第17話 新たな依頼
東名は碧を見送ると、律子からの依頼の書類を纏めて保管しておくために事務所へ引き返した。
日差しの厳しい中で坂を上るのは出来れば避けたかったが、大赤字で終わってしまった仕事の書類は早めに目に付かないところへ仕舞って忘れてしまいたかったからだ。
汗だくになりながら事務所に戻り、エアコンを付けソファに腰かける、大きく息を吸い腹の底から吐き出した、全身から吹き出ていた汗が引き、火照った身体から熱を奪っていく。
暫く天井を仰いでいた東名だったが、事務所へ戻ってきた目的を思い出し、動きたがらない身体に鞭を打って金庫の中から書類を出して机に並べだした。
タケミチの身辺調査のファイルに予定表など、封筒に入れて終えるほどの書類だったが、個人情報が記載してあるためにシュレッダーで処理を済ませた。
東名は一仕事終えて再びソファに腰かけ天井を眺める、書類は処理したが経費はまだ計上していない、しかし費用を貰っていないのに経費も何も無いだろうと逃げて行った狸を追う事は諦めて目を瞑った。
数時間後、東名はくしゃみで目を覚ました、どうやら疲れていたのか寝てしまったらしく日が陰り始めていた、あれほど気持ち良かった冷風は東名に冷たくなり、くしゃみと鼻水をプレゼントしてくれたようだ。
東名は大きく伸びをして鼻を啜り、帰り支度を済ませて事務所を後にした。
それから数日間、東名は新規顧客の依頼をこなして過ごした、簡単な依頼だったが顧客はとても満足して、最初の見積もりよりも少々足が出てしまったが快く支払ってくれた。
顧客の笑顔は自分も笑顔になれる、東名はこの前有った依頼のことはなるべく思い出さないように窓から外を眺めた、
「ああ、昨日で夏休みも終わりだったか、道理で学生が多いわけだ」
事務所の月捲りカレンダーを破り、9月になった。
新しい依頼の電話が鳴る、
「なんて幸先の良い、今月は良い月になりそうだ」
思わずウキウキで独り言を言いながら着信を見る、非通知からの電話だが履歴を残したくないために公衆電話から掛けてくるのはごく当たり前の事だ、
「坂上シークレットサービスです」
どこかしら声も上ずっている、
「あ、その、調べて欲しい事が有るのですが」
「はい、出来る限りのお力になります」
「そうですか、ではどのようにしたら」
「事務所の場所がおわかりでしたら、ご来場頂ければ詳しくお話させていただきますが」
「あ、場所はわかります、では次の日曜日の午前中に伺います」
「はい、お待ちしております、あと差しさわりなければお名前だけでもお教え願えますか」
「あ、すいません私は赤木厳道と申します」
「はい、お待ちしています」
電話を切った東名は全身から冷や汗が噴き出した、数分前のご機嫌はどこかへ飛んで行ってしまった。