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炎上舞台  作者: 一桃 亜季
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生活する

偽りの神々シリーズ

「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫

「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」星廻りの夢

「封じられた魂」前・「契約の代償」後


 4作目、「炎上舞台」突入しました。

「炎上舞台」は前作からストーリーが続いています。


 一日一章投稿していきます。

 応援よろしくお願いします。 

        ※


 生きるという決意をするということは、衣食住を確保することからはじめなければならない。唐突にそのすべてを失ったリンフィーナが持っているものは、養育係のラディが持っていた僅かばかりの蓄えと、城を飛び出すときにセドリーズがくれた通行手形。それから宝飾品が数点。宝飾品は売り払えば幾らかの路銀になると思えた。


 夜が明けるのを待って、リンフィーナは初めての関所越えを経験した。門兵達は最初、リンフィーナとラディを見て怪しんだが、ラーディア一族の通行手形を見て、貴族がお付の者と使いに出ているのだという言葉を信じ込んだ。


 辿って来た路は容易な経路ではなかったが、山道を下って正解だったと、ラディが胸を撫で下ろした。追手もまさか、貴族の姫君が昼夜歩き通しで山越え経路を行くとは考えなかったのだろう。

 街に入ると、二人は取り合えず売れるものは売り、必要なものを買い揃えた。


「この町が栄えていてまだよかったです。貧しい町なら、こんな値段では買い取ってくれなかったでしょうから」

 ラディの側で、物品のやり取りを見ていたリンフィーナは、彼女が一緒で本当によかったと思わずにはいられない。なんだか相手が可愛そうな位の値段交渉を渋い顔で行い、あっという間に予測していた金額より倍ほど高い値段での交渉が成立していた。


「リンフィーナ様、今晩はちゃんと宿をとって休めますから。それから、とにかく暖かいものをしっかり食べて、身体の汚れを落として」

 ラディはてきぱきと次の動きを考えてくれる。


「ねぇラディ、悪いんだけど私に、もう少し動きやすい格好の服を買ってくれないかしら?」

 貴族の衣装など一目を引くばかりで何の役にも立たない。しかも山道を歩き回った服は、裾の一端が破れてしまっている。


「もちろんです姫様。あちらに服地屋があるから、もう少し動きやすいドレスをお作りさせましょう」

「そうじゃなくて……」

 ラディが店に向かって足早に歩いていくのを、リンフィーナは服の袖をひっぱって制止した。


「服は、ドレスじゃなく軽装がいいの。そうね、出来たら男物で充分。ラディみたいな格好がしたいし、それに姫様と様づけで呼ぶのもやめてちょうだい」

「そういうわけにはいきません、姫様」

 そんなことをしたら、あちこちに顔向けできないとラディが反論するのを、リンフィーナは命令という形で封じてしまった。


 貴族という認識、身分の差というものは、リンフィーナが考えている以上に根深かった。それは手形を見せて瞬時に門兵に叩頭された時に判った。一族の貴族一人がその町を訪問しただけで、街中の民は顔を上げて貴族を見てはいけないぐらいに根深い。


 また貴族の持ち物というのは、本当に良い値で取引されることも判った。逆に言うと、知らぬうちに自分はずいぶん贅沢な暮らしをしてきたのだと、悟ることに他ならなかった。


 この町はまだ豊かでよかった、とラディは言ったが、ダイナ・グラムに比べると華やいでは見えなかった。人々は質素な服装をしているし、誰の手を見ても、よく働いているらしい傷のあるごつい手をしていた。


 そんな街中を、ドレスを着てしゃなりしゃなりと歩くのは気が引けた。フードの丈が長くなかったら、とてもではないが目立ってしまう。


「城を出たのだから、もう姫でも貴族でもなんでもないわ」

 リンフィーナは心底そう言ったが、ラディはとんでもないと眉間に皺を寄せる。


「確かに姫様がおっしゃるように、目立つのはいけませんから、従わせていただきますが、男物というのはいささか納得しかねます」

「いやねラディ。いざという時に自分で自分の身を守るためだわ。それには貴方のように剣だって必要だし」

「剣だなんて姫……いえ、リンフィーナ様。貴方がそんなことをせずとも、ラディがこうして付いているのですから」


 リンフィーナはラディの言葉を片手で制した。

「心配しなくても、男の格好もお忍びも慣れっこだから、お願いだからラディ、軽装と剣を買ってちょうだい」

 ラディは天を仰いだが、リンフィーナが頑として聞かないので、根負けしたラディはリンフィーナが欲しい物を用意することとなった。


「本当は、髪も切ってしまいたいのだけれど……」

 宿に入り、汚れを落とし、人心地付いた部屋で、リンフィーナはそうつぶやいて、更にラディをぎょっとさせたのだが、こればかりはリンフィーナも断念せざるを得ないことは知っていた。


 これほど長い銀色の髪など、貴族です、と言って回っているものだから邪魔だと思ったが、髪を切って術力が下がることをリンフィーナは危惧していた。

 ラディは呪術士ではないのだから、微力ながらでも自分に呪術の力があったほうがいい。


「それにしても姫様、宿はこんな質素な宿でよかったんですか? もう少しマシな宿もありましたのに」

 町に入ってからのリンフィーナの態度に、ラディはぶつぶつと文句を言ってばかりである。しかしその様子は逆に、リンフィーナが生きる気力を取り戻してくれたことへの安堵からくるものらしかった。


「確かに、とても狭いお部屋ね。私のベットひとつ分くらいかしら」

 リンフィーナは笑った。あんなことがなければ、このような経験もしなかったのだと思うと、人生何が起こるか分からないものだ。


「でもお兄様を見つけるまで、アセスを元に戻すまで、私はなんとかして生きる、つまり食いつながないと駄目なんだから、贅沢はできないでしょう」

 「はあ」と聞きながらラディは思う。実は宿代を浮かせるより何より、リンフィーナが選んだ護身用の剣が思いのほか高額だったのだが、と言いたい事を飲み込んで、そこは世間知らずな姫君なのだと思うと、笑わずにはいられない。ところが更に、「何時までも、売り払ったものばかりで過ごしてはいられないんでしょうから、路銀を稼ぐことも考えないと」などとリンフィーナが言ったものだから、ラディは腹をよじって笑い出した。


「何よ、ラディ。私なにか間違ったことを言った?」

 突然の爆笑にリンフィーナは顔をしかめるが、ラディは笑い転げて肩で息をしている。


「……いえ、……意外と姫様もしっかりした経済観念がおありだと、嬉しくて」

 途切れ途切れに伝える言葉が、態度を見事に裏切っている。


 気に食わない態度だが、リンフィーナは頬を膨らませながら相手にしないことにした。

「もういいわラディ。さて今日のお夕食は何が出てくるのか楽しみね」

 それを聞いたラディが更に笑い転げたのは言うまでもない。

「炎上舞台5」:2020年10月19日

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