第18話 日曜日は早起き
東名は日曜日が来るまで鬱屈な日々を過ごした、いったい厳道の依頼の調査とは何なんだろうか。
リツコの調査か、それとも碧か、こんなことなら調査資料を処分しなければ良かったとも思ったが、依頼人の個人情報を全部保管なんてしていられないし、以前の依頼の関係者から依頼を受けるなんて事は、本来なら考慮する必要は無い事例だ。
出来る事ならリツコと顔を合わせる事は絶対に避けたいし、碧のじゃじゃ馬とも顔を合わせたくはない、合わせたくは無いが絶対に絡んでくるはずだ、恐らく何かしら嗅ぎ付けて事務所にやって来るだろう、リツコの依頼の時の経験からそれは確信している、両親の離婚の危機なのだからその気持ちは東名も理解はしているが、仕事の邪魔である事は疑いようがない、しかし色々と考えたところで答えが出るはずもなく、すべては日曜日に判明する、東名はこれほど週末が待ち遠しく、来て欲しくないと思ったことは今まで無かった。
もしかしたら同性同名の別人という事もわずかだが有る、そんなし一縷の望みを糧に日々を過ごした。
東名はホームページに記載している営業開始時刻の2時間前に事務所に入った、厳道の性格から恐らく開業前に来るだろうと予想しての事だった。
来客準備を済ませて一休みしてから窓際に立ち道行く人たちを眺める、この場所は駅で降りて坂を上ってくる人たちが一望に出来るので、来客を事前に確認するのにとても重宝している、坂の反対側は公共交通機関も無くとても不便なので徒歩で人が来ることはほぼ無い。
1時間以上東名は道を歩く人たちを眺めていた、待ち人が来ずともここから眺める人たちの人間模様が好きだからだ、職業柄人を観察することが好きというのもある、その笑顔の理由は何なんだろうか、いつも疲れた顔をしている人は何が原因なのだろうか、知りたい気持ちは有るが知らなくても良い事もある。
そこへ厳道の姿が見えた、見慣れた疲れた顔を更にゆがめて坂を上がって来た、その疲れた顔の原因は何なんだろうか、知ってはいるが知りたくない現実がそこには有る。
呼び出しのベルが鳴ったのは始業時間の10時きっちりだった、事務所の前で15分ほど時間をつぶしていたようだ、
「こんにちは、予約をした赤木 厳道です。
東名が扉を開けるとすぐに厳道は頭を下げて挨拶をしてきた、東名も深々と頭を下げて事務所へ招き入れた。
「そちらへお掛けください」
着席を促して厳道がそれに従うのを見届けて東名も席に着く、よろしくお願いします、と再び頭を下げる厳道に東名は人差し指を口に当ててメモを差し出した。
盗聴の恐れが有ります、疑われないように演技をして下さい
「いやあまだまだ暑いですねぇ」
東名が上着を脱ぐジェスチャーをしながら言うと、厳道はかくかくと頷きながら上着を脱いだ、それを受け取った東名は、縫い目や襟元など布地が厚くなっているところ弄ると小さな塊を見つけた、恐らく盗聴器だろうと確信した東名は、
「上着はそこに掛けて置いて下さい」
と言いながら事務所の隅に置いてある段ボールに詰め込み蓋をした、あのサイズならこれぐらいで十分会話は聴き取れなくなるはずだ。
「あ、あ、わ、わかりました」
と棒読みで言った厳道の大根ぶりに、東名は苦笑いをした。