ラディの故郷
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偽りの神々シリーズ
「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫
「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」星廻りの夢
「封じられた魂」前・「契約の代償」後
「炎上舞台」
シリーズの4作目になります。
ラディの弟の家に向かう途中、リンフィーナはラディの故郷についていろいろと質問をした。漁師町に生まれてから、女戦士になって、そして更にリンフィーナの養育係りである双見となった理由に純粋に興味を覚えたからだ。
そんなつまらない話、と最初語ることを渋っていたラディだが、サナレスとの出会いの部分に話を振ると、自然と熱くなり、さまざまな過去を語り始めた。
「私はもともと、とても貧しい家に生まれました。特にこの街では、男の子が生まれたら働き手にもなるし、養子に出すこともできるといって重宝されるんですが、女の子が生まれたら親族一同肩を落とす。だから私が生まれたときも、母親のお腹にいたときに絶対男だと思われていた分、女だって事で両親をそれは落胆させましてね」とラディは苦笑して話を続けた。
「まあ、次に弟が生まれたときは、全員で胸を撫で下ろしたもんです」
「なのに養子に出してしまったの?」
これから向かう先は、その養子に出した弟の住まいだと聞いていたリンフィーナは、不思議そうに首をかしげた。
「こちらの養子制度ってのは、すこし変わってて、役所に養子に出すことを制約する代わりに、僅かだけれどその報酬をもらうことができる仕組みがあるんです。うちは元々、父親が早死にだったんで貧乏で、母親は弟を養子に出すことで日々の生活を支えるしかなかったわけです」
そういってラディは周りの家々をリンフィーナに見るように目配せした。赤い、古びたレンガの小さな住居が軒を並べているが、確かに、市場の活気ある風情は、この辺りには見受けられなかった。
「漁師街なんで、漁で稼ぐか、もしくは他国との貿易で稼ぐかっていうのが、この辺の慣わしなんですが、反面なかなか女には厳しい街で、貧富の差はすごくてね。養子に出す子を制約するのは、実際は貧しい家ばっかり。裕福だったら何も自分の大事な息子を養子にしたりなんてねぇ、しないもんだし。けっこう奴隷制度に近いものがあるんですよ、この制度は」
あっけらかんと語るラディだったが、彼女はかなり苦労をしたらしい。
「まあ幸い、うちの弟が養子縁組されたのが、稀に見る良い家で。弟だけじゃなく、私や母の面倒まで見てくれたくらいで、ほんとうちは助かったんですが、……私も昔は人間が出来ていなくて、そうされることが随分肩身が狭く思えて……。何時もどうして私は女なんだって悔しくて悔しくて」
ラディは女としてとても綺麗なのに、というと、貴方たち兄妹は、口のうまいところまで本当に似ていらっしゃると、彼女は笑った。
「それであるとき、女でも戦士になれば、女扱いされずに済むんじゃないかって街を飛び出したんです。それはもう、家を出た後はこっぴどい目に遭ったわけですが、流れ着いた先が、幸運なことにサナレス様の傭兵だったのですよ」
サナレスに拾われなかったらどうなっていたか、という話はラディの口癖で、リンフィーナも何十回と聞いたことがあった。女だてらに傭兵などと風当たりが強いなか、サナレスだけが実力主義で傭兵を近衛兵に採用したという。
「初めてまともな仕事を得たと思って、それは緊張したものです」
近衛兵として信頼が厚くなっていったラディは、リンフィーナの双見となることを、サナレスから直々に頼まれたのだという。
「最初は貴族の養育係だなんて、とんでもないことだと思いました。私たち人間にとっては、貴族ってのは雲の上の存在で、直にお声掛けいただいて、その上養育係だなんて、何の酔狂かと疑ったぐらいです」
「お兄様は私の側に置く人を、ご自分で決めないと気がすまない質だから、ラディはよほど気に入られていたのだと思うわ」
ラディは嬉しそうに首肯する。
「しかもその時、こうおっしゃってくださいました。戦士のまま終えるには惜しいくらい綺麗だと」
その話になる度、ラディの浅黒い頬は少し上気するのだ。あれで兄はとんだ女たらしなのだな、とリンフィーナは舌打ちした。
「私はほんとうに嬉しかったんですよ。女戦士になろうと家を飛び出したとき、死ぬような目に何度も遭って、底辺というものはここまで低いのだなと、いっそ自害したいぐらいでしたから。私は自分がとんでもなく汚れているように感じ、とても養育係など引き受けられないと辞退しようとしました。でもサナレス様は私のそれまでの生い立ちを話しても、それは苦労したねとだけ言って、あっさり姫様の養育係りに推してくれたのです」
ラディが狂信的にサナレスを熱愛している理由だった。
「ほら姫様、見えてきましたよ。あれが私の弟の家です」
ラディは懐かしそうに目を細めた。
「炎上舞台」:2020年10月21日