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東の国の呪術師たち―纏繞の人々―  作者: 須能 雪羽
第七幕:浮雲朝露
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第91話:正義叶フル為ノ悪事

 影縫い。

 殻を拘束されているわけでもないのに、身体の自由を奪われる技の総称だ。吉良さんが実際にはどうやっているのか。それがこの不可解な状況の、三割ほどの理由だと見抜けない僕には分かる筈もない。


「久遠さん。おら、見でるだげでいいのが――」

「僕にもちょっと、分かったかもしれないことはあるんですが。それをどうやってたしかめたものか……」

「なんだべが」


 ほぼ均一に爆発の広がった荒増さんの術では、よく分からなかった。もっとメリハリの利いた特徴的な景色なら分かりやすいのに。

 それを萌花さんに話すと、彼女はこともなけに「簡単だ」と言った。


「桜の河」

「舞え、胡蝶!」


 左手一本で、彼女は笛を巧みに吹く。雄大な大河を思わせる、ゆったりとした曲。

 白にも近い薄いピンクの花びらが、層になって流れていく。僕たちの側から、吉良さんのほうへ。花びらの量は最初に濃く、段々と薄く。美しいグラデーションを描き出した。

 部屋一面を覆った山桜の河辺を、三頭の蝶が舞う。マシナリの使えない今、もう予備はない。


「ほォ、見事なもんだが。何の意味があるのかな」


 初めて見る、萌花さんの術。敵意がないのは、バレている筈。それでも念の為にか、吉良さんは三、四歩ほどの距離を取る。


「荒増さん! 吉良さんの術は、距離を操ってます!」

「あぁ、そうらしい」


 滑らかに彩度を変える、山桜の色。等間隔に飛ばした胡蝶。それが吉良さんの移動した瞬間に、間を詰め、隣り合う色あいに谷が出来た。


「――ふん、ようやく気付いたか。随分と遅ェし、まだ七十点だが」

「言ってろよ。距離に関係のねぇ術ってのもあるんだぜ。いくらでもな」


 実は的外れなのに、正解とミスリードを言っている可能性もある。そうでなかったとしても七十点。

 いくらでもあるという荒増さんの技は、通用するのだろうか。

 彼我の距離を自由に操って、当たるかどうか、いつ当たるか、そのタイミングを影縫いで変化させる。

 仕掛けが分かっただけでは、対処法まで僕には思い付かない。


「吉良さん。そろそろいいのでは? 本気で争うつもりはないんでしょう」

「隠れたきりの奴に、言われたかねェな」

「あぁん? どういうこった」


 隠れたままと言われて、四神さんは「ああそうでした」と姿を見せた。どこに居たのかと思えば、吉良さんのやってきた壁の裏だったらしい。なんの気ないという様子を醸しながら、しっかり両手にあった小太刀を鞘に納める。

 それで吉良さんも、目の高さに上げていた潮招を下ろす。ようやく反撃だと意気込んでいたに違いない荒増さんは、不満を満面に声も大きく出した。


「吉良さんの目的は、クーデターとは別の所にある。と、僕は睨んだんですが」

「どうして分かった」

「勘です」

「お前の辞書に、素直とか正直って言葉はねェのか」


 僕もきっと荒増さんも、その意見には同感だ。だがそれこそこれまでに、気が遠くなるくらいに言われてそうならなかった。今ここで何回かを加えたところで、どうにもならない。


「まァいい。四神の言うとおり、俺はクーデターに協力はしてねェ。邪魔をしないとも約束しちまったがな」

「どうしてそんなことを。じゃあさっきの愚王への不満は、なんだったんですか」


 愚問だとは思う。それをぺらぺらと話せるくらいなら、こんな回りくどいコミュニケーションを選択しない。

 まだその意図するところも、四神さん一人が納得しているだけだけど。


「遠江、お前の意見はいつも正しい。正しすぎて、聞いてる俺のほうが息を詰めそうだ」

「すみません……」

「いやそれが悪いってわけじゃねェ。損してでもそれが言える奴ってのは、貴重だからな」


 吉良さんは強い。

 強いというのは、己に正しいことを課してきた結果だ。だから僕は、強い人の言うことを無視できない。

 その人に窮屈そうと言われて、損をすると言われた。貴重とフォローされても、自分はどうあればいいのかという問いに、重く負荷がかかる。


「でもな。仙石みたいな奴も必要なんだよ。妙な言い方になるが、正義の為ならどんな悪事もやり遂げるっていうな」

「……それは信念とか、そういうものですか」

「さァな。俺は単に狂気だと感じたが、他の奴がどう感じるかは分かれると思う」


 正義であり、悪事であり、狂気でもある。

 そこにどんな希望があるのか、「それを言うわけには?」という四神さんの問いに、否が返った。


「そこは義理ってもんだ。それを教えねェ代わりに、ここを通ってもいいか俺が審判役を努めてた」


 潮招を丁寧に拭きあげながら、「ってことにしといてくれ」と吉良さんは笑った。


「審判? 俺がダメなら、誰が通れるって言う気だ」

「荒増。お前はたしかに強ェが、まだ粗い。鬼をどう扱うか弟子に仕込めてねェようじゃ、お前自身もどうだか怪しい」

「くっ……うるせぇ」


 鬼の扱い。その一言だけでは、含意が広すぎて指すところが分からない。分かるのは、荒増さんが返す言葉に困ったということだけだ。


「僕は構いませんね」

「ああ。てめえは器用すぎて、また気持ち悪ィがな」

「あはは。ひどい言われようですね」


 意図した風に軽薄に笑って、四神さんは近くの柱にもたれかかった。その目が、まだ大太刀を握ったままの荒増さんに「それをしまえ」と向けられる。


「何を言いてえんだか、何をやりてえんだか。俺にはまだ、さっぱり分からねえ。言えるとこだけでいい、聞いてやるからしっかり話しやがれ」


 溜めていた息を吐いて、荒増さんはその場の床に座り込む。その動作の中で、器用に大太刀も納めた。

 顔が四神さんに向けられて、その後に厳しい視線が吉良さんに飛ぶ。代弁するなら「こいつみたいに要領を得ない話し方をしたら承知しねえぞ」と、そんなところだ。


「元とは言え、上司を脅すなよ。ちょっとした昔話を聞いてもらうことになるがな」

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