第3話 納屋探検
花梨には滞在中に自分に課したミッションが一つあった。それはこの家の納屋探検だ。
「お母さん」
「ん?」
「あそこのさ、物置みたいなところ、ちょっと掘り返していい?」
「掘り返す?」
「うん。お宝あるかなって」
「いいけど大したものはないと思うよ」
「いいの。おじいちゃん怒らないかな」
「怒らないよ。本当に大したものないし。一応言っておいてあげる」
「感謝!」
花梨は祖母がいない今は、唯一人頼りの母に手を合わせた。
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早速、花梨は敷地の端っこにある納屋に入ってみた。納屋と言っても昔は馬が入っていたらしく、中は広々としていてちょっとした倉庫並みだ。建物は母屋と同じく百年以上昔のもので、壁の上の方には明り取りの格子が嵌めてあり、風が通るので中はからっとした暑さである。幼いころから度々遊び場にしてきた納屋だったが、かくれんぼすると本当に行方不明になってしまいそうで、なかなか奥までは行けなかった。
そんな場所に今日敢えて踏み込んだのは、大学の授業の一つ、民俗学の夏休みレポートのネタを探すためだ。民俗学はやたらと範囲が広く、何を題材にすればよいのかさっぱり判らなかったのだが、授業で見学した民俗博物館に昔の道具や家具が並んでいた事を思い出し、花梨ははたと手を打ったのだ。そうだ、昔の生活用具ネタで乗り切れるかも・・・。
しかし納屋は予想以上に『単なる物置』であった。壊れた電化製品や余った食器、文化を感じるものは少ない。
農機具は話が長くなりそうだし、そもそも農業判ってないし…。半ばゴミ屋敷化した納屋を花梨は奥まで進んでいった。
あれ何だろ。耕運機の向こうに、茣蓙や古毛布で覆われた小さな山があり、その上には段ボールや紙袋が載っている。
何だか車っぽい形だけど…
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花梨は近づいて茣蓙を捲った。やっぱり車だ。白い車体に埃で真っ白な窓。指でガラスを拭って中を覗いてみる。
ふうん。フツーに座席があって、ハンドルが見える。前からあったっけ?
花梨は床に置かれたガラクタ、ではなく荷物類を掻き分けて車体の前方に出ると、ボンネットフードの茣蓙をピラっと捲った。今どき珍しい真ん丸ライトが可愛い。中央にはエンブレムがある。シルバーの楕円に象られたブルー地に、大小六つの星が午前の明るさにキラッと光った。
星が六つ? あ、おじいちゃんの名前か。へぇー。ナンバープレートが黄色なので軽自動車ね。
花梨はタオルで覆面みたいなマスクを作って鼻と口を覆うと、舞う埃の中で車体に載せられた荷物を下ろし、車体を覆う茣蓙や毛布を剝ぎ取った。久しぶりに姿を現したであろうオフホワイトのボディには、オレンジと黒のラインが入っている。タイヤの空気が抜けて少々凹んでいるが、それ以外は異常ないように見えた。
ふうん。動くのかな?
花梨が真っ先に思ったのは『これならぶつけても、お母さん怒らないな』だった。
スマホで前からと横からの写真を撮った花梨は、母屋へと駆け戻った。
「お母さん」
キッチンで洗い物をしている母が振り向いた。
「どうしたの?」
「あのさ、納屋の一番奥に車があるんだけど、あれ誰の?」
母は考え込んだ。
「あー、多分おじいちゃんが昔乗ってた車だよ」
「へぇ、だから星が六つのマーク付いてるんだ」
「星が六つ? そんなのついてるの?」
「うん。写真も撮った」
花梨は母にスマホを見せる。
「ほんとだねえ、知らなかった」
「お母さん、これ動くのかな?」
「さあねえ、おじいちゃんに聞かなきゃ判らないよ」
「ごめん。聞いてみて」
また花梨は母に手を合わせる。
「自分で聞けばいいのに」
「だって、なんだか怒られそうだもん」
「んなことないよ。不愛想は昔からだけどね」
母は手をタオルで拭きながら奥へ入ってゆき、間もなく戻って来た。
「車検は通してるから整備したらちゃんと走るって」
「ホント?」
「花梨は乗りたいの?」
「うん。練習に丁度いいかなって。お母さんの車ぶつけなくて済むし」
「ま、そういう意味ではお母さんも賛成ね。頼んでみるよ」
「ありがとう」
またまた花梨は母に手を合わせた。