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東の国の呪術師たち―纏繞の人々―  作者: 須能 雪羽
第七幕:浮雲朝露
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第81話:各々想ヒ抱ヘ再会ス

 いつの間にか、近代的な樹脂壁の通路に出ていた。

 萌花さんは、彼女が纏っていた白い布を貸してくれた。それで僕は姉の骨を包んで、両手に抱えて運んでいる。


「そいはおらが赤ちゃんの時、母さんが包むのに使っでだ布だ。だはんで、安心しで使っでいいべ」

「――なんというか、ありがとうございます」


 布でなくとも運ぶのになにかとなれば、どうにか探すことは出来たと思う。しかし萌花さんが、ぜひ使ってほしいと言ったのだ。

 それがまた、いま聞けばそんな思い出の品だと言う。どうして恩を返せばいいやら、対価があまりに思い付かない。

 通路は粗忽さんのくれた見取り図に、載っているものの一つだった。秘匿された場所だからか、守備の人員も唹迩も見当たらない。

 その代わりと言ってはおかしいが、先を急ぐうちに見知った顔と出くわした。

 見知ったというか、僕がお付きを命じられている先輩なのだが。


「よう、どうした。疲れた顔で」

「まあ、ね」

「まあね、じゃ分かんねえだろうが。このボケ」

「君こそだよ」


 疲れた顔はお互いさまだ。荒増さんは単身でなく、長い黒髪の女性を抱えていた。服の上から乱暴に止血している様子の、お腹が痛々しい。

 敵中深くに囚われていた筈の国分さんを、どうして連れているのか。もちろんそれは歓迎すべきことだけど、経緯がまるで分からない。

 それを四神さんは意味ありげな視線に、たった一言を付け足して問うた。


「てめえが何やってんのか、あの唹迩の大群がなんなのか。調べてたら、たまたま見つけたんだよ」

「へえ。たまたま、ね」

「さすが相手が国分さんとなると、全力ですね」

「ああ? なんのこった」


 個人所有のビルに一室をもらっていることとか、荒増さんと国分さんとは恋仲に違いない。

 でも戸惑いを含めた精神的な疲労感の強い今、それを揶揄するつもりはなかった。思ったことをそのまま言ったのだ。


「いえ。無事とは言えませんが、救出できて良かったです」

「はあ? いやそれより。お前、面白いもん抱えてるな」

「面白い――?」


 正直に言って、姉との距離は近くない。接点のほとんどなかった身内で、目上といっても父とはまるで違う。

 そんな人とどう接すればいいのか、僕の辞書には対策がなにも載っていなくて。結果、言われるままの態度を示していた。

 でも、もっと縮めるべきだとは思っていたのだ。

 誰も踏み入ったことのない未知の大陸を、開拓するくらいの心持ちではあったけど。まだその大陸に向かう船を、仕立てているくらいの段階だったけど。

 必ずそうすると、そうするべきだと覚悟はしていたのだ。

 それを。その亡骸を、面白いと。


「どういう意味ですか」

「いっちょまえに突っかかるんじゃねえ。遠江久南が死んで、清々したとか言ってるんじゃねえよ」

「うん? 也也、君は久南さんと会ったことがあるんだったかい?」


 僕に配慮をしてなのか、四神さんの笑みはとても薄い。あくまで真顔でなく、最低限に誰から見ても微笑みと認識されるだろう極小のエッセンス。これを計算でやっているなら、悪魔的な才能だ。


「てめえが知らねえわけないだろうが」

「まあね」


 それなら話の向き的にも、すぐに教えてもらえるのだと思った。だが当然と言えば当然に、荒増さんはこちらが求めもしない答えを言ったりはしない。

 だからなんとなく問いやすそうな、四神さんに視線を向けた。


「うん。それは久南さんと、顔を合わせてからにしよう。二度手間だからね」

「姉さんと顔を合わせて――って。やっぱりそうですよね。本隊と一緒に居た姉さんは、幻なんかじゃないですよね」

「そうだよ」


 肯定だけれど否定。

 ああ、そのとおりだ。その種明かしは後でするから、今は聞くなと。そう言われたように思う。

 明らかな先延ばしを、普段の荒増さんなら絶対に茶々を入れている。しかし今はない。

 両腕の中に昏睡する国分さんにさえ目を向けない、荒増さんのまっすぐ前を向いた横顔に、僕は黙って着いていくしか出来なかった。


「外が見えるべ」


 誰もが黙ったまま、やがて出口に辿り着いた。どうやら朝も近いらしい。

 なんだかここしばらくの間で、今がいちばん眠い気がする。不眠不休の任務も、珍しくはないのに。搗割でいくらか、休んだというのに。

 探ろうとするまでもなく、少し離れたところに本隊が駐留しているのが分かった。仙石さんは激戦と言っていたが、もう終わったのだろうか。

 そちらへ向かおうと、通路から出た僕たちの前に、四人の女性が迎え出る。それは即ち心那さんと、静歌、鈴歌を連れた僕の姉だ。

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