第16話 おすすめランチ
ゆっくりとした時間が流れ、気が付くと店内が再び賑わいを取り戻している事に気付いた、
「そろそろ出るか」
東名はそう切り出すと席を立った、碧も席を立たれては仕方がないと一緒に店を出た。
碧は手を振り立ち去る東名と同じ方向へ歩いた、暫く歩いた先で東名は観念したのか碧の方へ振り返ると、
「昼飯食べたら帰るんだぞ」
と言うと、碧は一瞬だけにこりとした後ですまし顔になると小さく頷いた。
東名は日曜でもランチをやっている店に行き、碧がメニューを吟味し始める前に有無を言わせずにランチを2つ頼んだ、一通りメニューを見終えた碧は豊富なレパートリーに目移りして別な物が食べたいと目で訴えたが、
「それはお前が自分で働いて稼いでから食べな、俺はお前に邪魔されたせいで大赤字なんだから」
「こんな店にまた来る事なんて無いよ」
碧がそう言うと同時に目の前にランチの皿が置かれた、碧は驚き両手で口を押えて顔が赤くなった。
「なんで教えてくれなかったの」
店員が離れたのを確認してから碧が東名に詰め寄る、東名は涼しい顔のまま首を振りはぐらかした。
ふくれっ面の碧だったが、ランチを一口食べるとすぐに笑顔に戻った、
「これすごくおいしいんだけど」
「そうだろう、ここはとりあえずランチを食べておけばハズレは無いんだよ、もちろん他のメニューも旨いがね」
「そうなると・・・、でもやっぱりまたこの店に来ることは無いわ」
碧がそう言うと同時にランチのコーヒーが置かれた、さすがの東名も顔色がくるくると変わる碧を見て吹き出してしまった。
「もう恥ずかしすぎてこの店には2度と来れないわ」
辺りを確認しながら碧が小声で話しかけてきた、
「無理して来なくても良いだろう、また来る機会が有れば・・・ってさすがにもう無いか」
「多分無いかな、この前初めて駅を使ったくらいだもん」
「うん・・・ああ、昨日以外にも来た事あるのか」
東名の言葉に碧はしまったという顔をして、
「そう昨日、昨日の事だよ、この前ってのわね」
あせって取り繕う碧の事を東名はそれ以上問い詰める事無くコーヒーを口に含んだ。
会計を済ませ碧は東名に深々と頭を下げてお礼を言うと、
「それじゃあ・・・これで」
東名はぺこりと頭を下げて改札を潜る碧の背中が見えなくなるまで見送った、踵を返して戻って来ないか確認するために。