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東の国の呪術師たち―纏繞の人々―  作者: 須能 雪羽
第五幕:五里霧中
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第53話:粗忽者ト乱暴者ノ糸

「お前らと一緒じゃ、危なくてしょうがねえ。別行動にさせてもらう」


 真白を置き去りにして、十分以上も走った。しつこく追ってこられた時のために、人家があるような場所は避けて。だから風景は、荒野から草原に変わったくらいだ。

 そこで搗割が止まるなり、荒増さんはそう言った。言うだけでなく車を降りて、さっさとどこかへ歩き始める。


「待て」

「なんだ、お前と遊んでる暇はない」


 困惑というか呆れているというか、ちょっと複雑な表情の粗忽さんが、制止の声をかけた。いつも堂々とした態度なのが、腕組みもなんだか悩んでいるようにも見える。


「一つ、聞くのを忘れていた」

「ああ?」

「どうして殺さなかった。あの寝返った衛士たちを」

「いまさら、なんだってんだ」


 粗忽さんは彼らを殺さないでくれと、僕にははっきり言った。でもそれを荒増さんは聞いていない。なのに、互いに死者は出なかった。

 ああいう場面で、以前の荒増さんはどうだっただろう。全員殺せばいい、なんて極論を言うこともなかったけど、それほどの配慮もしなかったように思う。あちこちの小競り合いで、公職の人間が相手の味方をしていたなんて珍しくもない。


「お前なら、全員を殺すほうが簡単だっただろう。情報を取るためであっても、数人を生かしておけば足りる」

「めんどくせーな。あんな豆鉄砲で勝つ気でいて、あの程度の火事を起こすのも手間取るような奴ら、どっちだって同じなんだよ」


 豆鉄砲と聞いて、粗忽さんの部下たちはぴくっと反応を見せた。彼らの持つAM11LSは汎用性に優れるけれども、単純に人体へ向けた時の威力では熱線銃に劣る。


「同じなら、なおさらだと思うが?」


 深い理由などないのだと僕は感じた。さも鬱陶しそうに、苛々と首すじを掻いたから。


「――あのなあ、俺には虫けらを叩き潰して楽しむ趣味はねえ。まして、一応は人間だ。死なせる(・・・・)理由があるのか?」

「死なせる理由、か」


 やはり結局、荒増さんは理由を答えなかった。いや、理由などないとは答えたのだが。粗忽さんはようやく理解したのか、それとも諦めたのか。不承不承という感じで、小さく頷く。


「待て。どうにも分からんのだが、どうしてお前のような馬鹿が、纏式士なぞやっている。特権も多いが、自由気ままとはいかん身だ」


 話が終わったならと歩きだそうとした荒増さんに、粗忽さんはまた問いかけた。それは僕も、ほぼ第一印象から感じてはいることだ。だが聞いたとて、この人がまともに答えはしないとも確信している。

 その予想どおり、荒増さんはもう振り返らず、代わりに指を一本立てて示す。


「忘れていたのは一つ、だったはずだ。それも忘れたのか? 粗忽者め」


 向かっているのは、最も近い道路の方向だろうか。荒増さんが足を止める気配はない。

 ちっ。と舌打ちをしたものの、粗忽さんに苛立たしげな雰囲気はあまりなかった。どんどん離れていく荒増さんを睨みつけているので、僕のほうが声をかけづらい。


「二つ借りた!」

「それも忘れちまえ!」


 恩に着ると言ったのに、その返事でさえ面倒そうだった。もういいから喋ってくれるなとばかりに、荒増さんこそ苛々し始めていたかもしれない。

 粗忽さんの部下たちはその様子に「噂は聞いてたが大した態度だ」「これほど少尉を虚仮にするとはな」などと非難の言葉しか産み落とさない。


「あ、あの」

「ん、ああ。君たちも行くか」

「ええ。乗せてくださって、ありがとうございます。お気をつけて」

「へば」

「君たちにも借りだ」


 挨拶もなしに行くのはどうかと思って、荒増さんは随分と先まで行ってしまった。頭を下げた僕は萌花さんの手を引いて、自分勝手な先輩のあとを駆けて追う。

 荒増さんは、歩くのも速い。脚が長くて、歩きにくくないか心配になるほど大股で歩く。小柄な僕では、この人の三倍ほども歩数を重ねてようやく同じくらいだ。


「……ふう。あの様子だと、正面突破はつらいですね。あの唹迩たちに気付かれずに近付く方法って、ありますかね」

「ああ」


 正面とは方向のことでなく、正規か非正規かを問わず、用意された出入り口を使えるとは思えないという意味だ。いや逆に真反対へ行けば案外、ということはあるかもしれない。


「裏側も一応は見ておくべきでしょうか。それとも兵部や纏占隊の本隊を待って、合流するか――」

「ああ」

「荒増さん? お腹が減りでもしましたか」

「ああ」


 この人が生返事とは珍しい。答えにくいとか面倒とかいう時には、完全な無視をするのに。


「荒増さん? 真白さんさ、まだいいべが?」

「そうですよ。そろそろ呼び戻してあげないと」


 萌花さんも、なにかおかしいと察したらしい。探るように言った彼女の言葉には、反応があった。


「……そうだな」


 背中から鞘を引き上げて、大太刀の長い刀身を、体幹をほとんど動かすこともなく納める。たぶん考えごとをしているのだろうに、その所作は正確だ。


「ん、なにか来た」


 僕のマシナリに、誰かから文書が届いたようだ。ほんの僅かだけど、知らせる為の振動があった。


「なんだべ?」

「ええと、あれ。粗忽さんからですね」


 粗忽さんから送られたのは、画像データが一つだけ。送信タイトルも、用件の文章もなにもなかった。

 画像を表示させると、どこかの町――塞護の地図だ。一般にも流通している地図データに、今書き加えたのだろう、秘匿された進入路がいくつか記されていた。

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