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東の国の呪術師たち―纏繞の人々―  作者: 須能 雪羽
第五幕:五里霧中
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第52話:赫キ着物ハ怒リノ色

 工事人たちはツルハシを振って、土を掘り続ける。霊の程度としてあまり強くない彼らでは、それで本当には掘れていないが。

 動作がそうなので、移動速度なんてないに等しい筈だ。でも時速二百キロ前後で逃走するこの車に、追い縋ってくる。オートウォークにでも乗っているような、不気味な光景だ。


「くう――万事休すか」


 とうとう後部壁にツルハシが当たって、金属音がし始めた。唹迩への対策として護法式が刻まれているはずだが、そういつまでもは持たない。

 歯を食いしばった粗忽さんは後方視界の画面と、同じく前方とを素早く交互に見た。逃げる先に障害物はない。それは隠れる場所もないということだ。この状況では、隠れる意味も怪しいけれども。


「可動壁開け! 各個撃破!」


 覚悟を決めた声。すぐさま後ろも側面も、開口部が動いて直接に外が見え始める。そんなことをすれば、あの唹迩たちが乗り込んでくるのだけど、壊されてしまえば同じことと考えたのだろう。

 粗忽さんの部下たちは、見外さんを除いた全員がAM11LSを構えて、撃つ。四人と五人が前後列になって、最も近いものから確実に。

 驚くべきは、その標的の選択だ。一体に対して、三人以上で発砲することがない。必ず一人か二人ずつ、撃ちもらしのないよう、効率的に消滅させていく。

 彼らの使う戦術リンクに、そんな仕組みがあっただろうか。いやあったとしても、スカウトとの連携は出来ないはずだ。彼ら個々人の、培ったスキルでこなしているらしい。

 粗忽さんはここへ来るまでに、泥はなるべく拭き取って、萌花さんからジャケットも受け取った。装備品もすっかり元通りで、その中から長十手をすらりと抜き放つ。

 弾がたったのに、それでも部下たちに届こうとする個体もあった。これを銃で対処するのは危険だから、粗忽さんの長十手が文字通りに叩き落とす。

 唹迩にも彼らなりの事情があって、そうなったに違いない。それを力尽くでというのには、思うところがある。しかしそんなことを言ってもいられない。

 見外さんはその間も、車載の通信端末に付きっきりだ。またよそ見をしていなければ、だが。


「――ふう、埒が明かねえな」


 それぞれが満遍なく、二体か三体を撃ったところで、面倒くさげな声が落ちた。誰がとか考えるまでもなく、それは荒増さんしか居ない。

 まあ今回はこの人も、手近な個体を討っていたので強くは言うまい。対応出来る術のない僕と萌花さんは、今は無力だ。


「偉そうに言う前に、対策の一つも考えろ! お前の専門だろうが!」


 また一体。長十手が、唹迩を叩き伏せる。大きな動作に娯楽映画の剣豪を見ているようだと、荒増さんも思ったのか。粗忽さんに向けては初めての、笑みがニヤと零れる。


「なんだ薄気味悪い」

「はっ。ご要望どおり、どうにかしてやろうってことさ」


 素直な感想を与えられて、一瞬でいつもの不機嫌さが戻った。でもやる気まで失ってはなく、背中の大太刀に手をかける。

 壁や天井が開いたとは言え、なにもなくなったわけではない。面積で言えば半々くらいのその中を、どこにも刃を触れさせず器用に抜く。

 抜いたところで、自由に振り回すだけの余裕はない。すると残る目的は、封じられた式徨を呼び出すこと。

 なんと言うのか銘も知らないあの大太刀に、封じられているのは誰か。そうと聞いたことはないけども、もちろんそれは真白だろう。


招霊顕現しょうちけんげん。真白」


 大太刀の振り向けられた先に、赤い五星紋ごせいもんが浮かび上がる。いわゆる五芒星はその色を濃く、にわかに吹き上がって炎となる。

 呼び出した主の性質そのままに、辺りを威嚇する轟々とした音と、焔の舌。ただしそれは熱くなくて、触れるとむしろ暖かさにほっとする。

 古い外国のお伽噺に、炎から生まれる魔神が居ると言うけれど、僕の目にはまさにその光景があった。

 盛る炎は、灼熱のいろをした豪奢な着物となり、その下に白い裾と足袋が舞う。黒く長い髪が纏めもせず、背へ雅に落ち着いた。


「ここに真白。罷り越してございますぇ」

「見てのとおりだ。潰せ」

「――これを全部ですかなあ。見れば大霊おおちも居りますなあ」


 よく見かける魂の格を超えて、霊としての存在力が強まったものを大霊と呼ぶ。中でも強い個体は神さま扱いされて、例えば丘霊おろち水霊みずちなどは有名だろう。

 それをも含めた唹迩の大群。それは強大な霊を蓄えた真白をして、渋らせるもののようだ。


「そうだ、お前なら受け止められる。その間に、この車を逃がす」

「なるほど。十分に引き離したところで大太刀を納めれば、真白も一瞬で退避出来るってことですね!」


 名案だと思った。式徨は式刀を鞘に納めると、強制的に刀へ戻される。式刀や呼び出した纏式士から、どれだけ式徨が離れられるかもまた力量に依る。

 荒増さんなら、よく真白だけを買い物に行かせたりしている。だからその点は、全く問題ない。あとはどれだけ持ち堪えられるかだ。


「……本気で言っておりますのかなあ、ヌシさま」


 賛同した僕の顔を、真白は眺めてフッと笑った。なんだか実の姉に、そうされたみたいだ。

 どきと怯んだ僕をまた笑って、真白は自分の主に向き直る。気のせいか荒増さんを責めるような、式徨にはあり得ない感情の見える気がする。


「お前なら受け止められる」


 前に向けたままだった大太刀が、おもむろに肩へ載せられた。誰かが弱音を吐いたなら、怒るか呆れるか二択の荒増さんが、挑みかかるような強い視線を変えない。

 さっきと同じ言葉を、ほんの少しゆっくりと。もしかすると、それがこの人の説得だろうか。言葉を変えれば、真白への優しさなのか。


「畏まりましたぇ。ただしあとで、高い酒を存分にいただきますなあ」


 言うが早いか、真白の着物がぐるり回った。轟、轟々。渦を巻く炎が、一度に十ほども唹迩を巻き込んで押し返す。


「いいのか」

「早く行かせろ」

「方位このまま、全速離脱!」


 目に見える霊の大きさとして、とても目立つ真白に唹迩たちは群がっていく。車を降りたその場で立ち向かい、焼き尽くす炎がまるで小さな太陽のようだった。

 なにか気遣った粗忽さんが声をかけても、荒増さんは真白の背を見たまま動かない。

 搗割は無人の荒野を、ひたすら逃げた。

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