたといわれる。」カッコ内引用
ドクトルチエコ
「帝国女子医学薬学専門学校(現在の東邦大学医学部)を卒業。1956年(昭和31年)、夫のキノトール原作の映画『牛乳屋フランキー』(監督中平康、主演フランキー堺)に、夫とともに出演している。ドクトルを名乗るが医学博士ではない。」カッコ内引用
1950~60年代に様ざまな著書を出版して性の指導とカウンセリングに努めた、
あれから60年、、、という月日があっというまに「過ぎ去った
その間、性の意識も、激変して
今ではこんなセックス指導書が需用があるはずもなく売れるわけもないという時代になってしまった、
ということは??まあ今からふりかえれば、
子の五人の方々は、、どうでもいいような?方々?で
しかも
今の人は誰もこんな人物知りませんよね??
今では
もう
完全に忘れ去られた、
完全に消えた?
もう二度とリバイバル?することなって絶対にないという
戦後のあの時期だけのパイオニアの
性の普及者?
たちだたったということでしたよね




