第1話 若葉マーク
助手席の母がうるさい。
「ちょ、左! 寄ってる!」
「判ってるよ! 道の真ん中になんか落ちてたの!」
「もうちょっと前からゆっくり避けなさいよ!」
「仕方ないでしょ、突然見えたんだから!」
車内は内戦状態である。言葉の銃弾が飛び交い、緊張の汗が流れる。
喧騒はT字路で一時休戦となった。ドライバーは覗き込むように左右を確認する。
「あんたねえ、目線はもっと先! 常に予想しながら走るの!」
「見てるよ。遠くも近くもちゃんと見てる。いちいちお母さんが叫ぶから焦って変になっちゃうの!」
休戦はほんの10秒ほどだった。無理もない。ハンドルを握る小田花梨は先週免許を取ったばかり。20年のベテランドライバーである母・小田沢子は一時も休まることなく、既に50kmを走っていた。
車が来ないことを確認し、花梨はゆっくりとアクセルを踏んでハンドルを右に回す。車はじわじわと県道に乗り入れた。沢子が通勤に使っている新型の小型ハイブリッド車である。離婚して以来、教師として女手一つで花梨を育てて来た沢子が、『浮かないように』と選んだシルバーグレイの車だ。
「ちょっと向こうにほら、左側、ローソンが見えるでしょ、あそこに入るよ。飲み物とか買ってくから」
「わ、判った…」
花梨はブレーキを軽く踏んで速度を落とすと、早速ウィンカーを出した。
「早すぎるよ、ウィンカー」
「遅いよりいいでしょ」
「後ろから見てどこに曲がりたいんだか判んないでしょ!」
また銃弾が飛び交い始めたが、花梨は左折に専念するため黙った。ローソンの駐車場から、1台のミニバンが顔を出している。
「えー、早く出てよ、カバみたいにでっかいんだから」
花梨は速度を落とす。察したミニバンがぐいっと路上に乗り出し、花梨はその直後に駐車場に入ろうとする。
「あぶない!!」
突然歩道に子どもが現れ、花梨は急ブレーキを踏んだ。
ブーーーーッ! 後ろのセダンがけたたましくクラクションを鳴らす。
花梨は上半身が固まったまま、親子連れが去った歩道を越えて駐車場に乗り入れた。
「気をつけないと、ここら辺は観光地だから慣れない人がいっぱい歩いてるの!」
また弾が飛んできた。
「ちょ、後にしてよ、今から停めるんだから」
花梨はがらんとした一角に車を寄せると、恐る恐る駐車区画に後退させる。何度か切返し、車はようやく白線内に収まった。
「はぁーーー、疲れたーー」
エンジンを切ってシートベルトを外すと花梨は思いっきり伸びをした。
「それはこっちのセリフよ。何回死んだと思ってるの」
ぶつぶつ言いながら沢子は外に出て、同様に伸びをする。
「もうあと2,3キロだよね?」
「そんなところ。信号を左で、アウトレット過ぎたらまた左に入る。車も少ないから楽勝よ」
「でもあの辺、道狭いし、目印ないから、どこ曲がるんだか判んないよ」
肩と腕を回しながら、二人はコンビニに入って行った。