呪術
偽りの神々シリーズ
「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫
「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」星廻りの夢
「封じられた魂」前・「契約の代償」後
4作目、「炎上舞台」突入しました。
「炎上舞台」は前作からストーリーが続いています。
一日一章投稿していきます。
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呪術者達の戦いは、つまりは人間の神経節細胞を左右させることである。
変化、幻覚を見せるのは、脳内の細胞に異常をきたせる電波を送って、人に攻撃をしかけてくるのだ。
ではそれに対して、どうやって呪術者じゃないものが立ち向かうのか。それは鍛えられた肉体と、その精神が一番の武器になる。
神官を目指す者達と一緒に受けた講義のことを、サナレスは思い出していた。
己の肉体や剣の腕を鍛えたところで、呪術を使われたら、そんなもの役に立たないんじゃないかと、仲間内から声が上がったことがこの講義の始まりだった。
ラーディアでは術士になる資質を備えた、つまり銀色の髪か黒髪を持った者の出生率が低い。一方、隣接しているラーディオヌ一族は、一族のほとんどの者がぬばたまの髪をしており、大半が講義に呪術の勉強をとりいれて成長する。
ラーディアとラーディオヌは本来元の種族を同じくしていたが、いつからか稀に見る銀髪の民の異端な力を畏怖するようになったことから、呪術を肯定する派の黒髪の民の一族と、呪術に否定的な見解を示す、残りの人間が種族となって分離された。だからラーディアの民にとっては、ラーディオヌのように呪術を日常的に使う者が脅威で、もしラーディオヌ一族が攻めてきたら、ラーディア一族など簡単に侵略されてしまうのではないかと囁かれていた。
だがこのときの講師リトウ・モリが、こうゆう議題に見事に抗弁したのを覚えている。
『心頭を滅却すれば、呪術なんてものは肉体に作用を及ぼしたりはしない。錯覚やまやかしだと思う者の前には、どんな術も効きはしない。現に呪術で、そこにあるリンゴひとつ誰も割ることなんて出来はしないんだ。リンゴの色や形を変えることは出来ても。これはつまり、形や色が変わったように見せかけているだけで、実際じっくり見れば何も変化なんて起こっていない。呪術なんて所詮、どこまで行ってもまやかしに過ぎない』
これだけ呪術が日常になっている氏族が近隣にあるというのに、珍しいことをいう講師だった。
常日頃眠気のさす時間だというのに、学生は珍しく集中している。一人の学生が質問した。
『では先生、精霊など使役を使って、攻撃的な術をしかけられた場合も、気の持ちようだけで防ぐことができるのですか?』
講師は一笑する。
『君はそもそも思い違いをしている。攻撃的な呪術をかけられていると認識してしまうことから、すでに相手の術中なのだよ。精霊という眼に見えぬモノをあたかも存在しているかのように思って暮らしている私たちの世界そのものが歪んでいる。存在しないと信じるものばかりが住む世界であれば、在りもしないものはそこから出てくることができないんだからね』
大半の学生は首を捻っていたが、サナレスは心理だなと思って聞いていた。
だがしかし、実際のところこの理論を語った講師自らが、呪術をすべて跳ね除けられたかどうかは疑問だった。このように呪術が日常化する世界の中で、それを無いものとして認識していられるかどうかということに疑問符が打たれる。
実際、自分も魔道士シヴァールの術中に、いとも簡単にはまってしまった。あのとき、なぜ自分の身体が硬直したのか。なぜ、歪んだ空間から彼は出現できたのか。そしてなぜ自分をあっさりと死の淵に追いやったのか。
そういえば、あいつは私に触れた。
もし触れるということを阻止できていたら、あいつは何もできなかったのか。
なかなか、学生時代の講義も馬鹿に出来たものではない、とサナレスは唇の端で笑った。
今現在、彼の身体は炎に焼かれ、朽ちて滅びようとしている。
けれど、肉が焦げる匂いはしないではないか。
周囲でも同じように、炎で焼かれてもがき苦しんでいる魂がさ迷い、うめき声は聞こえるが、戦場で同じように焼かれた街には、もっと現実的な死臭がした。
『在りもしないものを、在ると思うから惑わされる』
『出口なんて見えもしないものを、懸命に見ようとするから見つからないんじゃないか』
サナレスは一筋の光明を見出したように、その場に座り込んだ。
「炎上舞台4」:2020年10月19日