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東の国の呪術師たち―纏繞の人々―  作者: 須能 雪羽
第六幕:有為転変
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第73話:迷宮ニ巣食フ唹迩達

 四神さんの両手に、それぞれ小太刀が握られる。


「絶冬」

「あれ、嵐夏は呼ばないんですか」


 二振り揃っているのに、名を呼ばれたのは片方だけ。まさか仲間外れなどではないだろうけど、どうしたことか考えてしまう。


「あの子はこういう場所には向かないかな。暴れん坊だから」

「こういう――ああ、なるほど」


 式徨にも、個性がある。主人の命令を忠実に、繊細に実行するのが在れば、その反対も在る。

 これまで見た限り、嵐夏は前者だと思っていたけれど。それでさえ危ういほどに、この場所は不安定なのかと知った。


「絶冬、氷結ひょうけつ


 緋袴に白い衣。結んだ長い黒髪と、紙垂串。ゆらゆら揺れるそのそれぞれが、絶冬の動きが切れる度に、ぴしりと揃う。

 生前の神職としての動きなのだろう。知っていてさえ舞としか思えなくて、いつも彼女に見蕩れてしまう。

 紙先が払われ、持ち手である串が掲げられる。その一つ毎に、辺りの空気が凍り付いていく感覚を覚えた。


「ちと寒いべ」

「ごめんね。でも、これ以上は下がらないから」


 四神さんはジャケットを一度脱いで、中に着ていたベストを萌花さんに着せた。僕も同じようにしたかったけど、拘束衣ではどうも出来ない。


「温度変化のしにくくなる符を貼ったから、平気になると思うよ」

「んだねや。暖けえべ」


 萌花さんの返事を聞いて、四神さんが微笑む。それが合図だったかのように、バリバリッと、空気の軋む音が走り抜ける。

 床を、壁を、細かな氷の槍が覆っていく。一面をバラの棘で囲んだような、美しくも心竦む光景がほとんど一瞬で視界を侵略した。


「転んだら痛いべな――」

「大丈夫だよ、人間の体重に耐えられるほど硬くはないから」

「あ、本当ですね」


 手本とばかりに、四神さんは足を進めた。それに着いていくと、触れたか触れないかの感触だけがあって、氷の棘は割れて消える。

 これなら冬の霜柱のほうが、よほど丈夫だ。


「絶冬、手前からだ。押し込むよ」


 彼女は答えない。ただ頷いて、言われた通路に進んでいった。そこにあった唹迩の気配は、僕が追い付く前には消し去られた。

 だが、水をかけすぎたドライアイスかというほど、あとからあとから唹迩は湧き出てくる。

 四神さんが「もう一度」と命じると、すらと形のいい指を小さな口元に添えて、絶冬は紙垂越しにそっと息を吹きかけていく。


「みんな、凍っちまうべな――」

「浄化されてる筈です。大丈夫」


 氷の吐息に晒された唹迩たちは、水溜まりに張った氷よりも脆く割れる。彼らの声にならない声は、纏式士である僕たちにだけ聞こえるものだ。

 こちらに余裕がなくて、あるいは力量が足らなくて、存在を消滅させた時には悲鳴の聞こえることが多い。

 そうでなく死後の別世界、いわゆるあの世に送れた時は、それも様々だけど笑ってくれる。

 氷の割れた破片に映る顔は、どれも笑っていた。


「二人とも、僕のあとに!」

「はいっ!」

「行ぐっす!」


 絶冬が吐息を送り続ける中を、四神さんは駆けた。スモークから登場する舞台俳優みたいではあるけど、休むことなく振り続けられる小太刀を見ればそんな余裕はない。

 もちろんすぐに僕も細断を使うことになったし、萌花さんも笛で叩き落とすことになった。

 痛ましげな顔で「すまねっす」と謝り続ける彼女を見ていると、纏式士を続けていけるのか心配ではあった。


「ふう――ようやく一つ目の部屋だね」

「四神さん、大丈夫ですか。絶冬も」

「問題ないよ。息継ぎなしで泳いだら、そのあとはいつもより余計に息をしたくなるだけさ」


 その言葉は例えではあったのだろうけど、実際に大きく息を吸っていた。強力な術で纏めて対処すれば、四神さんにとっては楽なものを、目の前の相手から順に応じなければならない。

 入る前に聞いた、手が足りないという意味を噛みしめる。


「さあ。唹迩は任せて、君たちは探すんだ」

「急ぎます!」

「平気平気。見落としのないように、じっくりとね」


 十メートル四方くらいの部屋。武器庫だったのか、朽ちかけた弓や槍の柄だけが、たくさん並べられていた。

 部屋に元々居たのはもちろん、僕たちを城の一大事、敵の侵入と見ているらしい唹迩が次々に襲ってくる。

 そんな中を、武器の台座の間、押入れ、戸袋。端から一つずつ、覗きこんでは開けていく。反射的に、応じようと身体が動きかける。が、それでは調査が進まない。

 畏れもあるだろう。自分で対処しないことに、怠けているような感覚もあった。

 違う、これは分業だ。ものごとを進めるのには、正しい行為だ。四神さん自身が、そう指示したじゃないか。

 己に言い聞かせて、探し物に意識を縛り付ける。


「……あの、おらが代わるべが?」


 そうやって順番に、いくつ目の部屋を調べていた時だろう。萌花さんがそう言った。きっと何度か言いかけて躊躇って、ようやく言えたのだと思う。


「ん? 代わるって、前に見せてもらったあの笛かい?」


 答えながら、僕たちの直近を守る四神さんの手は止まらない。


「んだ」

「それなら遠慮させてもらうよ。あんな、萌花ちゃんの心を砕いたような術、これだけの唹迩にかけたらどうなるか――ね?」


 最後を四神さんは口にせず、萌花さんもおずおずと頷いて調査に戻った。

 どうなるのか。術士が限界を越えて術を使った場合、その結果は様々だ。精神を壊して廃人のようになってしまうとか、唹迩に身体を支配されてしまうとか、およそ歓迎すべき事態にはならないけれども。


「さあ、次だよ」


 またそれから、百人ほども入れる会議室のような部屋も含めて、十数部屋を回った。どういう基準で進んでいるのか、全ての部屋を虱潰し、というわけでもない。分かるのは、少しずつ上の階に進んでいることだけだ。

 それまでと変わらず、これが最初の一部屋みたいに。また四神さんは元気に告げた。

 はっきり言って部屋の上下左右を調べるだけで、結構な体力を消耗している。この人の元気さが、もし痩せ我慢だったとしても、僕には真似出来ない領域だ。

 果たして四神さんは、宣言どおりに引き戸へ手をかける。

 するとこれまでと違う反応があった。扉が開かないのだ。錠などかかっていないのに。


「我ら――解放?」

「萌花さん、どうしました?」


 頭痛でもするのか、萌花さんは額を押さえた。でも小さく首を振って否定すると、ぶつぶつ何ごとかを口にする。


「ここに、我ら、解放したる、恩人、座すなり。何ぴとも、その足、踏み入れること、罷りならん」

「恩人?」


 萌花さんの視線は、四神さんの目の前の戸に注がれていた。その四神さんも、おやおや? といった風に様子を見ている。

 ――だがひとりでに、音もなく扉が開いた。いや扉の実体でなく、唹迩自身が扉を開けたと考えているのが視覚化されて見えた。


「おっと――ようやく本命のお出迎えみたいだね」


 もちろんそれも、霊であり唹迩だ。姿を見せた古い甲冑は、おもむろに刀を抜いた。

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