第2話 古民家到着
二人がやって来たのは沢子が生まれ育った実家。八ヶ岳の麓のなだらかな斜面に建つ立派な古民家だ。
花梨はオドオドと広い庭の一角に車を停め、シートベルトを外してドアを開ける。二人は小砂利の前庭を歩いて大きな引き戸を開けた。
「ただいまー」
沢子と花梨は広々した玄関土間にキャリーケースを置くと、靴を脱ぐ。奥から祖父の小田星六が出て来た。うわ、おじいちゃんか。花梨はちょっとがっかりする。幼い頃から花梨は厳格な祖父が苦手で、完全におばあちゃんっ子だった。しかし、いきなり沢子がぶつくさ言う。
「大変だったのよ、運転するって聞かないからさ、国道に入ってから運転させたんだけど、命、幾つあっても足りやしない」
「だって運転しないと上達しないじゃん。あたしだって肩凝って大変なのよ」
「それは花梨が肩凝り性だからでしょ」
花梨も拳で肩を叩きながら祖父を見上げた。
「花梨は肩凝り性か」
花梨にはぼそっと呟いた祖父の感情が読み取れない。味方じゃないな…、敵でもないけど。
「新車がいきなりボコボコになるかと思ったよ」
ぶつくさ言いながら沢子はキャリーケースのタイヤをティッシュで拭うと、奥座敷へ入ってゆく。花梨も慌てて後を追う。祖父と二人きりは避けたかった。今日から2週間、この家に滞在する。毎年、夏休みの恒例行事だが、通訳係の祖母がいないと気詰まりな2週間だ。
沢子は手を洗うとダイニングに戻って来て星六に聞いた。
「お母さん、また旅行なの?」
「うむ。伊豆で合宿だ」
「ったく、私が帰るって言うと必ず行っちゃうんだからね」
「まあな」
「家事やっといてー、お父さんの面倒よろしくー って感じなのよ」
「取り敢えずスイカ切っといた」
星六はニコリともせず言った。
「ラッキー。かりんー!スイカあるってー!」
「はーい」
手をハンドタオルで拭きながら花梨が戻って来る。
「おばあちゃん、いないの? また旅行?」
「そう、伊豆で合宿だってさ」
「合宿…」
「ゲートボールは球技だって言い張って、アスリート気分みたいね」
「あたしはボールよりスイカの方がいいけど」
星六は目を細め、そっと孫娘を見た。