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東の国の呪術師たち―纏繞の人々―  作者: 須能 雪羽
第六幕:有為転変
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第68話:内ニ積モル闇ノ厚ミ

「もらった!」

「しまっ――!」


 長十手の先端が右の脇下を抜けていく。ここから僕がどう動くかによって、衛佐は腕でも肩でも背中でも、攻める場所を選ぶことが出来る。

 相手の動きを見てから、対応不能な攻めを行えるのが極め技の厄介な点だ。

 それを分かっている僕は、もちろん抗しようとはせずに身体を捻り、後ろへ退ろうとした。

 しかしそこで威力を発揮するのが、長十手の長さだ。普通の十手と違って取り回しは難しいが、使いこなせれば制圧力は格段に増す。

 逃げたつもりが、まだ全くその延長から外れていない。もう一歩。いや半歩踏み込ませれば、完璧に抑え込まれる。


「くっ、ふっ……!」


 僕は退り足。奴は踏み込み。それだけでも不利だというのに、やはり手練れ。大きく動こうとすると、蹴りが飛ぶ。

 僕が歩幅を詰まらせるか、あちらのフェイントに引っかかるかして、地面に組み伏せられる未来しかもう見えなかった。


「それなら!」

「なに⁉」


 突き出した右腕はそのままに、それを軸にして外へ回り込む。

 当然に奴は、僕の右腕へ長十手を絡めて、次は僕の背中を突こうとする。

 そこまで至れば、梃子の原理が働いてしまう。その前に、左の踵を下段から上段へと回して奴の側頭を狙う。


「なんの!」


 狙いが読まれた。

 衛佐は僕の背中を諦めて、肘を極めてくる。もう完全に間合いに入ったそれを、避けることは不可能だ。

 肘を固められた時点で、ビリっと電気が走ったような感覚が。だがそこからなお、長十手の柄は天へと突き上げられる。

 二の腕を折るか、肩を外すか。二者択一。


「もらったのは、こっちだ!」


 右腕はくれてあげるとしよう。

 だが無防備になった奴の顎が、僕の視線の先にある。肩を極める為に、長十手を持ち上げたことで、懐が開いた。

 フェイクの左回し蹴りは既に格納して、右脚が蹴り上げの態勢にあった。あとはこれで、顎を砕くだけ――。


「なにぃっ!」

「ぐぁっ!」


 なにが起こったのか。奴と僕との間で、なにかが破裂したような感覚だった。実際、二人ともに弾き飛ばされて、尻もちをつく羽目になった。

 しかし事実は違って、見ればそれは瞭然。その人が近付いていることに気付かなかったのは、僕が未熟なせいか。それともやはり、天と地ほどの実力差のせいか。


「はいそこまで、そこまでー」

「四神さん!」

「やあ。こんなところで会うとは、奇遇だね」


 いとも気楽な感じで、行方不明だった筈の人は手を振った。けれども僕も、大概に緊張感がない。「あ、どうも」なんて言って、同じように手を振った。

 四神さんの腕には、萌花さんが守られている。周りはあの衛佐の部下ばかりで、ぐるりと銃口が向けられたままだ。


「ええと、あなた」

「貴様も上官に手を上げたな! たまたま使えるだけの、怪しげな術で偉そうに!」

「たまたま? そうですね、それがなにかいけませんか。出来ないのが悪いわけじゃないけど、出来たほうがなにかとお得ですよ」


 奴は術を使わない僕に、体術で負けた。僕は右腕を折られただろうけど、あちらは戦闘不能だった筈だ。

 そこへ持ってきて、どう見たって曲者の纏式士がもう一人。奴は舐めているのだろうけど、萌花さんも入れてこちらは三人。

 もうどうしたって、奴に勝ち目はない。


「おっ、お前らなにをボケっとしてる! 撃て!」

「はっ! し、しかし」

「反乱だ! 揃いも揃って、大尉の分際で俺に反抗した。これは立派な反乱だ!」


 部下の一人の、中隊長だろうか。撃てと命じられたものの、実行を躊躇っている。

 叛徒の身分が確定した相手と、明らかな言いがかりの僕たちでは、やはり勝手が違うらしい。


「なにをしてもいいけれども、一つだけ先に言ってもいいかな? ここに僕の、マシナリがある。これにはあなたと、あなたが部下にやらせたことが全て映っている」

「……なにぃ?」


 自分の胸のポケットをトントンと、指先で叩いて四神さんは微笑んだ。

 王に歯向かった叛徒は、原則として死罪を免れない。でもだからといって身分を検めることもせず、事情もないのに捕えたその場で銃殺など許されない。


「し、師団長。いかがすれば――」

「殺せと言っている!」


 どうやら衛佐は、どこかの駐屯師団の隊長らしい。独立した基地にあんな人が居れば、さぞや風紀が纏まっていることだろう。

 自分が偉いと思って、勘違いしてしまうのは分からないでもない。

 でもどうして?

 どうしてそんなことを、口に出せるのか。どうしてそこまで、自信が持てるのか。


「弱いくせに……」

「久遠くん?」

「僕なんかより弱いくせに。どうしてそんなことを言えるんですか」

「なんだとっ」


 不思議でたまらない。こんなこと、言おうと思ったのは初めてだ。でもこんなにおかしなことが起きては、聞かずにいられない。


「ねえ、知ってますか。人を殺すのは、いけないんですよ。そりゃあそうなる事情があることもあるけど、あなたのは正しくない」

「な、なんだこいつは!」


 たぶん四神さんが、止めようとしたのだと思う。引っ張られた袖を振り切って、僕はつかつかと衛佐に詰め寄った。


「ねえ。あなたは、僕なんかより弱いんですよ。言ってることだって、僕でも馬鹿なんだなって分かる。なのにどうして、あなたはそんなに自信を持てるんですか。間違っているのに」

「う、うるさい!」


 殴られた。しかし胸と胸が触れ合おうかという距離で、ろくに身体を捻りもしない拳。そんなもの、荒増さんのデコピンよりも効きやしない。


「僕の父は、強かった。ねえ、強かったんですよ。あなたなんか、居ても居なくても全く関係ないほどに。荒増さんだって、四神さんだって、心那さんだって。みんな強いんですよ」

「ひっ、ひぃ! こいつをどうにかしろ!」


 どうしたというのか。たた僕は聞いているだけなのに、奴は顔を引きつらせて逃げようとした。

 だから僕は諦めずに近寄って、丁寧にもう一度聞く。


「ねえ。あなたはどうして、なにに自信を持って生きていられるんです? 正しくないのに」

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