第05話 ひろう顔
「お父さん一緒に帰ろ」
そう言って碧がタケミチの袖を掴んだ時、驚いて見開いた目から眼球が零れ落ちるかと思うほどだった。
「どうしたんだ碧、こんな時間にこんなところで」
驚きを隠そうと必死に作り笑顔を見せるタケミチに、碧も作り笑顔で、
「友達とカラオケしてたんだ、そうしたらお父さんを見かけて」
「お、おおそうか、じゃあ一緒に帰るか」
タケミチの顔からは明らかに落胆が見て取れたが、碧はそれを見て見ぬふりをしていた、そんなに母以外の女性と会いたかったのか。
碧が振り返るとそこには憎き探偵の姿は無かった、父と母の間に愛は無くなってしまっていても、私にとっては父であり母なのだ。
愛は無くても碧がいる、赤の他人に邪魔をされたくはない。
駅に着くとタケミチがトイレに寄ると言ってきた、おそらく相手の女性に電話をかけるのだろう、それをわかったうえで碧もトイレに入った。
個室に入ったタケミチは案の定電話をかけ始め、ぺこぺこと頭を下げている、正直仕事で頭を下げている父を格好良いと思ったことは有ったが、今のタケミチはどこから見ても格好良い者では無かった。
そんな姿に幻滅しながらも碧は濡れた手で頬を叩き、自分を鼓舞してからトイレから出ると、すでにタケミチは外で待っていた。
その顔には疲労が色濃く出ていたが、それが仕事の疲れではなく女性を宥めたからな為、余り同情する気にはならなかった。
今頃あの探偵さんも母に頭を下げている頃だろうか、それは私のせいではあるけれどあまり同情はしたくない。
「すいません、駅に娘さんが突然現れまして」
東名は今日の顛末を律子に伝えた、当然電話口の律子の恨み節を聞く事になる。
「はい、イレギュラーな事ですが私にはどうすることも出来ませんでした」
「え、次にいつ会うかですか?それはまだ承知いたしてません、はい、はい」
「はい、何かわかりましたらすぐにお伝えします、それでは、はい、失礼します」
電話を終え、東名は大きくため息を吐いた。
娘に尻を蹴られた事は律子には伝えなかった、その事を娘が律子に話すことは無いと思ったからだ、それならば何も言わない方がいい。
しかし、タケミチに顔がバレなかったのは不幸中の幸いだった、もし駆け寄る人影にタケミチが振り向いていたら、これからの尾行にも支障をきたすところだった。
また来週も早起きか、大きく欠伸をして東名は家路についた。