第8話 パーカス担当
緊張の坂道を下り切った花梨は県道に入って落ち着きを取り戻した。病院はペンション村への途中にあり、知っている場所だ。花梨はクーラーを強めにする。
「おじいちゃん、皆さん昔のお友だち?」
花梨も気を遣い声を掛ける。
「ああ、音楽仲間だ」
「お、音楽?」
「山荘で練習してたんだ。あそこなら音出しても怒られないからな」
厳格な祖父に全く似合わない言葉に花梨は驚いた。おじいちゃんが音楽? 聞いたこともない話だ。
「おじいちゃん、音楽やってたの?」
星六は時々『いてて…』を挟みながら、ポツリポツリと言葉を紡ぎ出した。
「パーカスやってたんだ」
パーカス…。打楽器のことだ。花梨も吹奏楽部の演奏会で見た事がある。一番後ろでドラムやらシンバルやらタンバリンを忙しそうに飛び回って叩いていた。
「6つの太鼓があってな、それが星6つに見えたんだ。儂にはちょうどいいって思ってな、名前の通りで」
花梨は静かに聞く。
「いてて。本当は木管とかやりたかったんだけどな、モテそうだし。いてて」
ため息が聞こえる。
「でもパーカスで良かったよ。儂の一打がないと始まりゃせん。儂のリズムがなきゃ金管も冴えない。儂の一発でみんなが締まるんだ」
花梨は、かつての祖父の青春がセピア色で目の前に拡がるのを感じた。おじいちゃん、意外とロマンチックだ。
「もうすぐだからね。頑張って」
「ああ、下からパーカスが聞こえるな」
星六が呟く。
「それエンジンの音だよ」
花梨は笑いながらちょっと涙ぐんだ。赤信号がぼやけて見える。花梨は首を振った。大丈夫、骨折だ。今より酷くなることはない。
「けどおじいちゃん頑張って。パーカスが応援してるからね。もう一度叩かないとね」
「ああ、そうだな。まだまだ死ねんわ…」
足の骨折っても死なないけどね。花梨はまた心の中でツッコミながら、シフトを1速に入れた。